二十二
椅子に座り、百合子に背を向ける。
背を向けると言うより、背中をあずける、と言う感じを最近は覚える。身を任せ、視線にまさぐられるままに、侵食をゆるす。
自分の背中なのに、なぜか自分のもののような気がしなくなる。きっと今、手で触れられても自分の背中を触っているとは思わないだろう。
リジンカン。
離人感。そうだ、きっとそれは、こんな気持ちだ。
手の感触は確かにあるのに、手が触れた自分の皮膚の感触はない。
自分で自分を触っているはずなのに、伸びきった古タイヤを触っているように感じる。
オレの背中はこんなにもたよりなく、ブヨブヨしているのだろうか? と自らの背中に触れれば、きっと不安に感じただろう。
寒いような気がする。
背骨を通って、頭の芯まで、氷が入っているように。しかし身体は熱を持ち、ずきずきと脈打つ。
じっと座っていることに耐えられない。今すぐに立ち上がって……、
たちあがって、じぶんは、どう、したいんだろう?
大基はいつも考え込む。
本当に立ち上がりたいのだろうか? 本当はいつまでもこのまま、座り続けていたいのではないだろうか。
眩暈がする。
椅子ごと背後に引っぱられているような気がする。じっとしているのに、いつの間にかキャンバスの向こうに引きずり込まれているような気がする。
怖くなる。
百合子の手元が怖くなる。
ナイフを持っているかもしれない手元が怖くなる。あるいは、遅効性の毒を振りまこうとしている手元が怖くなる。
百合子の視線が怖くなる。
背中を透かして、大基のちっぽけな欲望を見通している百合子の視線が怖くなる。
気付けばいつも、だらだらと脂汗を流しているのだ。
悪い風邪をひいたように震えていると、百合子の視線はまるで大基の背中を抱きしめ、自らの体温をわけようとするように温かく身体を包み込む。
とても落ち着く。
産まれる前の暗闇を思い出すような安寧。いつまでも浸っていたいような、今すぐどこかに逃げ出したいような。
体の芯が熱を持つ。
頭がボーっとする。
自分の境がアイマイになる。
オレはだれだ? なにものだ?
わかるのはただ、抱きしめられているような安心感。このまま百合子の視線に包まれて、溶けてしまったら、どれだけラクだろう……。