二十一
描きかけの百合子の絵を見る。
男性の背中。と言うには、あまりに幼く、細い。高校生、いや、中学生と言っても通用するのではないだろうか。自分の背中は、こんなにも幼いのだろうか? 大基は、百合子の絵を見て、首をひねる。
「大ちゃん、お待たせ。出来ました。召し上がれ」
百合子がテーブルに手料理を所狭しと並べて、声をかけた。
「あ、はい、すみません」
大基の言葉を、百合子はくすくすと笑う。
「なんで謝るのかしら? 一緒にお食事ができて、私うれしいのよ」
笑顔で小首をかしげる百合子を見て、大基は照れて頭をかく。椅子に座り、箸を取る。紙の袋に入った割り箸だ。ぴりぴりと袋を破いて箸を出す。いつも、迷う。この袋の中の爪楊枝は、どうしたらいいのだろう? 視線が泳ぐ。
逡巡して、箸置き代わりにテーブルに置いてみた。その一部始終を見ていた百合子がくすくすと笑う。
「ごめんなさいね、割り箸で。お客様なんて、お迎えしたことがないから」
笑われて、いっそ清清しくなった。爪楊枝は放っておいて百合子の手料理に向かう。
テーブルの上は料理番組で見るような、華やかで洒落た名前も知らない料理で埋め尽くされていた。
盛り付けも完璧で、箸をつけて崩すことが躊躇われる。大基の箸は、とりあえず正体がはっきりしている、好物のカラアゲに向かった。
「そうだ、そういえば大ちゃん、彼女とはうまくいってるの?」
緑色のポタージュスープを一口飲んでから、百合子がたずねる。
「え? 彼女って……」
「学校の食堂で一緒だった女の子。可愛い子よねえ。なんだか、一生懸命で」
笑顔で話す百合子に、何故かいたたまれない気持ちを感じ、大基はカラアゲに集中しながら答える。
「ええ、まあ、ぼちぼち」
「女の子はさびしがりやさんなんだから、ちゃんとかまってあげなきゃだめよ? ……なんて、大ちゃんに時間を取らせてる私が言うのもヘンですけど」
いやあ、そんな、などと口の中でもごもご言いながら、メシを飲み込む。実家の母と恋愛談義になったような場違いな気恥ずかしさを覚えた。
「そうだ、良かったら彼女も一緒に、一度みんなでお食事しない? 私、お料理するから……」
そう提案する百合子の言葉を、大基はこの世のものとも思えぬ恐ろしいもののように感じて、慌てて振り払う。
「いや、あの! 全然、大丈夫ですから! あれは! ええ! それより、百合子さんは、どうなんですか?」
百合子はきょとんとする。
「どうって、なに?」
「あの……。恋人……とか、いたりとか……。その、オレが入り浸ってて、迷惑とか、そういう……」
百合子は、ぷうっと吹きだす。
「いやだ大ちゃん、そんなこと。だって私たち、そんなのじゃないでしょう?」
「はあ……まあ……。それはそうなんですけど……」
盛大に笑われて大基の自尊心は、ほんの少し、傷ついた。
「大ちゃんは、そんなこと気にしないで。いてくれるだけで嬉しいんだから」
にこにこ笑う百合子の顔を正面から見ることが出来ず、大基はうつむいて割り箸を見つめた。