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 実質的には何も変わっていないのだが、大基の視点が360度、とんぼ返りしたように感じたのだ。今まで感じたことがない浮遊感、世界は逆さまに見ると新鮮で、奇妙に歪み、目が回って眩しかった。


 それほど、美しい人だった。その人は、高坂百合子と名乗った。油画専行の4年生だと言った。

 話している間中ずっと、大基は彼女を見つめ続けた。笑う時に口に添える白い手を、長い髪をかき上げる仕草を、ふと伏せた目のまつげの長さを。

 彼女は一幅の絵のように完璧だった。


 百合子と出会えた幸運を反芻しつつ、数日が過ぎた。


 入学当初から付き合っているさゆみは大基の鼻をつまんで「なによ、ボーっとしちゃって。しっかりしなさい!」と怒る。

 大基はただ、ハハハと力なく笑うばかり。何をする気にもなれない。願うのはもう一度、百合子に会うことだけ。

 さゆみとデートに行く約束をしていたのに突然断り、翌日顔を合わせた時に頬をつねられたりもした。


「もう! またボーっとしてるし! 起きてますかあ?」


 さゆみが今日も大基の鼻をつまむ。

 目を吊り上げて凄んでみせる。今にもショートカットの髪の下から角がニョキリとはえてきそうだ。キャミソールにミニスカートと言う服装も、なんだか鬼っぽい、と大基は心密かに思う。


 学食で二人、向かい合って昼飯を食べていたのだが、さゆみが食べ 終わっても大基の皿にはコロッケが半分以上残っていた。その皿を見てさゆみはため息をつく。


「まったくもう。食べるのでさえトロいんだもん。しょうがないわね」


「なんだよ『でさえ』って。オレ、そんなにトロくはないだろ?」


 さゆみはまた、大げさにため息をついて見せる。


「なに言ってんのよ。三年の夏になっても就職活動を始めてないノンビリ屋さんなんか、大基だけよ!」


 さゆみが突きつけた人差し指を避けながら、大基は弱々しく反論をこころみる。


「そんなことないだろ。就活解禁日はもっと後だろ」


 さゆみは眉根を寄せて、ぐっとテーブルに身を乗り出した。


「甘ぁい! あまなっとうにコンデンスミルクかけたくらい、甘い! 今どき3年の春から就職活動準備するってのは、常識なの。遅いくらいなの、出遅れてるの。特に、あたしたち美大生は就職先が限られてくるんだから、過当競争なのよ!」


「そんなこと言っても……。さゆみはどうなんだよ」


「あたしはモチロン! 始めてますとも! OB訪問もしてるし、企業研究もしてますとも」


 大基はため息と共に心からの感嘆の言葉を吐き出す。


「しっかりしてるなあ」

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