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十九

 いやに細長いビルの一階にある橋田画廊は、外から覗ける窓が無く、足を踏み入れにくい雰囲気だった。通りに面した壁には、百貨店のショーウィンドウのようにガラス張りの空間を設けてあり、橋田坂下の絵が飾られている。


 百合子の肖像だった。

 顔の右側が描かれていて、絵の中の百合子の視線は、ちょうど画廊のドアを見つめるように置かれている。百合子から画廊に入ることを促がされているように感じて、大基は思い切ってドアを開けた。


 画廊の中には誰もいなかった。受付らしき机にも誰も座ってはいない。

 その机に、さゆみが持っていたポストカードと同じものが置いてある。


 ぐるりと室内を見回してみる。壁はぎっしりと百合子の絵で埋めつくされていた。それは絵を飾るというには執拗過ぎて、パラノイアにでも出会ったかのような、なにやら不安な気持ちを掻きたてられた。


 絵から逃れたくて首を巡らせると、壁の一方に重そうな木製のドアがある。その金色のノブが回って一人の紳士が部屋に入ってきた。大基を見てにこりと笑う。どうやら、この画廊の人間のようだった。


「いらっしゃいませ。お出迎えもせずに失礼致しました」


「いえ……。おじゃましています」


 仕立ての良い黒いスーツに身を固め、髪をオールバックに固めた五十年配の紳士は、目を細めて大基を眺めた。


「もしかして……。百合子さんの弟さん?」


「いえ、ちがいます」


「失礼いたしました。知人に似ていらしたものですから」


 丁寧に頭を下げる男に申し訳なく、大基はすぐに弁明した。


「弟ではないですが、百合子さんの知り合いです。百合子さんにも、弟と間違われたことがありますから」


「ああ、そうでしたか。実のお姉さまが間違われるのですから、本当にそっくりなんですね」


 愛想のよい紳士だ。おそらくこの男が画廊のオーナー、橋田坂下の弟だろう。


「あの、百合子さんの弟と、会ったことはないんですか?」


「ええ。彼女が描いた弟さんの背中の絵を見せてもらっただけで。あなたは百合子さんの学校のご友人ですか?」


 ちらり、と一瞬だけ、男の目つきがするどくなったような気がした。


「あ、はい、そうです」


「もしかして、坂下の家に招待されたと言うのは、あなたかな?」


「あ、はい。画伯にはお世話になりました」


 大基はペコリと頭を下げる。


「ああ、いや、とんでもない。兄は元気にしていましたか?」


 元気だったかと問われ、返答に詰まった。挙動不審なあの状態は、はたして元気なのか病気なのか。迷ったが、とりあえず無事だったのだから、いいのだろう。


「お元気そうでした」


 紳士は鷹揚にうなずく。


「しかし、あなたはラッキーでしたね。兄は人嫌いで、なかなか人を自宅に招いたりしないのですよ。私なんか、門もくぐらせてもらえない」


「いや、オレはどうやら、百合子さんの弟と間違われていたようで……」


 それを聞き、男は笑い出した。


「なるほど、そういうことか。百合子君の作戦勝ちだ。弟を連れてくると言われれば、さすがの兄も嫌とは言えないな」


 言葉を切り、真顔になって続ける。


「あの百合子君の頼みだからな」


 わけありげな雰囲気に、思わず大基は尋ねた。


「百合子さんと橋田画伯は、一体、どういう……」


「さあ? モデルの個人的なことなどは、私は何も。仕事を残しているので、失礼するよ。ゆっくり絵を見ていってください」


 今まで見せていた笑顔はビジネス用だと言わんばかりの冷たい表情で言い置くと、男は扉の奥に戻っていった。結局、何もわからないまま、橋田の弟は消えてしまった。自分は何をしに来たのだろうか。

 百合子の絵姿に囲まれ、大基はしばらく途方にくれた。

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