十六
目をつぶり、うとうとしていると、夢を見た。
無人の和室に背中がある。中学生くらいの男の子か。背中がぽつんと浮いている。
膝を抱えている。いや、ちがう、膝はない。顔もない、胸もない、腹もない。
ただ、背中だけ。ぽつんと浮いている。
背中が立ち上がる。押入れを開ける。天袋から何かを下ろす。押入れにしまう。
なにをしまったのか。
見てみたくなった。
背中の後ろから覗き込む。そこには確かに何かがある。何かがあるのがわかる。
しかし何も見えない。ただ、何かがある。これを、知っている。直感でそう思う。
これをどこかで見たことがある。いや、嗅いだことがある? もしくは聞いたことが? 触ったことが?
背中がくるりと振り向く。振り向いても、背中。玄関から外へ出る。急いで追いかける。ぶにゃぶにゃした感触の中を走って行く。
靄の中から現れたように突然に姿を見せた扉に、背中が入って行く。追いかけてドアを開けると、薄暗い部屋にいた。
リモコンを取る。
ボタンを押す。
何も映らない。
ざーざー。
誰かが玄関を開け、台所へ入っていった。後を追う。廊下がギシッときしむ。
なにも見えない。
そこには、なにもなかった。
ドアもなかった。
床も無かった。
天井も壁も無かった。
自分の体さえ、無かった。
ああ、そうだった。
すべてあそこに置いてきたんじゃないか。
あの森のような庭に建つ、墓石。あの、金庫の中に。
ツキクルウ。
はじめから、わかっていたじゃないか。
彼女の要求にはすべてこたえるだろう。
すべてを無くし。自分自身さえ手放して。
この世のなにものでもないものになって。
誰からも忘れられて。
けれど、それは、とても幸せな気持ちがするものだった。