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十三

 鬱蒼と生い茂る庭木で庭内は暗い。空に上弦の月が残っているおかげで、かろうじて道が見える。ここが市内とは思えない。葉摺れの音とわしゅわしゅと草を踏む音。静かだ。


 門を出て大基はなんとなくもう一度、振り返った。

 ただ四角いだけの建物は闇に沈みひっそりとして、生き物の気配を微塵も感じさせなかった。

 駅への道すがら、大基はカラッポのショッピングバッグを預かり担いだ。灯の下を、肩を並べて歩く。


「ありがとうございました。まさか、橋田画伯に会えるなんて……。しかも一緒に食事するなんて夢にも思わなかった」


「どういたしまして。橋田先生、噂よりずっと優しい方でしょう?」


「そうですね。あの、百合子さんは卒業したら、画伯の専属モデルになるんですか?」


 百合子は、ちらりと大基を見やると、首を横に振った。


「モデル料だけでは、さすがに食べていくだけしかできないから。弟の学費も稼がなければいけないもの」


「え……。あの、ご両親は?」


「亡くなったの。二人とも交通事故で。そのころ、もう先生のモデルの仕事をさせていただいてたから、暮らしには困らなかったのだけど」


「あの、すみません。立ち入ったことを聞いて」


 申しわけなさに頭を下げた大基に、百合子はにっこり笑ってみせる。


「いいのよ、大ちゃん。なんでも聞いて」


 そう言われると、何か質問しなければいけないような気がして、けれど、未だぼうっとしたままで、思考と感情がうまくついてこない。大基は頭をフル回転させた。


「ライフワークの進み具合はどうですか? 先日の、弟さんの絵」


 なんとかひねり出した質問に、百合子は一瞬、眉をひそめると、ほぅっとため息をついた。


「それが困っちゃってるの。先日、弟がふいっと家を出てしまって、モデルがいなくなってしまったの」


「え! 弟さん、何かあったんですか?」


「ううん、何かあったってわけじゃなくて……。なんというか、どこにでも、好きなように出かける性質で……。ふと出て行くと何日も戻らなかったりするのよ。それでまた、いつのまにか、ふいっと帰ってきてるの」


「そうなんですか。それは、困りましたね」


「そうなの。実は、卒業制作はあの絵にしようかと思っていたところなんだけど……。そうだ、大ちゃん!」


 くるり、と百子は大基に向き直る。白いスカートがふわりと広がる。夢の中に咲く花のようだ。


「大ちゃん、モデルになってもらえないかしら?」


 輝くような笑顔。瞳はまっすぐ大基の目を捕らえて離さない。視線が大基の背中を這っていく。大基はもう、何も考えられない。ただ、うなずくことしか出来なかった。


「ほんとに? うれしい! じゃあ良かったら、明日からお願いできる? 私、がんばって急いで仕上げるから」


 大基は、また、うなずいていた。

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