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はじめのひ

「大ちゃん?」


  大学を出ようとしたところに声をかけられて、大基は振り返った。驚くほど美しい人が、大基を見つめていた。


 白い肌、華奢な手足、長い黒髪。こんなに美しい人が、今の世にいるのか、と驚いた。まるで仏画の天女を見るような。

 「美人」という言葉が容姿だけでなく品行をも表していた時代でも、これほどの美人はいなかったのではないだろうか。


 真っ黒で大きな瞳に吸い込まれそうだ、などという陳腐な形容を実際に体験することになるとは思いもよらなかった。画家の道に片足を踏み入れた自分が、こんなに美しいものに出会えたのは運命だと思えた。


 大基がぼうっと見とれていると、美人は手で口を覆いながら、かろやかな笑い声をあげた。


「いやだ、ごめんなさい。人違いしました。あなたの背中が、弟にそっくりだったから」


 ゆったりと海の波のように、たゆたうように微笑みかける、その人。

 大基はただ、見つめることしか出来ない。このやわらかな頬を、この艶やかな唇を、この深い虚空を見つめているような瞳を。どうやったら紙の上にとどめることが出来るだろう?


「あの……。怒ってますか?」


 美人が、その柳の葉のような眉根をよせて心配げに聞く。大基はハッとして、あわてて答えた。


「いや、全然! 全然怒ってません! 」


 美人はまた、ふわあっと笑う。その笑みからかぐわしい香りがするようだ、と古臭い比喩を大基は思い浮かべた。


「よかった。でも、ほんとうに似ていると思ったの。あなたの肩のあたりとか、背骨の感じ」


 今まさに彼女の視線が自分の背中を這っているように感じて、大基はぞくぞくと、なにかが背筋を駆け上がるように感じた。


「弟さん。は、なんて名前、なんですか?」


 知らず肩に力が入り、言葉がなめらかに出てこない。自身の興奮を悟られないように、大基はありきたりな質問をした。


「大介って言うの。私は大ちゃんって呼んでいるのだけれど」


 大基はパッと目を輝かせた。


「偶然ですね、オレは大基って言うんです。元宮大基。同じ大ちゃんですよ」


「まあ」


 小首をかしげた美人の黒髪がゆれる。その長い黒髪はきっと絹糸のような手触りだろう。


「あなたも大ちゃんだったのね。すてき。よろしく、大ちゃん」


 天にも昇る心地がした。



 都会の美大に進学して3年。田舎にいたころは絵が上手いと胸を張っていたが、美術大学には自分程度のやつはゴロゴロいると知り、早々におのれの才能に見切りを付けて、教職課程や学芸員課程に力をそそいでいる。

 黙々と課題をこなす毎日。そんな日々が彼女と出会い、360度スパイラルで変わったような気がした。

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