葬話 ありがとう さようなら
人が死ぬのは、いつだって悲しいもの。
葬話……それは、葬る為の話……
……………………
無数の光弾の直撃から発する爆発と煙幕、そして、人の焼ける臭い……血で詰まった鼻でも、それは確かに判った。私の目の前で彼が、優翔が────弾幕に包まれて爆ぜたのだから…………
「あぁぁぁ……!! そんなッ……どうして……優翔ぉ……!!! 守れなかった! 幻想郷を創り、管理し、守護する存在が……たった一人!!! たった一人の……儚い命を! 尊い命を! 守れず、救えもせず、逆にッ!!! その命に……守られるなんて…………何が、何が賢者だ!! 己の命一つ投げ打てないで、目の前で命を失って……!!! こんな、こんなの……」
悔しい。堪らなく悔しい。俯せに寝そべる地べたの草を毟るように拳を作り、強く強く握って打ち震える。その際の手の平から血が出る痛みすら、目の前の命の痛みに比べたら、擦り傷にも満たない。
幻想郷は全てを受け入れる……でも、この真実は、この事実だけは────
────残酷過ぎる…………
「何も…………何も……出来なかった……してやれなかった……!! 私は、幻想郷の賢者、失格ね────」
腫れ上がり血塗れの目から流す涙は、綺麗な透明でな無く、薄く血の赤に滲んでいた。殆ど物が見えないもどかしさよりも、今より、幼気な少年のこれからを見れない苦しさの方が圧倒して強かった。こんな筈では無かったのに、こんな結末では無かった筈なのに……
「そんな事は……無いんじゃ、ないかな…………」
ふと、晴れつつある煙の向こうに横臥する優翔が掠れた声で私を励ます声が聞こえた。聞き間違いとも思ったが、腫れた目を凝らすと彼の手指が動いてる。
まさか、まだ生きてる!?
「優翔……? うそ、優翔なの? もう一度応えて……! 優翔……!!」
「生きてるよ、まだ……ね」
嗚呼! 神様! こんな奇跡が起こるなんて!! 私は今、天にも登る思いですわ!!!
私は打撲と内出血と骨折と内臓破裂の満身創痍の体を無理矢理動かし、這って優翔の元へと近づいて行った。全身至る所が痛いが、そんなもの今は些末事。早く彼の無事な姿が見たい、この目で見たい。
そして自身の事などお構い無しに這って近づき、優翔の近くまで来た時、私は見た。
彼がもう、手遅れである姿を────────
「ごぉぇッッ!! あ゛……はぁ。やぁ紫さん、お互い無事で何よりですね……」
彼の手傷は不自然だった。私の弾幕は全身を満遍なく覆う程度だった筈だ。なのに優翔の、彼の傷は、局所的に、人体の急所のみに集中しており、その傷全てが風穴と化すほど真っ黒に焼け焦げていた。
あの弾幕は私の今の体力では致命傷だし、優翔も無事では済まない火力。でも、こんなに不自然で致命的な傷は、一体如何して?
「…………全然無事じゃないわ……一体如何して? 何でそんな事に!?」
「……俺、あの中で夢中でさ、とにかく弾に当たりに行ったんだ。心臓とか、腹とか、とにかく穴が空くほど当たったんだ……そしたら、こうなれたんだよね」
優翔は自らの自傷行為を誇らしげに語るが、こちらはたまったものじゃない。そんな事をして、一体どうしようと言うのか? 私は、あなたを失いたく無かったのに……
「バカ……自ら死にに行って、如何してそう誇らしげなのよ……私は、あなたを失いたく無かったのに……」
「────ごめんなさい、紫さん。でもさ、あのまま生きてたら、俺、紫さんを殺しちゃったかもしれないし、幻想郷のみんなだって、手にかけてたかもしれないんだ……だから、これで良いん゛ッッッごがばァッ……!!?」
「優翔!? しっかりしてぇ!!! 優翔ぉ……!!!」
謝りながら血を吐き出し、今にも命尽きようとしてる。無論放って置けず、私は必死に這って優翔に触れ、胸に手を置いた。そこで私は気付いた。もう優翔の心臓が動いておらず、脈拍も当然存在しないのに、未だギリギリで生きている事に。
体は必死で生きようとしているのに、彼がそれを無理矢理抑え込んで殺しているのだ。恐らく、彼が肉体の生命力を拒否しなければ、直ぐにでも心臓は快復し、致命傷も何のそのだろう。
だがそれをしない。彼は、自らの危険性に気付き、自ら己を葬ろうとしている。幻想郷の為を思うならこれで良いし、このままで良いのだろう。でも私は、彼を生かすと決めた、救うと決めたのだ。絶対に失いたくなんてない!
「優翔生きて! あなたは生きようとすれば生きられる! 体はそれを望んでる! お願い!! 生きて!!! 私の為にッ!! 幻想郷の為に……!!!」
嘘だ。幻想郷の為なんて、嘘だ。言葉の9割以上は私の身勝手な願望。彼に生きていて欲しいとする独り善がりの欲望。それを察したのか、優翔は僅かに微笑むと、右手を拳に変えて穴の空いた左胸にトドメの一撃を叩き込んだ。彼の最後の渾身は心臓を完全に潰し、肉体の生命力をも完璧に断ち切ったのだった。
「ッ……!! 優翔どうして!!? どうしてぇぇぇ…………!?」
「その言葉だけで十分だ。俺はもう、十分生きられた。紫さんのその言葉が、何よりも証だ……」
「証……?」
「紫さん……俺は、みんなに忘れられて幻想郷に来た。だから、忘れられる事が人一倍嫌になって、忘れられる事を思い出すのも苦しくて、だからその全てを忘れたくて……だけど同時に、憶えていて欲しいとも思った。もう二度と忘れられたくないって……一人でも良い、誰かに俺を、憶えていて欲しいって……紫、さん……俺の最後のお願いだ。一生のお願い────俺を、憶えていて、ください…………ずっとじゃ、なくていい……何かの度に思い出してくらい、でも良い。俺を、忘れないで、いて、ください…………」
優翔は右手で私の手を握り、語り掛けてくる。しかし言葉の途中から息の乱れで途切れたり、声が弱くなったり、同様に握る手も徐々に力が抜けて来ているのが判った。もう幾許の呼吸しか出来ないだろうに、これだけは伝えんと振り絞るように告げてきた。
「……えぇ。約束するわ、私が一生、忘れない。私が、幻想郷が続く限り、憶え続けるから……だから!」
もう無理だと、間に合わないと理解しつつも、言葉は彼の生存を願う。私が涙ながらに約束すると、優翔は目蓋をゆっくり閉じ、息を吐きながら最期を紡いだ────────
「────あぁぁ……俺は本当、幸せもんだ」
「…………優翔……? 優翔? 優翔!? そんな優翔……! 優翔ぉ!! あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ、優翔ぉぉぉ!!! 優翔おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁああああああああああああ゛!!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
私は、泣き叫んだ。1000年分の涙を流し、妖怪として、命を失う事がこんなに悲しくて苦しい事なのだと魂で理解した。この世に生まれて、これほど悲しい事があるものかと、思うまま存分に泣き尽くした。
泣いて泣いて泣いて、涙が枯れても泣き続け、声が枯れても叫び続けた。次第に疲れた私は、優翔の亡骸を抱きながら眠りに就いた。
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その頃、聖徳王と弾幕ごっこを繰り広げる霊夢達一行と、相対す聖徳王一行が幻想郷の異常に気付いた。
雪だ。冬でもなければ夏でもない、しかし決して雪など降る季節でもない時期に、雪が降ってきた。
「何よこれ、雪?」
「…………博麗の巫女、私の負けだ。もう、私の負けで良い」
「は? 急に聞き分け良くなってどうしたのよ?」
「……急にな、そんな気分では無くなってしまったんだ。たった今、名も知れぬ誰かが死に、この幻想郷に悼まれている。何故だろうな……私は、何だかとても、悲しい気分だ……」
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目が覚めた頃には私は緩やかに降る雪に全身が覆われており、優翔の亡骸も雪に包まれていた。そこで私は改めて雪を掻き分け、土を光弾で突いて穴を掘り、そこに優翔を埋めた。不恰好だけど墓石代わりに木の枝も刺し、私は座り込んで両手を合わせた。どうか彼がせめて黄泉の国では、幸せになれるように、と……
後日、雪の中を掻き分け、刺さっていた木枝を抜くと、そこに四角柱の木の杭を刺し、改めて手を合わせた。木の杭には『鳴神 優翔、ここに眠る』と書いて。
「優翔、朗報よ。異変が解決したわ。霊夢達の御手柄よ。でも変なの。霊夢ったら、相手が勝手に降参したから変な終わり方だったって……もしかしたら、その相手も、何か感じたのかしら? まぁ、真実は神のみぞ、かしらね」
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「……ここは」
彼が天から見下ろしていたのは幻想郷全体である。浮かんでいく自らの魂は次第に光と一体になり、穏やかな流れに包まれて緩やかに無くなった。
その時の空はまるで世界そのものが彼を労うように暖かい黄光で微笑んでいた。人や、精や、妖や、鬼や、神や、不老不死や、月人や、幻想郷の全てでさえも、空を見上げて彼の冥福を祈った。
「ありがとう、優翔。貴方の事は忘れないわ……絶対に。この幻想が続く限り────」
それは"永遠"の誓いである。
八雲 紫の築いた幻想は、永遠であると言う意味故だ。
短い生涯の中に詰まった長い時間────
彼もまた、天上の世界で、永遠に忘れはしないだろう。いつだって思い出す、ひとときを……
「みんな……ありがとう。さようなら」
終わり
皆さんこんにちは、こんばんは。九十九 竜胆です。
この物語はこれで終わりです。が……
もし彼が響子を殺さず、"心殺"で決定的な領域まで至らず、そのまま異変解決まで進んだら……そんなifを、この先は書きたいと思います。
ですが一応物語は終わりを迎えたので、礼をば。
長い間不定期の更新、誠に申し訳ないと共に、最後までお付き合いいただき、大変ありがとうございました。
次の更新もいつになるかわかりませんが、引き続き、if話をお楽しみにしていただけると嬉しいです。
では、失礼致します……




