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13話 忘却の世界

 あなたは、自分の知らない間に自分の記憶が仮初めにすり替えられたら、どうしますか?


 ────いいえ? 答えは簡単、あなたはいつも通りに過ごします。


 ですが、客観はそれを酷く残酷に捉えます。記憶の捏造は、人間としても最悪の所業なのです。しかし記憶に従って生きる者で有る限り、我々は永遠に囚われ続けるのです。


 故に、それがどうしたと皆思うのです。同時に、なんて酷いんだと皆思うのです。悲しく思うのは周りだけ、その周りの悲哀を受けても、あなたは何の事だとあっけらかん。これが"記憶"の残酷さ……

・・・






 俺が、今如何なっているのか、わからない。でも、一つ、不思議な事が起こった。


「あ、あれ……」


 俺の全身に付着する血は無くなり、目の前で倒れる声の大きい少女の出血や骨折の悉くが綺麗サッパリ無くなっていた。それはまるで、"最初から無かった"みたいに元に戻っている。


「俺は、俺は……」


「やったじゃない、案外楽に倒せたわね優翔さん」


 俺は確かこの女の子を殺してしまった筈、そう言おうとした時、霊夢の言葉が俺の耳に入って来た。俺にしがみ付いていた魔理沙も何故か俺の肩を軽く何度も叩いている。妖夢や早苗さんは小さく拍手していた。


 何だ? 一体何が如何なっている?


 俺は確かに────いや、自問なんてしても何も返っては来ないだろうな。唯一有るとしたら、決まった返答、『心殺の能力』だ。俺の意識の無い間に、俺の知らない能力が発揮されたんだ。


 それ以外、無い……



「良かったわ、私てっきりまた此間みたいな結果になるんじゃないかと思ってたの。何事も無く退治出来たようで何より」


「あ……うん」


 俺の手足に残った確証(かんしょく)と、霊夢の言葉、魔理沙、妖夢、早苗さんの反応を見るに、明らかな矛盾が生じてる。そうだ、あの景色、あの衝撃は夢や幻なんかじゃない、紛れも無い現実だ!


 みんな"それで当然"と言わんばかりに自然体、恰も似てる様で全く違う体験をさせられたみたい……だ?


 待てよ、いや待てよ……?


 俺がこの世界に来て間も無い時、紫さんは異変が起きたとか言っていた、俺が原因で、と。あの時、俺はワケがわからなかった、異変と言われて、突然犯人と言われて、頭の中が真っ白になった。



 その時、ふと思っていた────


 ────"嫌な事なんて、全部忘れられたら良いのに"


 "記憶(思い出)が在るから辛いんだ、苦しいのなんてもう嫌だ"


 "俺だけがみんなの内で『消された』、そんなの不公平じゃないか、酷いじゃないか"


 "だったら俺もみんなを(なく)してやる、それであいこになる。だから全部忘れろ"────




 ────"消えろ"









 やっと……わかった。最初からだったんだ、俺は。何故今まで気付かなかったんだ? 俺のこの訳の解らない身の周りの現象、そして"心殺"の間、相手の絶望を拝むまで搔き消える戦闘の痕跡(嫌な記憶)……


 全て、俺が原因だったんだ。異変(犯人)は俺だったんだ。紫さんは、間違っていなかったんだ……!


「そうだったんだ……ハハッ……俺は、最低だ」


 言葉を言い切った直後、俺は自分の頬を思い切り殴った。自身が傷付くのを恐れて、本来なら無意識に力加減を働かせるのを無理矢理無視して、血が出る程強く殴った。こんなので何かが償えるワケじゃ無い。でもやらなきゃ気が済まない、俺が俺を許せない!


「ッ!!? おい優翔! 何やってんだやめろ!!」


「俺がやったんだ、異変も何もかも……俺が全て原因だったんだ……俺がみんなの記憶を消したんだ! 全部俺が悪いんだァ!!!」


「やめろ優翔ッ!! 落ち着けッ! 何が如何したってんだ!!?」


 魔理沙が俺の自傷を止めようと羽交い締めを掛けてくるが、構わず自分に拳を振るい続ける。羽交い締めをする魔理沙に倣う様に霊夢が俺の手を結界で縛り、突然の事に妖夢と早苗さんはまごついていた。


「やめて優翔さん! 自分で自分を殴るなんて如何したの!?」


「俺がッ……俺が悪いんだァ!! 俺の全部やった事なんだァァ!! 俺の所為なんだァァァ!!!」


「何を言ってるか解らねぇよ! お前が何したかくらいはちゃんと話せ! 自暴自棄になるのはそれからだッ!」


「俺がみんなの記憶を消したんだ……あの時紫さんは間違ってなかった、二人は間違ってなかった……あの時、記憶を消したのは、俺だったんだッ!!!」




 ────霊夢────




 突如暴れ出した優翔さんは、魔理沙の羽交い締めに逆らわなくなり、私の拘束に身を許した。でも、魔理沙ならともかく、私の結界の拘束が余り通用してなかった……これでも手加減無しで縛ってた筈なのに。


 由々しき事態と言える。私の、博麗の巫女の力が及ばないなんて、彼の力は今一体どの領域に在ると言うの? それとも、私の覧える範囲にすら彼の力は存在しない、そう言いたいの? 紫ッ!!?


「お願い落ち着いて訳を話して! あの時って、まさかみんなの記憶が消えた時に貴方の居る場所に出向いた時の事?」


「そうだ! 俺は無意識で使ってたんだ、自分でも気付かない内にワケのわからない力が備わっていて、それが招いた結末が、あの時の事だ……」


 よくわからない……確かに優翔さんは普通の人間には無い"能力(ちから)"を持っている。でもそれは決して魔理沙や妖夢や早苗の様に元から身に付いてたり、努力で身に付けたモノじゃない。過去の因縁が深く絡んだ、酷く歪んで黒ずんだ挙句に腐蝕して朽ちた時に身に付いたモノ。


 ここまで抑制の無い(効かない)激しい暴力を私は見た事が無い。また、其れ等と併用して現れる靄掛かるような現象……。辛うじて彼の意識が『覚める(戻る)』事で制動出来ているのも、奇跡に近い気がする。


「────その事に関しては私から説明するわ」


 そこへ突然、紫が私の背後に立っていた。紫が現れた事で優翔さんも落ち着きを取り戻し、魔理沙は羽交い締めを解いた。珍しく神妙な面持ちを提げて現れたかと思うと、紫は歩いて優翔さんの目の前まで歩き、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい優翔、私は貴方に謝らなければならない」


「紫さん、何をいきなり……」


「貴方がこの世界にやって来た直後の事よ────



 貴方は、実は当時発狂した直後、植物人間に近い状態だったわ。ショック死する寸前で踏み止まっていた、でも医師の診断だと崩壊寸前の崖淵に立っているだけで状況は変わらないと言われたわ。


 もう元には戻らないのかと訊いたら、無理だと言う答えのみが返って来た────


『私は薬師であり医師でもあるけど、それでも万能には程遠い。此処に来てこれまで何度と救えない命を見て来たわ、彼も同じ一つの運命に終着しようとしている。

 確かに、私も如何にか出来たらしてあげたい……でも彼は2度と明るみに戻る事は無いでしょう。確率はゼロでは無いわ、しかし確定して無理と言えるものよ。貴女もわかる筈、計算が出来る者の苦しみを』


『それでもゼロで無いなら救えるわ! 計算が出来るのなら、その計算にだって異を唱える、私は私の持てる全てを以ってその計算を狂わせてみせる!』


 その日、私は貴方を家に連れ帰り、それから暫く貴方との生活が始まった。食べ物は余り口に出来ず、瞬きしているのかもわからない貴方は、正にただ生きているだけだった。


 偶に開いた口が喋るのは『殺してくれ』と言う迚も斯くても歪み切って擦り切れた言葉が吐露されるばかり。でも不思議な事に何日経っても貴方の身体は衰える事も無く、いつまでも"生きていた(朽ちずに居た)"。


 そして一週間が経った日、私が家に戻ると貴方は布団から居なくなっていた。家中を駆けずり、捜していたら、貴方は私の式神の、"式神"と無邪気に戯れていたわ。でも、その目に感情は宿っていなかった。


 いいえ、宿そうとはしてたけど、見様見真似で得た感情は全て形になる前に殺されていた。それが、今の貴方の内なる力、"心殺(ココロゴロシ)"。感情の殺戮と引き換えに人間を捨てた修羅と化し、躊躇い無くか弱いモノを砕いてしまう危険な力……


 更に三週間、計一ヶ月経った頃、貴方が植物状態から既に立ち直っていた事に安堵し、私は式神と、その式神に留守番を頼んで出掛けた。

 此処からの話は直接聞いたけど、如何にも途中で記憶が飛んでるみたいだから、余りハッキリはしないけど、聞いた話をそのまま言うと貴方はいつも通り式神の"式神"と遊んでいて、突然感情の無い目のまま、その式神の式神、彼女の首を絞め出した。慌てて式神は貴方を止めに入ったが、冷静に観察すると、手に徐々に力を加えながら不気味に笑みを溢していた、と……


 式神曰く、此処で記憶が途切れてて、後の事は、貴方が俯せに倒れて意識を失っていた。


 翌日、目を覚ました貴方は言葉を発する様になった。今までを通して真面な会話と呼べるのはこれで二度目、生活開始時と比べたら遥かに状態が良くなったので、私は妖怪の山に建てた一軒の別荘に連れて来て、此処が今日から貴方の住居と伝えた。

 更に翌日、驚く事に貴方は目に感情の色を取り戻した。でも、何故か気になる問い掛けが一つあった。



 それは、『あの、あれって俺の家ですか?』、この言葉。後で冷静になって考えてみたら、昨日案内したばかりの場所をわからない筈は無い、"もしかしたら"、と言う、一抹の疑問を抱えたまま、今日までを過ごしたわ。でも、今やっと確認が取れた。


 貴方の、私達と過ごした約一月は、一体何処に行ったの? 今の貴方は、私と最初に出会った優翔、でもその後の一ヶ月間の優翔は、一体誰なの?」




 ────優翔────




 紫さんは全てを口にした、全てを言葉にした、そして俺はその全てをたった今思い出した。


「────そうか、俺は、もうそんなにこの世界で過ごしてたんですね。でも、俺は俺ですが、その口調だと、俺が『もう一人居る』みたいな感じですけど、それって……」


「思ってる通り、貴方を"二重人格"だと思ってる。最初と今の貴方、約一ヶ月の貴方に何の差異も感じないのは、人格として確立し切ってるにも関わらず、それはまだ力の範囲で収まってるから。


 貴方の過去に対する壮絶なる嫌悪から、一つの能力を導き出したわ。『忘れる程度の能力』。式神の記憶欠落も、忘却異変の一件もこれで辻褄が合う。そして、その歪んだ能力に寄り添う様にして、貴方の心の矛盾が生み出したもう一つの能力、『記憶する程度の能力』、貴方の"忘れたい"と願う怨念(希望)と相反して"忘れたくない"と誓う雑念(絶望)が入り混じり、今の貴方を形作っている。"心殺"が貴方の忘却なら、今が貴方の記憶。


 これが私の考察した問いの答え、模範解答を頂けるかしら、優翔くん?」


 冷たい、紫さんから、寒冷地の吹き荒ぶ寒風を思わせる冷たさを感じた。今の俺が紫さんに如何見えてるかはわからない、解りたくも無い。ただ、そうだな……今の俺には何かを成す事は出来ない。そう、"今の俺には"、な────



「……答えてヤロウ、オマエの問に」


 心が凍てつく。心臓が冷えてるのか、見えない何かに優しく無理矢理閉じ込められる気分だ。迚も複雑な、斯くも落ち着く様な、目の前の景色から視界が遠ざかる。これが世に言う、現実逃避、なの……かな…………




 ────紫────




 瞬間、私の背筋が絶対零度に蝕まれた。この全身が警報を鳴らすような異様な緊迫感、然れども体は己の矮小さを示したがって体内の血液が熱を吐き出す。一瞬数える間も無く私の身体は恐怖で冷え切った。


「────じゃあ、私達はこれから異変起こした連中を叩きに行くから」


「おう、優翔無しでも楽勝だぜ。いや寧ろ要らないな!」


「ではお先に失礼します、八雲様」


「待っててくださいね! 必ずや吉報をお届け致しますよ!」


 霊夢、魔理沙、妖夢、早苗は自然体で私と優翔をその場に置いて行く。声を掛けようとしたけども、その言葉すら搔き消え、声帯さえ震わせられなかった。否、間違い無い、優翔に言葉と声を『忘れさせられた』、霊夢達も、今さっきの記憶を『忘れさせられ』、別の出来事を『記憶された』。


「ソウ、オレが忘却側……と言うべきか。ソウ、消したトモ。ガキと遊んだ時モ、オマエの言う忘却異変とヤラも、正にソノ通り。嫌悪する記憶諸共消してヤッタンダ、それなりノ礼は貰えるヨナ?」


 霊夢達が遥か彼方へと姿を消して、やっと私は声と言葉を『思い出した』。こんな、なんて……なんて惨い能力!? こんな能力(チカラ)がこの世に在って良いと言うの!? いいえ、断じて、断じて許してはいけない! 断じて、見過ごしてはいけないッ!!


「天地神霊に誓います……例え命共々私自身を亡くそうとも、決して……決して! 貴様(・・)だけはッ! 必ず屠る……!!!」








続く

 永く生きてきた幻想郷の賢者、八雲 紫は、生涯で数えられる程度しか出した事の無い『怒り』の感情を爆発させた。


 決して見過ごせない、と……


 断じて許せない、と……



 己の全てを忘却し、記憶を深淵に追いやられようとも、必ず『彼』を屠る……と



 ────必ず

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