12話 コロスイッポテマエマデ
世界が変わりゆく、見える世界が、居る世界が────
殺す"ガイネン"が、変わる────
・・・
瞳孔の開きが治まるように視界が明瞭と化すけども、思考は『この世』から切り離される様だった。それでも見えるモノは見えるので、俺はしっかりと目を見開いたが、しかしこれは如何したものか。
世界はまるで液体を頭上から流されたかのように白黒に変色し、何回も黒が白へ、白が黒へと言う色の反転を繰り返しながらも、最初に目に映った『誰か』だけが白黒じゃなかった。俺は、それがどうしても目障りだったのか、それとも白黒じゃない事がおかしいと思ったのか、気が付けば────
「い、いた……おおぅッ……」
右の拳が、俺の右拳が、その『誰か』の臓物を潰していた。何故わかるのか、それは確かな感触が右拳に、スライム状に纏わり付く、この人体の脆く"毀"れる音が、直接耳に伝わる。
この音、異常だ……臓物の損傷なんて範疇では収まらない、胃がまるで紙切れのように破けて、拳の触れる先には、何も無い。と、拳からまた感じ取ったが、今度は破けた胃から上が揺れ、何かを押し出そうと、否、吐き出そうとしている。
「ぶぅおぇぇッ!!」
そう、嘔吐だ、しかも当の本人の深刻なダメージを報せる吐血。横目で確かに見えていた吐血した本人の顔は、目が今にも飛び出しそうなくらいに目蓋が開き、口周り、歯、鼻まで満遍無く血が付着していた。
だが、ゆっくりと、ゆらりと思えてくる。────だから何だ? こいつはまだ死んでいない、こいつはまだ殺せる、殴って蹴って潰して裂いて、死ぬまで殺し続けるんだ、そうしろ、と。
右拳を一度引くと、『誰か』は抗う事無く地面に倒れんとする。けど、まだだ……まだ終わりじゃない、俺はまだ殴る事を止めちゃいない、俺が拳を引いたのは殴るのを止めるのでは無く────
「やめろッ! もうやめろッ!! 優翔ォッ!!?」
────更に殴る為だ。
引いた拳を再び突き出し、今度は『誰か』の鼻へ叩き込む。その潰れる音は意外と軽く、木の小枝とか某チョコ棒菓子のような感覚だった。右拳が顔の骨に深く当たる事を感触で理解した直後、まだ出していない左拳をしっかり硬めた上で横に振るう。
振るった左拳は『誰か』の右頬を容赦無く抉り取り、横に弾き飛ばす。飛んだ方向に合わせて右拳を横に振るい、今度は『誰か』を反対に殴り飛ばす。
一撃を当てる度に骨が亀裂を走らせ、砕けるのがハッキリとわかる。感触を味わいつつ、左拳を無心で振り上げると拳は『誰か』の顎に直撃、こうなったら後は見なくても良い。
右足を振り上げて僅かに力を込めたなら、後は……
「やめろォォォーーー!!!」
この踵を振り降ろすのみ────
「────ッッッゔぇおぁぇぉッ!!!」
ヤッタ、タシカニヤッタ、ホネガイッタ。『ダレカ』ノホネガ、ソウ、『セボネ』ガイマノデ"タチキレタ"ノヲカンジタ。コレハ、マサカ、『死ンダ』ダロウカ? 息絶エタノダロウカ?
「やめろッ!! やめろったら!! もう! やめろって……!!! これ以上やったら! こいつ死んじまうよォッ!!!」
誰カガ俺ニ声ヲ掛テクル、何ヲ言ッテイルカ解ラナイヨ、魔理沙。ん? 魔理沙? 何で俺は魔理沙だとわかったんだ? それより俺は何をしているんだ? 俺は一体何を────
「ぁ…………」
その時、俺の目前で身体の上と下で妙な曲がり方をして倒れている声の大きい少女が、今にも掻き消えそうなか細い声で呻いていた。俺は俺で対した怪我をしたワケでも無いのに全身に血が付着している。
一方で俺の体に正面からしがみ付き、まるで俺が暴れないように、必死に制止しようとしている。しがみ付いた両手を絡めて放さないようにと、魔理沙は涙を流しながら小さな声で『やめろよ……もう……やめてくれよ……!』と何度も口にしていた。
「お……俺は、何て事を……俺は、俺はァ!!!」
巨大な喪失感に襲われた俺だが、心は『死ななかった』。こういう時に"心殺"が発動しないのは、何だか複雑ではあったが、俺は何より心の中で聞こえた"声"が気掛かりで仕方がなかった。
俺は、もう人では無いのか……ただ躊躇無く誰かを殺してしまう殺戮者と成り果ててしまったのか? 俺は、どうしたら良いんだろうか?
助けてくれ、教えてくれ! 紫さんッ!!!
続く
…………俺は、多分、もう、ダメなんだ、紫さん




