01 邂逅
赤い煉瓦造りの家が次々と後方に流れていく。時間は数分も掛っていないが、ずいぶんと走った。住宅街の大通りをずっと走ってきたので、そろそろ幻影が見えてもいいくらいである。
アスレイの表情には明らかに焦りがあった。少しでも遅れたら世界の一部が滅亡するといわんばかりだ。そこまでではないが、この街が一つ潰れることは十分にあり得る。
何をここまでアスレイが恐れているのかというと、幻影には殺人衝動が備わっており、人をむやみやたらと襲う。そして悪いことに、殺人を繰り返すことで幻影は自我が芽生える。つまりは成長しているのだ。自我が芽生えると、より強い者を殺すことで得られる快感を求めるようになる。己のありとあらゆる能力を駆使して、獲物を自らの領域におびき寄せて閉じ込める。蜘蛛の巣のようなものだ。
その領域に入ったら簡単には出られない。領域から脱出するには、主である幻影本体を倒す、もしくは標的とされた鎮魂師が死ぬかどちらかである。
今回の標的はおそらくアスレイとルピナスの二人である。アスレイにとっては苦戦するような相手ではないが、学生鎮魂師ではおそらく十分ももたないだろう。だからこそ焦る。万が一、この領域に彼らが迷い込んでいたらひとたまりもないし、アスレイは彼らを守りながらの戦いとなる。これはかなりのハンディキャップだ。
――ちょうどその時だ。前方から地響きのような音が聞こえてきた。アスレイが足を止め、ぱっと顔を上げる。
住宅街の大きな広場にそいつはいた。二階建ての住宅と並ぶほどの巨体。黒い頭には闘牛を彷彿させる角。丸太のような太い腕は重さに耐えられないのか下にだらんと垂れている。一見すると黒い巨大なゴリラにも見える。その中で細く赤い目が不気味に光っていた。
幻影もアスレイに気付いたようで、息を荒くしてこちらを睨んでいる。
「はあ~。お前みたいなやつに嬉しがられても、全然嬉しくないよ」
なんて語りかけても返事は当然ない。その代わりにものすごくうるさい雄たけびを上げた。返事のつもりだろうか。
幻影はだらんと下げていた腕を顔の前に持ってくる。戦闘準備は万端というところだろう。
その姿にアスレイは溜め息をつきながらも、剣帯にぶら下げていた刀に手をやる。左側の赤い柄の刀だ。
「いいよ。さっさと終わらそう。……さあ、行こうか」
言い終わる前にアスレイが動き出した。疾風のごとき勢いで幻影に向かっていく。