01 邂逅
ミネアから放たれる殺気のためか、他の隊員たちはそそくさと寮の外へと足を向けていく。どうたら今のシャマルの発言で囮役は決まってしまったようだ。ちゃっかりシャマルは、ミネアから遠く離れていた。
鍛錬を積んできた隊員たちだ、こんな時でも足取りは速い。各々がすでに配置を確認し終えて、自分の武器を装備し始めた。
たとえ、非番の日に出動要請が掛っても不満は言わない。たとえ、深夜二時に叩き起こされて眠くても文句は言わない。それが自分たちだけでなく、他の隊でも同じであると分かっているからだ。さらに、自分たちが動かなければどうなるか、幻影を野放しにするとどうなるかを彼らはよく理解している。
恐怖に怯えるだけの一般人には、到底分かりえない危険に立ち会っているのだ。先ほどまで生きていた人間を殺さなければならない時もある。彼らはそうした過酷な状況を生きていかなければならないのだ。そして人々が死ぬ間際に、『生きていて良かった』と思えるようにするのも鎮魂師の役目である。
だから今はどんなに眠くても辛くても現れた幻影を滅しなくてはならないのだ。
この都市――レグルスには、都市警察はない。鎮魂師は学園を卒業すると王都に勤めるシステムになっている。王都は他の都市に比べて幻影の出没数、レベルがケタ違いだという。鎮魂師の数はそれに比べ少なく、猫の手も借りたいくらいらしい。それ故に他都市で育てられた学生鎮魂師をそのまま王都へ配属するということだ。それはまた、この都市を守るのは学園鎮魂師しかいないということでもある。自分たちがやるしかない。自分たちにはこの都市を守る義務があると誰もが思っている。
だからミネアもいい加減に重たい足を玄関へ向ける。囮という重役は少し大変で、正直嫌だが断ることはできない。それが彼女の責務であり、都市を守るために必要なことなのだ。
「よし、行くとするか」
一人で呟き、両手で頬を叩いて気合を入れる。その瞳に迷いはない。
玄関にいたエーリから小型通信機を受取る。それを耳に掛けてから外へ出た。
外は当然暗かった。月明かりや街灯のおかげで明るいには明るいが、それでも夜の闇全てをを払うことはできないのだ。そしてそれ故に幻影はこの世界に留まる事が出来る。闇を駆け、人を襲い、血肉を喰らう。
――幻影こそが夜の支配者なのだ。人が抗うことを許さぬ、死の世界。鎮魂師はそれに唯一対抗できる小さな光。闇夜に君臨する月のような存在。
ミネアは深呼吸をして心を落ち着かせる。戦場に赴く前に必ずする行為だ。落ち着かなければ判断力が鈍る。元々死の世界に飛び込むのに、さらに自ら死に近付くのは馬鹿げている。だから落ち着かなければならない。
この都市を守るために。
自分を守るために。
深呼吸を終えると、目的地に、戦場に向かって高く跳躍した。近くの民家の屋根に乗り、瓦造りの屋根をテンポ良く駆けていく。