01 邂逅
† † †
――最悪の目覚めだ。
ミネアは、一人部屋のベッドの上でそう思った。何度見たか分からない夢に魘されて、ひどい寝汗を掻いたせいである。あの夢を見るとどうも体が熱くなってしまう。それは別に興奮しているとかではなくて。
そう思いながら籠った熱を追い出すために胸元をパタパタさせる。ついでに手元の電子時計を確認する。現在の時刻は午前二時過ぎ。どおりでまだ暗いはずだと、一人で納得する。
胸元をパタパタさせるだけではまだ暑いので窓を開けることにした。あまり飾り気のないベッドから降りて、窓を開ける。
程なく窓の外から春の夜風が部屋の中へ飛び込んできた。少し冷たい夜風が体を吹き抜けて熱をさらっていく。その感触がこの上なく心地よかった。
ミネアはそのまま窓に腰掛けて空を見上げる。夜空には煌煌と輝く満月が出ていた。淡い光を地上に降り注いでいる。不安な夜の闇を照らす唯一の光だ。
(夢の世界はどうだったかな? どっちでもいいか)
夢の世界では巨大な炎のせいで月の存在など気にならなかった。
ミネアは視線を自室に戻す。そして部屋中を見渡す。ミネアの部屋は学生寮の一室で、一人部屋の割にはかなり広かった。家具こそ少ないが、逆にそのおかげで開放感が溢れる。
何しろ寮といっても、一般の生徒とは違う。彼女が住んでいるこの寮はベルナール総合学園鎮魂科寮の一つである。さらに言えば、鎮魂科の中でもエリートだけが集まる集団、ベルナール学生鎮魂師部隊、通称小部隊のみが居住できる寮なのだ。一般生徒とは待遇がかなり違う。部屋の大きさで比較すると二倍以上差がある。さらに小部隊隊員は学費半額免除など優遇される。
何故鎮魂科だけがこのように優遇されるかというと、彼らには一般人とは違う能力があるからだ。それは幻影を滅する力『鎮魂歌』があるということだ。
幻影――それは夜の支配者。かつてこの世界に生きていた者たちの思念が具現化したもの。生きたい、死にたくないという純粋な心が闇に喰われ、幻影という悪魔に生まれ変わる。一度幻影になれば生きるために人の血を望むようになる。夜になると人を襲い自らの血肉とする。生きるためには、かつて自らも同じだった人間を殺さなくてはならない。しかし、多くの人間は死ぬ間際に、生きたい、死にたくない、と願う。故に幻影は無限に増える。幻影とは悲しくも皮肉な存在である。
鎮魂師はそういった幻影を滅するための職業で、生まれながらにしてその能力を有する。鎮魂師の持つ『鎮魂歌』でなければ滅することはできない。さらに死ぬ間際の人間に『鎮魂歌』を使うことで幻影に転生するのを未然に防ぐこともできる。つまり鎮魂師は幻影に対する人類の砦なのだ。これほど人類にとって頼れる存在はいない。それ故に生活は優遇される。社会的には当然の成り行きだ。
それは学生においても同じである。まだ卵とはいえ将来は人類の夜を護る鎮魂師なのだから、寮であれ、学費であれ優遇される。
しかし、ミネアはそれをあまり快く思っていない。例え自分が鎮魂師であろうと、同じ人であることに変わりはないのだ。戦う能力があるからといって優遇されるべきだと誰が決めたのだろうか。少なくともミネアはそんなことは望んでいない。
(私が変わっているだけなのだろうか)
そう思っても他人に口外したりはしない。
いつの間にか体の熱が抜けて、少し肌寒くなってきたので窓を閉める。それでなくとも夜に窓を開けておくと幻影に襲われる可能性がある。ここは学園の寮であるので結界が張ってあり、そんなことはまずないが、この世界に生きる人間の基本的な行為である。
もう一度寝ようとベッドに足を踏み出したとき、部屋中に甲高い電子音が鳴り響いた。こんな真夜中に目覚ましのアラームはセットしていない。
リビングの電話が鳴りだしたのだ。