01 邂逅
月が煌めいていた。漆黒の夜に煌煌と輝く星たちを引き連れて君臨している。今日は満月ということもあり、いつもより月明かりが眩しく感じられた。
そんな中、煉瓦造りの家が建ち並ぶ街を一台の車が駆け抜けていた。夜と同じ黒色の車で、月明かりが無ければそのまま闇に溶けてしまいそうである。長くて艶のある車体は、外見だけで判断すると金持ちが乗っていそうな車、というところだろうか。
アスレイはその車内の助手席ににいた。はじめは夢から覚めたばかりで意識がはっきりとしなかった。しかし、次第に淡い月明かりの柔らかな感覚と、右頬に感じる強烈な痛みがアスレイを現実に引き戻す。右頬の痛みはおそらく自業自得だが。
(やっぱり僕はバカだ)
夢の中の出来事と連動して自分を殴るなどなかなかできない芸当だ。ましてや自分の頬を殴るぐらいであるから、おそらく夢の中の会話も寝言として口にしているだろう。それを想像するだけで恥ずかしくなり、アスレイは赤面する。
その瞬間を待っていたように笑い声が隣から聞こえてくる。いや聞こえてくるなんても甘いものじゃない。火山の噴火のような勢いだった。そう、笑いの噴火だ。
「あはははははは! あっははは、あ~おかしい」
甲高い、よく響く声で、聞き方によればどこか狂ってしまったのではないかとも思う。
アスレイはその光景にむくれる。
「そんなに笑わなくてもいいと思いますが」
平静を装った声だが、顔は窓の方を向いていた。赤面した顔を見られたくないのだ。どうでもいい男の意地が働いているらしい。
「いや、だっておかしいでしょ。普通、自分の夢の出来事を現実で行いながら寝てる人いないよ。ましてやあんな苦い思い出を、ね」
隣の人間が『苦い思い出』にやたら含みを持たせて言う。言ったのは運転手の女性だった。長いウェーブのかかったオレンジの髪が、月明かりで時折光って見える。
アスレイはこの人物が苦手だった。別にそれは恥ずかしいところを見られて笑われたからではない。もとから何事に対してもこの人は楽観的なのだ。そして計画性はなく、危なっかしい。今だってお腹を抱えて笑うために、ハンドルから両手を離している。
「どうでもいいじゃないですか。そんなことは。それより……」
「それより?」
その瞬間にダメだと思った。アスレイの顔が引きつる。この人の楽しそうな顔の前にはどんなことも無意味になる。他の人には今のことを内緒にしてくれ、なんて切り出せるわけがないのだ。
だから不自然じゃないように話題を変える。それも気になっていたことだ。
「それより、なんで僕がレグルスに行かなくてはいけないのですか?」
今度は少しだけ立ち向かう目で相手を――ルピナス=スヴェンパースを――見る。