02 入学と入隊
春の柔らかな風に吹かれて桜の花が舞う。桜の花が舞う季節は出会いと別れの季節。
ここベルナール総合学園もほかならない。いつもより体育館に人が集まっているのは、この二つのうちの一つである『出会い』があるためだ。そう、今日はベルナール総合学園の入学式である。
第一学年から第六学年まで在籍する学校のため人数はかなり多い。そのため体育館は六段構造となっており、一段目が一年生、二段目が二年生というように振り分けて使う。今日は入学式のため、重要な式典の時だけ使う中央フロアに新一年生が並んでいる。新品の制服を着る姿は何とも初々しい。お互いに出身中等部を確認し合ったり、身長を比べたりしている。やはり初々しい。
第二学年からは、それぞれの指定席について式の始まりを待っている。さすがに上級生はしゃんとした様子で威厳がある。新入生の意気揚々とした姿を見て微笑んでいる。
しかし、それもだんだんと崩れ始めてきた。所々でひそひそと話し声が漏れている。若干棘のある言葉も聞こえる。
それも当然かもしれない。もう既に入場してから一時間も経過しているのだ。しかし、理由が理由だけにあまり邪険にできない。式の責任者、学校の長である校長が重要な会議で遅れているというのだ。怒りたくても怒れないわけである。
その時第二学年の一部でこんな声が聞こえた。
「……ねえ、ミネアどこ行った?」
第四学年でも同じような声が聞こえた。
「イーザンとシャマルがいねえぞ」
「サボりか?」
「まさか……あ~シャマルならあり得る」
学年が違うため情報がうまく伝達しないのが幸いした。
校長が遅れているのは、言うまでもなく第二十一部隊が関係していた。正確には今日入学する一人の男子学生のせいだが。
† † †
呆然とした気分で、アスレイはソファに腰かけていた。全体的に白色で統一された部屋にある、白い来客用のソファ。隣にはルピナスが座っていた。
彼の目の前には、白く長い顎鬚が印象的な男が座っていた。恰幅の良い、優しそうなおじさんというのが第一印象だ。しかしその表情に風雪を浴び続けたような厳しさが見受けられた。アスレイは一目でこの男が優秀な鎮魂師であることが分かった。
「君がアスレイ=スヴェン=エーデルワイスかね」
「はい。あなたは……校長先生です、か」
疑問形にしようとして、この部屋に入る前に見た、扉にかかっている校長室のプレートを思い出してやめた。
ルピナスがそれに気づいてクスクス笑う。うるさいから黙っててください。
「ええ、私がベルナール総合学園校長のオズウェル=ヘムロックだ。よろしく、アスレイ」
オズウェルがすっと左手を差し出す。アスレイも右手を差し出し握手を交わす。とても大きくて硬い手だった。
「こちらこそお願いします、校長」
「一対一の時はオズウェルでいい。私も一応は鎮魂師だ。鎮魂師には基本的に上も下もないからな」
「やはり、あなたも鎮魂師でしたか。しかも、かなりの実力を持っていますね。手で分かります」
「そうよ~。こいつは、私の元側近で、あんたが六帝になるのと同時にレグルスに派遣されたの。ていうかしたんだけど」
隣のルピナスが話に入ってきた。だがルピナスの側近という事実には驚きだ。噂によればルピナスの側近は王都での鎮魂回数が一万回を超え、実力は王都守護六帝と同等、それ以上を行くと聞いていた。しかし、その正体は謎のままで、ある日どこかへと身を潜めたと言われていたのだ。アスレイが一度会ってみたいと思っていた人物である。その人物が目の前にいるのだ。
「あなたがこのアホの側近でしたか」
「誰がアホか、誰が」
「王都から特に迷うこともない道を延々と迷い、ガス欠を起こして迎えに来てもらう人をアホと呼ばずに何と呼べばいいのですかね」
これでもかというほどの皮肉だが言われても仕方のないことである。アスレイがレベルⅢとの戦闘後、車で再び移動を開始したのだが迷子はどこまで行っても迷子なのであった。同じような道を何度も見て、終いにはガス欠だ。アスレイの言い分ももっともである。一国の女王をアホ呼ばわりするのは別として。
「ははは、仲がいいのだな。ルピナスも相変わらずの方向音痴だな」
「へえ、昔から迷子なんですか。良かったですね、人生はぎりぎり迷子になっていないようですから」
「ぐぅ……アスレイ、王都に帰ってきたら覚えておきなさいよ」
言い返せないルピナスの精一杯の反撃だった。
ところで、とアスレイが話の軌道修正をする。
「何故僕はここに呼ばれたのですか? もう式典のはずなんですが」
オズウェルがうむ、と髭をいじりながら頷く。
「実はなあ、君は当然学生としてここに来たのだから、どこかの隊に入らなければならない。君ならどこの隊に入れても構わんのだが、まあそこは私とルピナスの判断で決めさせてもらったが」
「まどろっこしいですね。つまり、何ですか?」
「つまり、君はすでに学生の域を遥かに超えている。だから、隊に所属すると少しばかり問題が出てくるだろう」
オズウェルがほら、と目で語ってくる。それでアスレイには十分に分かった。自分の実力、これが邪魔になるかもしれないということだ。
そして自分がいるが故に、他の隊員に今までよりも負担をかけてしまう。昨夜のレベルⅢのように、学生が対処できる相手ではないのも出てくるだろう。そしてそれはアスレイの隊だけでなく、他の隊にも影響を及ぼすだろう、とオズウェルは危惧しているのだ。
「なるほど、でも大丈夫ですよ。普段は力を押さえて皆さんに合わせれば。それにレベルⅢは基本的に王都にしか出没しませんし。前回はこのアホがいたから狙ってきたんでしょう」
「……はいはい、私のせいですよ。でも、まあそこはホントだから。たぶんアスレイだけじゃ現れないと思うよ。私の強い波動を感じ取って奴らは出没するから」
オズウェルはそれを聞いて安心したようだ。
「ふむ、そうか。側近をしていた時はレベルⅢとも戦闘をしたが、奴らの特性は詳しく理解していなかったのでな」
レベルⅢの特性も分からずに戦っていたというところに、アスレイは慄く。やはりこの人物は只者ではないと実感する。
「……ところでオズウェル、僕が配属される隊はどこですか?」
「ん、それは……もうすぐ来ると思うが」
その時、白い扉が勢いよくノックされた。返事をする間もなく扉が開く。
いや、蹴り飛ばされた。