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戦慄の鎮魂歌  作者: 片瀬 瞬
月夜の支配者
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01 邂逅

 アスレイは、驚きを隠せないミネアをよそに立ち上がった。いつまでもお喋りをしているわけにはいかないのだ。

 体はまだ痛かったがいずれ治るだろう。王都で鍛えた治癒能力は伊達じゃない。現状では腕が使えれば問題ない。落ちていた赤い刀身の刀を拾い、鞘に納める。そして剣帯に吊るす。

 幻影を確認すると、かなり遠くにいたが存在は認識できた。進行方向はアスレイが来た方向、つまりルピナスが待っている場所に向かっている。

 まずいなあ、とアスレイは頭を掻いた。あのぐらいの幻影ならルピナスにとっては朝飯前だろうが、後々お小言を言われると思うと面倒だ。

 仕方ない、と諦め気味にアスレイが足を踏み出したその時。


「待て」


 ミネアの鋭い声がそれを制した。先ほどまでの驚いた様子はどこ吹く風だ。ミネアはすでに立ち上がり、黒い隊服の汚れを払っていた。

 出鼻を挫かれたアスレイは反射的に足を止める。後ろを振り向いてミネアと対峙する。


「何ですか? できるならもう鎮魂しに行きたいんですけど」


 明らかに不機嫌さが窺える対応だが、ミネアは屈しない。

 厳しい面持ちのまま早口にアスレイに問う。その様子はさながら映画で見た、軍隊の教官が部下に尋問するようであった。アスレイも思わず萎縮する。


「貴様、先ほど私たち学生が相手をしてはならないと言ったな。しかし、貴様も私と年齢は然程変わらぬように見える。その貴様が何故鎮魂できるというのか」

「年齢は関係ない。ただ単に僕と君たちとでは次元が違うから……げ」


 言った瞬間に口走ったことを後悔した。ミネアの質問がアスレイの身分を誘導するものであるのは明らかで、それに素直に答える自分がどうしようもない馬鹿だと思う。

 しかし、答えてしまったものは仕方ない。どうせ何時間後には否が応でも正体を明かすのだ。隠さず話すのが賢明だろう。ミネアが勝ち誇った顔をしているのが気にくわないが。

 アスレイは頭を掻きながら渋々答えた。


「はあ、分かりました。正直に言いますよ。僕はアスレイ=スヴェン=エーデルワイスという者です。……もう分かりますよね」


 おそらく想像はしていたのだろうが、ミネアは少し驚いたような、呆れたような表情をしていた。

 それほどアスレイという人物が相応しくないように見えたのだろうか。


「……スヴェン? じゃあ、貴様が『王都守護六帝』だと? まさか」


 ミネアはまだ納得できない様子だ。だがついに頷いて認めたようだ。


「いや、そうかもな。私に気づかれることなく懐に忍び込むスピード、あの巨大な幻影の攻撃をくらっても立ち上がる頑強な肉体。……どれも学生の域を超えている」


 ミネアが今度は羨望の眼差しで見てくる。

 本当にコロコロと表情が変わるなあ。アスレイは心底そう思った。しかし、同時にミネアの実力で自分と比較するのはお門違いも甚だしいと思う。

 ミネアが続ける。


「では貴様は今から幻影あれを鎮魂しに行くのだな?」

「はい」


 アスレイが短く、その旨を伝える。

 会話はそこで止まり、今度こそアスレイは足を踏み出そうとする。幸いにも幻影の移動速度が遅いため、まだ目視できる距離だ。火足を使えばすぐに追いつくだろう。

 しかし、アスレイはこの時まだ知らなかった。ミネアという少女の揺るぎない正義感を。

 アスレイが両足に力を溜めて火足を使おうとしたその時、再び鋭い声がその場を制した。


「待て!」


 二回目だったのでもう慣れた。嫌な発言が飛び出すぞ、と直感的に思った。そして嫌な予測は大抵当たるのが相場で決まっている。

 ミネアが鋭く宣言した。


「私もついてく」


 やはり当たった。アスレイは恨み事のように心の中で呟く。

 

「何でそうなるんですか。僕の話を聞いていなかったんですか? あれはあなたが相手をしていい敵じゃない。……はっきり言います。邪魔です。今あなたに死なれても、王都やレグルスにとって痛手です。頼むからここでじっとしててください」


 そう言って宥めようとするが、それはもはや無意味だった。アスレイの失敗は、ミネアの強い正義感を知らなかったことと、彼女に出会ってしまったことだろう。

 ミネアは決意に満ちた表情で言った。


「それはよく分かってる。だがな、それを聞いて、はいそうですかと引き下がるやつは鎮魂師なんかやめた方がいい。お前は私たちをなめている。いくら学生でも私たちは鎮魂師なのだ。自分たちの使命は最後まで守り通す」


 鎮魂師の使命、それは都市の夜を守ること。そのためには、人々を襲い殺戮を繰り返す幻影を滅さなければならない。鎮魂師でなければ滅することはできない。だから幻影がいると知っておめおめと逃げるのはそれに反する。たとえ勝利の確率が低くても、死ぬ確率が高くても、だ。

 ミネアは純粋にそれを全うしようというのだ。だからこそこれほどまで決意に満ちた表情をしているのだ。

 その決意を知って無下にできるはずがない。


「……分かりました。でも死なないでくださいね」

「勿論だ。貴様こそ足を引っ張るなよ」

「言いますね。……では、行きますよ」


 アスレイが言い終わると同時に二人は駆けだした。依然としてのろのろと移動する黒き幻影を追う。

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