01 邂逅
「気を失っていたのか……」
「気を失っていたどころか寝言も吐いていたがな」
目の前の少女は何とも痛いところを突いてくる。あんなセリフを訊かれてしまったと思うと、穴があったら入りたい。とりあえず今日学んだことは、人前で寝るのはよそう。
しかしながら、あんなことを思い出したのだから強い衝撃を受けたのだろう。その証拠にいつもより体が重い気がする。
その時、唐突に少女が口を開いた。
「私はミネア=スターチス。ここレグルスの学生鎮魂師だ。貴様は? この辺りでは見ない顔だな。しかし……、まあいい。名乗れ」
ご丁寧なことにフルネームで自己紹介する少女に、アスレイはやや尊敬する。アスレイならまず自分から自己紹介はしない。と同時にこの堅苦しい喋り方に若干の苦手意識を覚える。もっと女の子らしく喋ればいいのに。若干の間ができたことは追求はしない。訊いたところで返答はないに違いない。
ミネアがいい加減不機嫌そうにこちらを見るので、アスレイも渋々名乗ることにした。
「僕はアスレイ。今日、王都からレグルスに来たんだ。見かけないのはそのせいじゃない?」
「ほう、レグルスから。……ところで、貴様には訊きたいことが山ほどある。訊いてもいいか?」
なぜそうなる。自己紹介したら解放してくれてもいいと思う。アスレイとしてはすぐにでも幻影を追いたいところだが、目の前のミネアの表情からして許してくれそうにもない。
ミネアはこちらが承諾してないにも関わらず距離を縮めてくる。四つん這いの状態で膝をずりながら寄って来る。やめろ、なんか怖い。
「……嫌です」
咄嗟に答えた言葉は真実だが、選択を間違えた。おそらく数ある選択肢の中でもっとも選んではいけない言葉だ。
ミネアはさらに距離を詰めてくる。
「貴様、先ほど私の鎮魂を邪魔しておきながら、嫌はないだろう。せめてもう少し遠回しに答えられないのか、うん?」
先ほど顔が近いと言っていたわりに、ミネアはアスレイにどんどん近づく。また目と鼻の先状態になてしまった。さらに、作り笑いの顔がアスレイの恐怖心を駆り立てる。
アスレイは汗ジトで、声を絞り出すように答えた。
「そ、そうですね。じゃあ一つだけ、答えます」
満足したのかミネアはようやく一歩引いた。
そしてアスレイに厳しい口調で訊ねる。
「では訊くが、貴様何故邪魔をした?」
絶対来ると思ったが、これに関してはアスレイは自信を持って反抗できる。
「あなたを守るためです」
アスレイはきっぱりと言った。しかし、当然ミネアは頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「……言っている意味がわからん。というよりふざけているのか」
この返答も予想の範囲内。アスレイはまたもきっぱりと言う。
「あなたは、あの幻影がただの巨大な奴だと思っているだろうね。でも違う。あれは学生が相手をしていい相手じゃない」
「ますます意味がわからん。私たちはこの都市を守る鎮魂師だ。私たちが滅さなければ都市が滅ぶ」
「……その前にあなたたちが全員滅ぶだろうけどね」
その瞬間、ミネアの表情が変わった。困惑から憤りへと変化した。そのまま殴りかかってくるのではと思ったが、必死に怒りを抑えてアスレイに続きを求めた。
アスレイは一息ついてから話を続けた。
「……あれは、レベルⅢと呼ばれる幻影です。たぶん君たち学生が相手をしてきたのはレベルⅡまでの幻影。データ上、幻影になってからの殺人回数が百人未満のものを指します。自らの意思に関係なく殺戮を繰り返す幻影です」
「……なるほど、確かにレベルⅡとやらの性質は今までの幻影に当てはまる。だがそうなると、レベルⅢとやらが自らの意思を持っているように聞こえるぞ」
「勘が良いですね。その通りです。レベルⅢは自我を持っています」
ミネアがはっとして口を押さえる。驚きを隠しているつもりだろうが、目が見開いている時点で無意味だ。
「じ、自我というと私たちのように、か?」
「ええ、僕たちと同じようにです。彼らは一般人では飽き足らず、より強い、より質のいい人間を求めます」
「よりいい人間? ……まさか」
ミネアの反応にアスレイはニコッと笑う。そして答える。
「ええ、僕たち鎮魂師を狙ってるんです。その中でもさらに強い人をね」
ミネアは驚愕のあまり言葉が出ないようだ。当然だろう。今までは一般人の命だけを守ればよかったのに、今度は自分たちの命も守らなければいけないのだから。