01 邂逅
† † †
――生きたいか? イエスかノーで答えろ。
子供の頃そう訊ねられたをよく覚えている。その時のやり取りは今でも鮮明な映像として浮かび上がるのだから、よほど印象的だったのだろう。
そいつと僕はとても暗い所にいた。僕とそいつの顔が分かるだけで、他には何もなかった。なんともつまらない場所だ。
そいつはひどく焦っていた。まるで僕の答えが自分の生死を分けるかのような雰囲気だった。
僕は戸惑う。死にたいか、と訊かれればノーと答えるだろう。でも生きたいか、と訊かれるとイエスと答える自信はない。まだこの世に生れて八年だったが、両親は他界して独りぼっち。他に頼れる人はそんなにいなかった。はっきり言ってつまらない世界だ。それ故に、生きたいか、と訊ねられても簡単には答えられない。
僕があんまりにも答えないので、とうとうそいつは痺れを切らした。苛立ったそいつは僕の肩をがしっと掴み揺さぶる。そして僕の耳元でこう囁いた。
――この世の答えはいつだってイエスかノーかどちらかだ。それ以外の選択肢はない。お前はどちらかを答えれば永遠の存在になれる。つまり一生生きているってことだ。
その瞬間、僕の体の中で何かが弾けるような気がした。わくわくするような熱い何かではない。どこか醒めた、つまらないものを見たときのような感じだ。
それは永遠の存在なんてものがないのはもう知っているから。年齢こそ子供だがそのぐらいの分別はつく。永遠の存在があるなら、何故両親は土の下で眠っているのだろう。僕に顔を見せてくれてもいいだろ。
少し憤りを感じながら僕は答えた。そいつを軽く睨みながら、ゆっくりと口を開く。
「……生きている。僕はまだ生きている。お前に僕の命を決められたくない。……さあ、出て行けよ。僕はお前の質問に答えたよ」
するとそいつは、ちっと舌打ちしてどこかへ消えていった。今まで目の前にあった顔は、砂のようにサラサラと溶けていった。
――――そして光が暗闇に差し込んだ。
「……い。……お、い。しっかりしろ」
どこからか声が聞こえる。おそらく誰かを呼んでいる声なのだろうが誰かが分からない。
体のあちこちが痛かった。何でこんなに痛いのだろう、と自問するが答えは出てこない。
その時強い衝撃が乾いた音と共に頬を襲った。すぐに手の平で叩かれたということに気付いた。しかしながら叩かれるような覚えは全くない。
まったくどこのどいつだ。今、体がすごく痛いんだよ。もう少し休ませてくれてもいいだろ。
次の瞬間、もう一度頬に乾いた音が響いた。もう今度は我慢ならん。
アスレイは目を開けて思いっきり体を起こす。そして最大限の声で不満を露わにする。
「痛いって言ってるだろ!」
「……うるさい、黙れ。そして……近い」
大声で叫ぶやいなや目の前から声が聞こえた。というより目の前からしか聞こえない。何故かと言えば、アスレイの目と鼻の先にひどく不機嫌そうな顔の少女がいたからだ。
ほんの少し動けばその唇を奪えるだろう。当然現状でそんなことはしない。というよりどこの誰かも知らない相手にキスするのは、キス魔という名の変態でしかない。
アスレイは慌てて後ろに飛びのけ、少女を見る。短く整えられた赤毛に、透き通るようなエメラルドグリーンの瞳、全身を包んでいる黒服は戦闘衣だろうか。どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せないので諦めた。
「えっと、あなたは?」
アスレイがとりあえずそう訊ねると、少女は触れてはいけないものに触れられたように怒った。
「何が、あなたはだ。貴様のせいで滅することができなかっただろうが!」
少女の『滅する』という単語ですべて思い出した。ここがどこで、目の前の少女が誰で、自分が何をしたのかを。