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戦慄の鎮魂歌  作者: 片瀬 瞬
戦慄の鎮魂歌
1/16

Prologue

Prologue 記憶の中で


 ここはどこだ?

 そんな第一印象を受ける。しかし瞬時にしてその印象は消え去る。

 何故か?

 それが自分にとって見覚えのある場所で、そしてもうない場所だからだ。いや、正確に言えばあるのだが、自分の望む場所ではなくなっているということだ。もっと正確に言えば、自らの手で壊した場所、自分の思い出を壊した場所だ。

 しかし見えるのは以前と変わらない風景。緑豊かな木々が揺れ、木の葉が歌い、噴水から湧き上がる水が涼しさを与える。公園の中央の時計台はあの日と同じ午後八時を示している。どうやら時間は止まったままのようだ。心地よい空間はそのままで自分を迎え入れてくれた。

 だからすぐにわかる。これが夢だということに。夢を見ていてそれが夢だとわかることはないと、何かの雑誌で読んだがどうやらそうではないらしい。夢でなければこの場所に来ることはないし、もし行こうとする気持ちが起きたならば即座に自己嫌悪しているだろう。


(何をしているんだ。僕は)


 夢の中で軽く自己嫌悪する。何を今さら思いだしているのか。あの時に戻りたいと思っていても、戻ることなどできないのだ。何が起きようと確実に時間は進み、一瞬にして過去の出来事に変貌するのだ。そしてそれは二度と戻らないもので、引き摺るだけ自分を苦しめるのだ。

 だから少年は歯を食いしばる。この夢と決別をつけるために。情けない自分に鞭打つために。そして、前に足を踏み出すために。


(僕はやっぱりバカだ)


 聞こえない呟きをして、少年は――アスレイ=エーデルワイスは――渾身の力を込めた右の拳で、自分の右頬を殴る。

 夢の中だというのにとても、とても痛かった。


   †   †   †


 ここはどこだ?

 そんな第一印象を受ける。しかし、すぐにここがどこで、どんな場面なのかがわかった。


(またこの夢だ)


 動くのに邪魔にならないように短く切られた赤毛を撫でながら呟く。呟くといっても、これが夢である以上視界の先に言葉は広がらない。


(どうしてまたこの夢を見るのだろう)


 また呟く。別にこの夢を見ること自体嫌いではない。むしろこの夢は自分にとって大切なもので、自分が歩む道を定めた大切な瞬間だ。

 だから見ている視線の先には幼い少女がいる。まだまだ体も小さく、髪も長いままで、本当に少女という言葉が相応しかった彼女――ミネア=スターチスがいる。

 輝くような瞳で一点を見ている。取り憑かれたかのように目を大きく見開いて。

 その視線の先にはミネアよりも背の高い、だけど歳数はミネアとさほど変わりそうもない少年が立っていた。栗毛の髪に、燃えるような赤い瞳を持つ精悍な少年だった。

 少年は右手に半透明の赤い刀身を持つ刀を握り、前を見つめていた。睨んでいたという方が正しいかもしれない。

 少年の目の前に広がるのは、彼の瞳と同じ燃え盛る炎だった。凄まじい音を立てながら何かを包み込んでいる。包まれている何かは、四足でごつごつとした体をしていて、一見すると巨大な狼のようである。

 狼は苦しいのだろう、何とも言えない悲痛を上げる。それは相手を威嚇するものとは違い、可哀想なほどか細いものであった。

 そんな狼に向かって少年が語りかける。


「苦しいか? 苦しいよな。でもこれがお前を助ける方法なんだ」


 言葉は申し訳なさそうだが、少年の表情は決して申し訳そうではない。不敵な笑みを浮かべてむしろ楽しそうだ。ちょっとだけ怖い。

 少年は握っていた刀を胸の高さに持ってくる。そして間を置くことなく横に薙ぎ払う。速度は遅い。薙ぎ払うという言葉が似合わないほどに遅い。なのに、その速度を裏切るかのように斬線は巨大な炎に包まれた狼を真っ二つに裂いた。

 紅蓮の炎も共に消え去り、その場には二つに分かれた肉の塊しかない。しかしその塊もやがて風に運ばれる砂のように消え去った。

 幼いミネアはしゃがんだまま、瞬時のうちに起きた出来事を見つめていた。そしてその現象を必死に理解しようとする。脳内で同じ答えが廻る。

 何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ?

 理解できないものを見たとき、人はおそらくミネアのようになるのだろう。理解しようと悩んで悩んで、訳がわからなくなる。


 ――そしてそこでいつも目が覚める。



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