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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

竹取畜生道

作者: だりょ
掲載日:2026/03/12

 今となっては昔のことです。誰も入らないような山奥に、1人のお爺さんが住んでいました。名前は分かりません。誰もそこにいったことがないので、そのお爺さんの名前なんて誰も知りませんでした。

 そのお爺さんは竹を取って細々と暮らしていた、という話がありました。そこで、誰かが竹取の翁と名付けました。お爺さんはいつからか、その竹取の翁という名で呼ばれるようになりました。

 本当に翁が竹を取っていたのか、その真偽については誰も何も知りません。何せ、誰も山の方へは立ち入らないのですから。いいえ、立ち入れないのです。この地域にはそういう掟があるのです。

 ただ、屋根の上に乗って見てみますと、山の向こうにポツンと竹林があるのは確認できました。それだけが、竹取の翁がそこにいた証拠になっていました。

 しかし次第にそれも忘れ去られ、山の麓に竹取の祠という祠があるのですが、それに名前が残るばかりになりました。竹の密林が少しずつ広がっているのを気に留める人も、もはやいなくなってしまいました。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 竹取の祠は村外れにある。

 そこは入ってはいけないと言われている山の麓で、よほど物好きな人でもない限り滅多に訪れない。

 だから私は今日も一人で祠へ向かう。


 村でおそらく、私が唯一律義にお参りをしているのだろう。

 数日に一度供え物を持っていき、祠の周りを綺麗にし、前の供え物を回収する。

 物心ついたときからずっとそれが習慣になっていた。


 思えばどうしてそうなっただろうか。

 両親が竹取の祠について何か言っていたような気がするので、それがきっかけのように思う。

 そろそろなんとかが咲くから祠を気にかけろ、だったか。

 十年以上も前の話なのでよく覚えていない。


 まあ、様子を見に行くことが習慣化した今では祠へ行くのにも苦はない。

 周りには変な目で見られてはいるが、私はとても重要な意義があると思っているので、その程度で挫けたりはしない。


「父さん、母さん、今日もお参りに行ってきたよ」


 私の声が仏間に響く。

 というのも、両親は既に他界している。

 だから子供の頃私に何と言ったのか聞く術はもうない、というのは悔やまれるが、実を言うと私自身は両親に執着など残っていない。

 私の小さい時に亡くなったので、私たちにある繋がりは竹取の祠に関することくらいしかないのだ。

 もしかしたら、両親とのたった一つの思い出を守ろうというのも、竹取の祠に足が向かう理由にあるのかもしれない。


「でも、これから一カ月はあの約束を守れそうにない……。ごめんなさい父さん、母さん」


 これまで数日以内にはお参りに行っていたのだが、無理になってしまった。

 というのも、私に少し離れた町に向かうよう命じられたのだ。

 破格の値段だった。急な仕事の依頼だったので断ろうと思ったが、金に釣られてついつい受けてしまった。

 この仕事をするとなると、竹取の祠を初めて放置することになってしまう。

 ずっと守り続けてきたものを手放すような喪失感があった。


 私は自宅の向かいの家を訪ねた。

 私がお参りを欠かさないのをずっと見てきた友人に、その役目を託すことにしたのだ。


「お願いしていい?ずっと続けてきたことだからさ」

「構わないよ」


 友人はそっけなく返事して、すぐ家の奥へと戻っていった。

 もとより彼はそういう人物だ。

 しかし、長い付き合いの私の頼みなのだ、きちんとやってくれるはず。

 ただちゃんと供え物をするかどうか、それだけが私の気がかりとなった。


「これからおよそ一カ月、何事もなければいいのだけれど」


 そんな私の呟きも、虚しく友人の家に吸い込まれていった。



 ―――



 少し長引いたが用事も済み、報酬の金を渡されて帰ってもいいと言われた。

 私は礼もそこそこに、すぐに帰路についた。一刻も早く村に戻らなければと思ったからだ。

 理由は分からない。ただ胸の奥がざわついて仕方がない。急がねばならない気がして、私は山道を休まず越えた。


 村に着いたのは、夜更けの頃だった。

 家々は寝息を立て、灯りは一つもない。

 しかし、ただ静かなだけではないということに違和感を感じずにはいられなかった。

 ――静かすぎる。虫の声どころか物音一つない。

 耳鳴りのような沈黙が暗闇とともに辺りを覆っていた。

 気のせいだ、と自分に言い聞かせて家に入った。

 疲れもあったのか、私は泥のように眠った。


 ――朝。

 目が覚めた瞬間に思い出す。祠に行かなければならない。

 簡単に身支度を整えると供え物を持って家を出た。

 道中、一つの不安に駆られる。友人はきちんとお参りをしていただろうか。

 彼のことだ、私の頼みを無視することは考えにくいし、考えたくない。

 しかし、何故かその不安が胸を締め付けた。それが杞憂に終わればいいと願う。

 まあ、彼がやっていようがやっていまいがせめて、私自身久々となる今回のお参り、いつもよりも丁寧にやろう。


 道は、こんなにも狭かっただろうか。

 私の抱いた正体の知れぬ不安を別の角度から増幅させるように、小さな違和感が積み重なり始めた。

 足元を見ると、細い竹の芽がいくつも突き出ている。これもおかしい。

 道が狭くなった原因を目で探る。本来茂みのあるはずだったところから、笹が伸びてきていた。

 祠へ向かうにつれて、おかしさは増している。普段とは明らかに違う森の様子に、私はこの先に進むことを一瞬躊躇ってしまった。


 祠が見えて、私は息を呑んだ。

 あるはずのない竹があった。それも一つではない。竹林が祠のすぐ背後に迫ってきていた。

 これは神の怒りかもしれない。私が祠へのお参りを怠ったばかりに、自らの司る竹をもってその怒りを表現しているのかもしれない。

 供え物は、あった。それも私の供えるものとはまた違う系統のものだ。友人はきちんと私の頼みを遂行してくれたようだ。

 しかし、その皿に乗った供え物だったものは、今や黒ずんで干からびていた。まるで長い年月を経たように。

 しかし不思議だ。神は、自分の祠をも飲み込むかの如く竹を生やしている。これでは祠が潰れてしまうのではないか。

 手で抱き込むように伸びて祠の屋根にかかっていた竹の葉をかき分ける。その最中、私はどこか釈然としない感覚に襲われた。これは果たして、何者の仕業なのだろうか……。


 祠の扉が半開きになっている。

 まさか、友人がこれを開けたことで異変が出始めたのではないか。そんな疑いを冗談半分に思いながら、そっと開けてみることにした。


「…………!」


 中にあったのは赤子の像。布にくるまって眠るように置かれていた。ただ、目だけがぱっちりと開いて天井を見つめていた。

 この異変は、神様の怒りとは別種のものに思えた。


 パキパキと音が鳴り、後ろで何かが土を割り始めた。

 すぐにここも飲み込まれる、と直感が告げる。

 急速に伸び始める竹を横目に私は逃げ帰った。


「一体どうなっているんだ。異変どころの事態ではない」


 そうは言いつつも、村は平穏そのものであった。先程見た景色を思わず忘れてしまいそうになるくらいには。



 ―――



 竹の花が咲いた。


 あれから怖くなって、五日ほど日を空けてお参りに行った時である。

 五日経つと案の定祠は竹林に飲まれていた。

 しかし、問題はそれどころではなかった。

 全ての竹で更なる異変が起こっていたのだ。


 それを花と言っていいのか分からない。棘のようなものが無数に突き出ている。

 それが、不気味なほどに鮮やかな白色をしているように私には見えた。


 そういえば、と私は須臾の時間を回想のために使った。

 私が父さんに竹について聞いたのは、父さんが死ぬ少し前のことだ。

 父さんの具合はその更に少し前から急激に悪化して、聞いた時には話すのがやっとというところまでになっていた。

 今ならその時のことを鮮明に思い出せる。父さんは、竹の花が咲くから祠を気にかけろ、と力を振り絞って言った。それが最後の言葉だった。

 母さんはその隣で付け加えた。竹の花が咲く年は凶災の年。良からぬことが必ず起こる。だから山に入るどころか、近づいてもいけない。

 あくる年、母さんもまた死の間際になった。

 母さんはひとりでに喋り始めた。竹は花を咲かせた後、一斉に枯れる。枯れた竹は土へと還る。そして、何かを養分にして必ずまた戻ってくる。

 母さんは何かを知っていそうだった。もうじき竹の花が咲くと何度も言っていたのもその証拠だ。


 このことをたった今、白いそれを見て思い出した自分が悔やまれる。

 警告なんて、十年以上も前から既に発せられていたのだ。

 何かできたのではないか、と思いが巡る。しかし、今更後悔してももう遅かった。


 父さんと母さんの話では、花の咲いた竹はすぐに枯れるとのことだった。

 それはやはり的中した。

 次の日の早朝、急いで見に行くと祠の周りは何もかもがもぬけの殻となっていた。竹取の祠ただ一つが、竹に侵されただだっ広い空き地にポツンとあるだけである。

 祠につけられた小さな扉は確かに閉めたはずなのだが、どういう訳か隠す素振りもなく完全に開いていた。


「……ない!赤子の像が、ない!」


 そして、中もやはりもぬけの殻となっていた。



 ―――



 その晩、最初の妊婦が消えた。

 戸は閉ざされ、鍵もかかったままだったという。争った形跡もない。ただ寝床だけが空になっていた。

 夫は夢でも見ていたように呆然と座り込んでいたと聞く。

 明け方、その家の屋根を最初の竹が貫いた。


 二人目は翌日。

 三人目と四人目はその次の日。

 次々に妊婦が消えていった。

 というか、この村には同じ時期に妊娠している者がこんなにもいたのか、と逆に驚かされることとなった。


 一人目と同様、これらの消えた妊婦たちのいた場所には、置き土産を残していくかのように例外なく竹が生えた。

 これは何の意味があるのか、と年長者たちは話し合う。

 その会議の蚊帳の外に出ていた私はおそらく、その心当たりが唯一ある人間なのだろう。

 日の高くなった昼間、私はそれを確かめに家を出る。行き先は祠だ。行くならばここしかない。

 そういえば、今日は二つほどの年の幼子が消えたそうだ。


 村の中に幾つもの竹が生えて薄々勘づいてはいたが、やはり竹林は復活していた。

 密度は以前ほどではない。祠の黒い石の肌が竹と竹の間からなんとか見えている。

 他にも何か前と違うところが――。


 ふと目に留まった地にできた不気味な影、それと降ってきた汁。私は何も考えずに上を見上げた。


「……っ!」


 ――消えた妊婦たちは皆竹林の中、見上げる程の高さのところにいた。

 そのお腹は既にへこみ、もう手遅れであった。

 目線の高さに視線を戻しそこから少し下に移動させると、竹の節があった。節は妙に赤くて嫌な感じがした。

 よく見てみると、節から染み出した赤い液体が滴り落ち始めていた。

 私はもう考えることをやめた。


 節の赤い竹を追って、私は山の中へと踏み入っていた。

 どうしてか、その竹は一続きに奥へと続いている。まるで私をどこかへ導こうとしているようである。

 その思惑に乗せられ、竹を伝って道なき道を進んでいく。


 日も傾き東の空が暗くなり始めた。竹林の中とはいえ、薄い影が落ちる。

 そろそろ帰ろうか、という呑気な考えは流石に浮かばなかった。しかし夜が来れば一時中段せねばなるまい。

 やむを得ずここで引き返すことを考え始めた、その時であった。

 私は竹林の奥にまばゆいものを見た。


 竹が光りながら縦に裂けようとしている。

 その中で、誰かが渇望し誰かにここまでせしめる何かが、いよいよ形を得るところだった。



 ―――



 その夜、家に帰った私は夢を見た。少女が出てきたような気もするが、内容はよく覚えていない。

 微睡みの中息苦しい感覚を覚えて、ふと目を開く。

 隣では赤子がすやすや心地よさそうに眠っている。

 私はその頭をそっと撫で、再びゆっくりと目を閉じた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 むかしむかし、竹取の翁という者がいたそうです。

 翁は竹の中から赤子を取り出し、我が子として大切に育てました。

 しかし数ヶ月も経たないうちに赤子は死んでしまいました。

 その頃にはもう人並みほどの背丈になろうかというくらい成長していましたので、翁はひどく嘆き悲しみました。

 それくらいの時期から、翁はある夢を見るようになりました。

 光る竹の中から出てきた赤子がたちまちかぐや姫という美しい女性になり、幸せを見せてくれるというものです。

 夢の中で、翁は本当に幸せでした。あらゆることができるような気がしてなりませんでした。

 だから、翁は夢から覚める度に失望しました。現実にはかぐや姫がいないではないか、と。

 そこで翁は、竹が再び生え変わるのを待つことにしました。

 竹林が丸ごと生え変わると、今度は生えたての竹の中に赤子がいないか探し始めました。

 しかし、そんなものいる訳がありませんでした。


 ならば自分で取ってくるしかありません。



 ―― 了 ――

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