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一晩で絆されてしまった─物語の裏側で嗤う者─  作者: ヒトミ


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9/10

予兆と交流会

翌日。ジャスティーナの部屋で医者の言葉を聞いたノヴァリーは、激しく動揺し呆然となった。


「ジャスティーナが懐妊……。俺の子が……?」

「あくまで予兆にございますれば。とはいえ、おめでとうございます」

「わたくしのお腹に、子が……」


ジャスティーナが目を見開いて、腹部を撫でている。


(なんだこの気持ちは……嬉しい? 愛しい? 形容できない……。ジャスティーナはどう思ってる? 無理はさせられない。安静に! 俺が父親に?! ……っ交流会、絶対に彼女の負担になる! 参加させられない。父上に断りを!)


「ジャスティーナ。体は大丈夫か? 辛くないか? 無理に動かなくていいから」

「ノヴァリー様。まだ、確定した訳ではないのに……。本当でしたらとても嬉しいのですけれど」


ノヴァリーはソファに座るジャスティーナの斜め後ろから、彼女の肩を抱いて顔を覗き込む。


ジャスティーナはノヴァリーの腕に触れてきながら、困ったように微笑んできた。


「だが。交流会は大事をとって欠席してくれ。心身に負担だ」

「ノヴァリー様ったら。国王陛下とお義父様が折角用意して下さった、汚名返上の舞台なのですよ? 主役のわたくしが居なくてどうするというのです?」


ジャスティーナがくすりと笑い、覗き込むノヴァリーの頭を撫でてきた。


「ジャスティーナの分まで俺が抗議してくるから。それに、その子はアスタレスク家の跡継ぎ候補だ。分かってくれ、ジャスティーナ。必ず君の汚名を(すす)いでくるから!」


ジャスティーナの肩を強く抱き締め、彼女の顔に頬を擦り寄せた。


「そう……ですよね……。離宮までは距離がありますものね……。ノヴァリー様の子を危険に晒す訳には参りません。悔しいですが……これもわたくしの大切な務めです」


ジャスティーナの凛とした声音(こわね)。ノヴァリーは安心して彼女と顔を合わせた。


「ああ。分かってくれてありがとう。父上に伝えてくる。愛してる、ジャスティーナ!」

「……愛!? の、ノヴァリー様……!?」


何を言ったのか自覚もしないままジャスティーナから離れ、ノヴァリーは嵐のように部屋を飛び出した。


◆◆◆


ロヴァンにジャスティーナの話をすると、父の方から交流会の欠席を言い渡され、ノヴァリーは安堵のため息をついた。


懐妊の予兆だけでも、母子の健康に配慮するのは当然のことだ。


ロヴァンに祝いの言葉をかけられ、それに答えながらノヴァリーは交流会に向けて気を引き締めた。


それから数日後、決戦の舞台、隣国との交流会のために、ノヴァリーは国境の離宮にきていた。


キルシェイン王国側からは国王陛下と王太子夫妻、ロヴァンとノヴァリー、その他高位貴族たちが。


デラルフィス王国側からは国王と王太子、その他の者たちが参加していた。


(母上はジャスティーナのために家に残ってくれた。本当は交流会に参加したかっただろうに。二人のためにも、完璧な成果を持ち帰らなくては)


ロヴァンが国王陛下と共に別室に向かい、一人になったノヴァリーは控え室から出て、夜風に当たっていた。


「おや、ノヴァリーじゃないか。君も夜風に当たりに?」

「アルヴァン王太子殿下。ええ。手持ち無沙汰だったので。王太子妃殿下はどちらに? さきほどまではご一緒だったはずでは」

「ああ、彼女は……」


アルヴァンの答えを待っていると、目前の庭園から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。それも、悲鳴のような声で。


「シェリー!?」


(この声は、王太子妃殿下の声か!)


アルヴァンが弾かれたように走り出した後、ノヴァリーも続けて走り出す。


「お離し下さいませ! わたくしはキルシェイン王国王太子妃ですのよ!? 貴方がデラルフィス王国の王太子だとしても、触られるのは不快です」

「嫌がる振りはしなくていいんですよ? せっかくの交流会なのです。少しくらい羽目を外しても誰も咎めません」


王太子妃殿下の肩を馴れ馴れしく触っている男。カールした金髪を首元で(くく)り、脂下(やにさ)がった表情で理解し難い言動をしている男。


(あれが、デラルフィス王国の王太子だというのか? あれが……?!)


「何をしている!! よくも私の妻に触れてくれたな。デラルフィスの王太子。これは国交問題だぞ。衛兵!! 直ちに国王陛下に指示を仰ぎ、離宮を封鎖せよ」


アルヴァンが眉を釣り上げ、隣国王太子から王太子妃殿下を救い出し、警備の者たちを呼び集めた。


(……これは、もうアスタレスク家の手に負える事態ではない。だが、ジャスティーナの汚名を、せめてあの男に一言だけでも……)


「ノヴァリー! 王太子として命じる。あの不届き者を引っ立てて、広間まで連れてきてくれ。私はシェリーナと一度離れる」


アルヴァンから声を掛けられる前に、不埒者(ふらちもの)に近づいていたノヴァリーは、静かに一礼し冷淡な表情を浮かべて男の首根っこを掴まえた。


「誰だきさまは! 離せ無礼者! 不敬罪で処刑してやる」


(一国の王太子ともあろう者が、ここまで愚かだとは。ジャスティーナの長年の苦労が忍ばれる)


「黙れ。お前は我が国の王太子妃殿下を侮辱した。公の場で謝罪しても事足りない事態だぞ。あぁ、お前は愚かだったな。賢明なジャスティーナに汚名を着せ、自国から放逐した愚か者。その愚かさで身を滅ぼすがいい」


探索者時代に培った縛り上げの技術で、愚か者を力一杯締め上げた。本当は殺してやりたいぐらいだが、アルヴァンに連れてこいと命じられた以上、従う他ない。


ノヴァリーは冷酷な表情で暴れる男を見下ろした。


「……ジャスティーナ? 誰だそれは」

「……はっ?」

「あー、ああ! 思い出した。叔父上の口煩い娘か! 小さい頃から気に入らなかったんだ! あれやれこれやれ、それは駄目だこれは駄目だと。お前は何様かってんだ。女と遊んでるとこをわざと見せたら、やっぱり上から目線で物を言ってきやがって。父上に言って処罰したら、急に静かになって清々したんだ! 女は男に従ってなんぼだろうが。なあ、お前もそう思うよな!」


ノヴァリーは絶句する。この生き物が何を言っているのかもはや理解不能でしかない。


(ジャスティーナ……君がこんなものに嫁ぐことにならなくて良かった。(けが)れる。なんだこれは。本当に生き物なのか……?)


ノヴァリーはそれを生き物とは認めなかった。


ただ黙って宮殿内にそれを持って行った。


◆◆◆


離宮の広間。いつまでも喚いているものを引き立て、ノヴァリーはアルヴァンの横に立っていた。


目前には両国国王がおり、少し離れた場所に両国の高位貴族たちが、それぞれ固まって(ざわ)めいている。


「私、キルシェイン王国王太子アルヴァンは、デラルフィス王国王太子フリーゼに、我が妻シェリーナを侮辱されたこと、及びアスタレスク次期公爵夫人ジャスティーナに、濡れ衣を被せ不当に貶めた罪を理由とし、キルシェイン国王ヘイヴァンの名のもとに、デラルフィス王国へ宣戦布告を(おこな)うものとする!」


(宣戦布告……? 生ぬるい。即刻処刑が妥当だ)


ノヴァリーは訴え掛けるようにアルヴァンを見る。するとアルヴァンは横目でノヴァリーを見て肩を竦めてきた。


「宣戦布告だと? 証拠も見てないのに、受け入れられるはずがないだろう」

「……なぜここにあの女の名前がでてくる! それに、次期公爵夫人だと? 馬鹿を言え。あれは俺の女だったんだぞ? 次期公爵は間抜けだな。そんなことも知らずに(めと)るとは! 俺の罠に嵌った間抜けだぞ?」


ノヴァリーは呆れ返った。これは今、気づかないうちに、失言したのだ。ジャスティーナを過去に不当に貶めた自白という失言を。


王国裁判にかける間もなく、即処刑待ったなしの状態だ。


ノヴァリーは腰から剣を引き抜き、害悪の首元に切っ先を突きつけた。


それまで喚いていた害悪は、小さく悲鳴をあげ押し黙る。足元に害悪から垂れてきたもので、水たまりができた。


「……アルヴァンご苦労だった。あとは私が変わろう。アスタレスク次期公爵! キルシェイン王国法に則り、女性の尊厳を悪意を持って侮辱した、この者を即刻処刑することを許可する!」


害悪は声も出ないようだった。


ノヴァリーは冷徹な表情で一切の容赦なく、目の前の首に刃を滑らせた。


しかしその心にはなんの喜びも湧かず、ただ、公爵邸にいるジャスティーナへ思いを馳せるだけだった。


(君には一生、俺のこの冷酷な姿を見せたくない)


足元にできた血溜まりを衛兵が淡々と処理していく。


ノヴァリーは剣の汚れを拭き取り、鞘へと戻す。


「及びアスタレスク公爵! 広間を制圧せよ! それと共にデラルフィス王国に侵攻し、速やかに戦争を終わらせるのだ!」


国王陛下の合図で、広間にキルシェイン王国軍が突入してきた。


その脇からロヴァンが優雅な足取りでやってくる。


「かしこまりました。ですが陛下。隣国の地理は全てノヴァリーのお陰で把握済みですし、隣国領土は既に我が国の物同然ですよ。あとは王宮に然るべき者が入るだけで事足ります。我が娘オルディーヌはとても優秀でして。さきほど、沢山の土産物を持って実家に帰ってきたそうです。我が息子と娘は本当によくやってくれました」


思わぬところで自身の名が飛び出し、ノヴァリーは困惑した。


「よくやったアスタレスク公爵。フルール商会会長夫人にも褒賞を授与しよう。ノヴァリーにはジャスティーナを王配として支えてもらうことになるな」


「ありがたく。娘も喜びます。ノヴァリーそういうことだ。ジャスティーナの体調が安定し次第、ジャスティーナを元隣国の女王に即位させる。王配としてよく支えるように」


ノヴァリーの混乱を他所に、全てが予定調和というような会話がなされ、隣国はキルシェイン王国に呑み込まれたようだった。


「さて、戦争は民草の血を流すことなく終結した。いいことだな。では、そこの罪人共。キルシェイン王国法で裁いてやる。衛兵! 直ちにこの者たちを王宮へ移送せよ!」


◆◆◆


公爵邸に向かう馬車の中。ノヴァリーは一人ぐるぐると頭を悩ませていた。


ロヴァンは国王陛下とともに王宮に向かってしまったため、何が起こったのか理由を聞くこともできなかった。


ただ、王宮でデラルフィスの国王や、ローザンベリー公爵などの裁判があると聞かされ、その後ジャスティーナを公爵邸で簡易的に隣国の女王として即位させるという声明を発表する、と教えられただけだった。


ジャスティーナは懐妊している予兆があるため、急遽決まったことらしい。


(キルシェイン王家とローザンベリー公爵家の血を引いているジャスティーナが女王になるのは、俺も考えたからおかしくない。だが、俺がいつ隣国の地理を報告したと……あ、実家への手紙か? 視察も兼ねていたから、通った道を事細かに書いたような……気になる場所を教えてとも言われたし……あれのせいか!?)


ノヴァリーは知らず知らずのうちに利用されていたのだ。自身が送った手紙は今頃、隣国の詳細な地図となり、ロヴァンの執務机か、王宮の軍部で保管されているのかもしれない。


ノヴァリーは馬車に揺られながら頭を抱えて上を向いた。

本編完結です。

最後にエピローグとして一話出します。

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