新婚旅行を兼ねた領地視察
新婚旅行と銘打った領地視察。ノヴァリーとジャスティーナは少人数の使用人たちと共に、アスタレスク領の田舎街や村を回って人々の暮らし向きを確認していた。
「公爵子息様に直接この村にきて貰えるとは、夢にも思っておりませなんだ」
年老いた村長がノヴァリーを眩しいものでも見るような視線で見上げてくる。
「なぜだ? この村も公爵領の一部なんだぞ。頻繁にはこれないかも知れないが、忘れることはない」
「……そう考えて下さるお貴族様は多くありませなんだ。アスタレスク領の民で良かったと思ってしまいますな」
村長の大げさな物言いに反論すると、老人は遠方に悲しげな視線を向けた。
「……隣り村は子爵家領か。不当に虐げられていたりするのか?」
「いえいえ! この国ではなく隣国の話なんですな」
領民の虐待はキルシェイン王国法により厳しく罰せられる。ノヴァリーが鋭い眼差しで隣り村の方角を見つめると、村長は慌てた様子で否定してきた。
「あちらをご覧頂きたいんですがね」
「ノヴァリー様。デラルフィス王国の方々みたいです」
村の端で座り込んでいる一団。彼らの外見はこの国のものではなかった。隣国の民の特徴だ。
ジャスティーナはすぐに故国の民だと気がついたらしい。
「……難民か?」
おかしい。ノヴァリーが隣国で探索者をしていたときは、比較的豊かな村が多かった。二年も経たないうちに、困窮したとでもいうのだろうか。
「どうも、そうらしいんですな。食うに困って隣国から逃げてきたようで。ですがの、この村じゃ満足に食わせてやれんのです」
(……父上はこの事態を予測してたのか? だから俺をこの村にこさせたのかもしれない)
「……仕事を与えて、その報酬として公爵家から食糧を支給するのはどうでしょう」
「炊き出しだと、一時しのぎだからか?」
「そうです。仕事を与えて報酬を渡すのであれば、仕事さえすれば、永続的に食べて行くことができますので」
ジャスティーナの聡明さに舌を巻く。帝王学を受けていても実践として活用できる者は少ない。次期公爵としての教育を受けたノヴァリーでさえ、実践できるようになったのは最近の話だ。
ますます彼女が汚名を着せられた事件の真相を知りたくなる。ロヴァンの執務室では、婚約破棄の事実とジャスティーナが被害者だと言うことしか分からなかった。ノヴァリーはまたもロヴァンに煙に巻かれたのだ。
「なら、あの者たちにどんな仕事を与えればいいと思う?」
(俺なら、使われてない土地に家を作らせ、田畑を耕させる。田畑の収穫ができるようになるまでは、公爵家が援助し、その後は他の民と同じように税を徴収する。そうすれば、周りの民とも馴染んでいくだろう)
「そうですね……一旦皆様を主要な都市に連れていきます。この村では食べさせて行けない……つまり、耕せる土地がもう残ってはいないのではないでしょうか。ですので、都市に連れていき、人手不足な仕事場に難民の方たちを紹介するのです。そうすれば、人手不足は解消され、難民の方たちも食べていけると思うのですが、どうでしょうか……」
ジャスティーナが顎に指を這わせながら、ノヴァリーの質問に答えた。小さく唸りながら考えている様子に、可愛いと思ってしまう。
(……だが、そういう考え方もあるのか。盲点だったな。耕せる土地がない……)
「ジャスティーナは鋭いな。村長、土地はもうないのか?」
「そうですなぁ……近くに森ならあるのですがの? 一から開拓するのは、骨が折れるだろうて。凶暴な獣もおりますからな。探索者を雇う資金も必要になるんじゃないかと思うのです」
「そうか」
(余計な負担をかけるよりは、ジャスティーナが言うように都市で仕事を紹介した方が良さそうだ。幸い、あの紙に書かれてた領地視察の場所はここで最後だったからな……難民を連れて都市に向かおう)
「ジャスティーナ助かったよ。よく提案してくれた」
「あ、そんな。ノヴァリー様の役に立てて良かったです」
彼女が口元を隠し、頬を染めて見上げてくる。頭を撫でたくなるが、きっちりと纏められている髪を乱すのは悪い気がして、伸ばしかけた手を握り込む。
「この件はジャスティーナの功績として父上に報告する」
「功績だなんて……」
「いや、これは誇っていいことだ。ジャスティーナはこの提案でここにいる難民を救ったのだから」
自信なさげに否定しようとするジャスティーナを見て、彼女の自尊心を取り戻させたいと強く思った。
「わたくしが……救った。誇れること……」
ジャスティーナの見開かれた目から涙が溢れ出した。
(な、泣かせた……!?何が原因だ? どうして泣き出した? 俺が間違ったことを言ったのか? いや、これは嬉し泣き……か?)
慌てて彼女の肩を抱く。
「ありがとうございます……ノヴァリー様。わたくし個人のことを見て褒めて下さったのは、貴方で二人目です。一人目はお母様でした。だから、実質はノヴァリー様が初めてですね」
「ローザンベリー公爵は褒めてくれなかったのか? 王太子も? 教育係も誰も?」
「ええ。お父様はわたくしのことを、権力を維持するための人形としか見ていませんでした。王太子……あの男はいつか国を滅ぼします。難民たちはその予兆です、そうに決まっています! お母様以外は誰も。その母も、わたくしが十三歳のときに亡くなりました。無理が祟って。お父様がお母様を言葉の暴力で虐げていたのですっ! お墓参りすら、一度も行かせて貰えず……。わたくしも……あの男に煮え湯を飲まされてから、お父様に捨てられましたし……」
ノヴァリーは周囲に視線を巡らせ、村長と付き従っていた使用人たちに下がるよう合図する。
彼らは皆、心得たように静かに遠ざかって行った。
(五年前か。俺が父上と母上に勧められて、隣国で視察を兼ねた探索者生活を始めたのもその頃だった。そう言えば五年前、盛大な国葬があったな。棺には誰もいない国葬。あれは、元王女のための国葬だったのか……。視察に出る前、珍しく母上が声を上げて泣いていた。母上は元々王女の侍女をしていたらしいから、ジャスティーナの母親の死を悼んでいたんだな……)
「ヘイヴァン国王陛下に保護されなければ、わたくしは野垂れ死んでいたことでしょう……」
「……どんな理由で、その」
「婚約破棄ですか? あの男……他国の外交官夫人に手を出したのです! 国交問題ですよ!? 有り得ませんよね! 夫人も夫人です! ちょっと外見が優れてるからって、誘惑に乗って!! あんなの、ただ脂下がって、だらしないだけじゃないっ! それなのに、わたくしが問い詰めたら……あの下衆。両国の友好的な交流を阻害したと国王陛下に嘘の報告をしたんですよ!? わたくしが何年、あの男のために血反吐はきながら淑女教育を受けてきたと思ってるんでしょうね?」
ジャスティーナは肩で息をしながら、押し黙った。すすり泣く声だけが、ノヴァリーの胸元から響いている。
(これは酷い。俺が受けた裏切りが小さなことのようだ……ジャスティーナはそんな過酷な世界で生きてきたのか。それなのに高潔さを失わず……大したものだな)
胸の中の存在が、いじらしくて愛おしい。それと同時に、この高貴な女性を虐げた隣国王家と、ローザンベリー公爵家への冷たい殺意が湧き上がってきた。
「ジャスティーナ、安心してくれ。君の努力は無駄にさせない」
「……それは、どういう」
「分からないか? こちらにはデラルフィス王国に侵攻する大義名分がある。国王陛下に直訴し、アスタレスク家次期公爵夫人の名誉を汚した隣国を攻め滅ぼす」
(そして、この国の王女と隣国公爵家の血筋を持つジャスティーナを女王として即位させる。そうすれば彼女の努力は報われる)
「の、ノヴァリーさま? せ、攻め滅ぼすなんてそんなことっ! 考え直して下さいませ! 血を流すのは何の罪もない民草ですッ! おやめ下さい……」
(何の罪もない民草……っは、甘いよ、ジャスティーナ。村娘でも、裏切りという罪を犯すものなんだ。だが、彼女を困らせるのは本意じゃない)
「なら、どうして欲しい? 君のためなら、何でもしよう」
「……熱烈な愛の言葉に聞こえます。では、わたくしと新婚旅行の続きを、一緒に楽しんで下さいませ」
(愛? ……俺はとっくにジャスティーナに絆されていたんだな……。ただ、それを認めたくなかっただけで。彼女がこれを愛の言葉だと感じてくれるなら、いくらでも囁こう)
「それだけでいいのか? もっと大きな望みでも叶えられるのに」
「……わたくし、家族旅行というものに憧れていたのです。わたくしの家族であるノヴァリー様が一緒に行ってくださるなら、それ以上の喜びはありません」
ジャスティーナの人生は、そのほとんどが王宮か公爵邸での淑女教育に占められているのだろう。
彼女を道具として扱ったローザンベリー公爵が憎くて仕方ない。またも殺意が湧いてくるが、ジャスティーナの気持ちを考えて殺意を抑え込んだ。
「それなら、君の望み通りに」
「ええ。ありがとうございます」
ノヴァリーの腕の中から満面の笑みで見上げてくるジャスティーナ。その唇に口付けを落とした後、難民たちの対応と村での視察を終わらせた。




