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一晩で絆されてしまった─物語の裏側で嗤う者─  作者: ヒトミ


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6/10

父と子

侍女を自室に向かわせた後、ノヴァリーは軽く食事をしてロヴァンの執務室に向かった。


扉をノックしようとした時、内側から扉が開く。


「ではお父様、愛しのマイダーリンと隣国を漫遊してくるわ! 今度はもっと沢山お土産を持ってくるから楽しみにしてて!」


オルディーヌが軽やかな足取りで執務室から出てくる。


(姉上がなぜ父上の執務室から……? 商会に帰るための挨拶か?)


執務室から出てくるにしては予想外の人物だったため、ノヴァリーは少しの疑問を覚えたが、深くは考えなかった。


「あら? ノヴァリーじゃない! なんだか憑き物が落ちたような表情ね。やっと貴方の傷も癒えたのかしら? わたくしは嬉しいわ! それじゃ、また会いましょう!」


扉の近くに立っていたノヴァリーに気付いたらしいオルディーヌが、慌ただしく捲し立てて、風のように去って行く。


(いつも以上に騒がしかったな……。憑き物が落ちたような表情……か。やっぱり俺はジャスティーナに絆されてしまったんじゃ……。いや、これは彼女の境遇に同情してるだけだ。そうに違いない)


ノヴァリーは気を取り直して、執務室の扉をノックした。


「父上、ノヴァリーです。入ってもよろしいですか?」

「ノヴァリーか。入りなさい」


執務室に入ると、ロヴァンは執務机で何らかの書類に目を通しているところだった。


邪魔をしてしまったかと後悔がよぎったが、自身の用事も切実なものだと思い直す。


「新婚なのにどうしたんだい? 休暇を与えているのだから、ジャスティーナと過ごしなさい。大切にするんだろう?」


ノヴァリーが執務机の斜め前にあるソファに座って待っていると、書類をしまったロヴァンが小言を言ってきた。


「ご心配なく。ジャスティーナとの仲は円満ですので。ここにきたのは、ジャスティーナについて父上に確認したいことがあるからです」

「確認したいこと? 結婚するまでは、何も聞いてこなかったというのに。もしかして心を開く気になったのかい?」


ロヴァンがひと息つくためか、机に置かれているティーカップを手に取り、ゆっくりと口をつける。


「なぜ、妻のことを聞きにきただけでその結論になるんですか……。ただ、アスタレスク公爵家の一員になった彼女が、今までどんな生活をしていたのか、知りたくなっただけです」


(父上と母上の仲が良好だからと、俺とジャスティーナにまで同じような関係を求められても困るんだ)


父が今飲んでいる紅茶も、母が用意したものだろう。ノヴァリーは(くつろ)いでいるロヴァンをジト目で見た。


「それならノヴァのために、知っている限りのことを教えてあげよう」

「お願いします」


ティーカップを置き、表情を引き締めたロヴァンを見て、ノヴァリーも姿勢を(ただ)した。


「ノヴァはジャスティーナについて、どこまで推測しているのかな?」

「……デラルフィス王国の王太子の婚約者だったが、何らかの事件で婚約破棄された従妹。といったところまでです」


昨夜のジャスティーナの反応から、ほぼほぼ正しい読みだとノヴァリーは思っている。


「正解だ。けど、それ以上のことはまだ分からないみたいだね?」

「……父上はなぜ、私が前に質問した時は曖昧に濁してきたのですか? 正直に教えてくれても良かったじゃないですか」


ロヴァンが満足げに頷くのを見て、次期公爵としての資質でも試されていたのだろかと首を傾げた。


「ジャスティーナの名誉のために決まっているだろう? 彼女は私の姪でもあるのだから。これ以上苦しめたくは無かったんだよ」


それは裏を返せばジャスティーナの事情を知れば、ノヴァリーまで彼女を侮蔑の対象として見ると、ロヴァンが考えたということだ。


ノヴァリーは眉をひそめた。


「父上が私を信用していないことは良く分かりました」


不貞腐れたような声が出てしまうのも、仕方がないだろう。


「信用していない訳ではないよ。ノヴァの性格を知っているからこそ隠していたんだ」

「どういう意味です?」


ロヴァンの機嫌を取るような声音(こわね)。ノヴァリーは首を傾げた。


「想像してごらん? 結婚前からジャスティーナの事件を知っていたら、ノヴァはどんな行動を取るか」


王太子から婚約破棄された従妹。一国の王太子に婚約破棄されるくらいだ。よほど、淑女らしからぬ信用ならない女性だと考えたかもしれない。だが、ジャスティーナとの婚姻は王命だった。


「……今と同じように、次期公爵夫人として大切に接しますけど」

「だけど、そこに心は伴わない……だろう?」

「……まあ、信用は一生しないでしょうね」


家の切り盛りも最低限にさせていたかもしれない。王命とはいえ、信用できない女性に、アスタレスク家の家裁を任せるのは不安だ。家が没落しても困る。


「だからこれで良かったんだよ。ノヴァがジャスティーナについて聞きにくるのが、予想以上に早かったことは嬉しい誤算だったけどね」

「聞きにくることまで予想してたんですか……」


穏やかな表情で微笑むロヴァン。ノヴァリーはそんな父の顔を二度見して、背筋に鳥肌を立てた。


(何年経っても、父上を越えることはできないんじゃないか……?)


「君は、妻に似て責任感が強いからね。ジャスティーナに絆されるにせよ、義務感からにせよ、いつかは聞きにきていたよ」

「こんなときは母上似なのが恨めしいですね」


(母上に似てるのは自覚してたが、責任感まで似てるのか……。父上が言うからにはそうなんだろうが。それで行動を読まれるのは不本意だ……)


「さて、ノヴァの推測は正解だったんだ。ジャスティーナは汚名を着せられて傷ついている。それを癒せるのは彼女の夫である君だけだ。よって、アスタレスク公爵家当主として命じる。彼女と新婚旅行に行ってきなさい」

「……(きゅう)過ぎませんか? 命令なら行ってきますけど……」


ロヴァンが机から一枚の紙を持ち上げ、ノヴァリーに受け取るよう促してくる。


ソファから立ち上がり、紙を受け取りながら戸惑いの声を上げた。


「ついでに領地の視察もしてきて欲しいんだよ」

「そっちが本命なんですね。分かりました。ジャスティーナの体調が戻り次第行ってきます」


悪戯げな声でお願いされ、ノヴァリーは納得する。


渡された紙には視察して欲しい街と村の地名が書かれていた。


(いつから用意してたんだ? この分だと、俺が尋ねなくても、近いうちに父上の方から声が掛かってたんじゃないか……?)


ロヴァンの執務室から退室しながら、ノヴァリーは父の底知れなさに(おのの)いた。

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