アスタレスク家の威信
翌朝。ノヴァリーは寝台の中で、疲れきったように眠っているジャスティーナの顔を、飽きること無く眺めていた。
(……酒が入っていたとはいえ、無理をさせ過ぎたな。いや、でもあそこまでジャスティーナが、何も知らないとは思わないだろ……普通は。……認めよう、昨夜の彼女は可愛かった……)
行為を反芻しそうになり、自重する。昨夜のノヴァリーがどれほど意地悪だったかも思い出す結果になり、自己嫌悪に陥るだろうと想像できたからだ。
ジャスティーナの髪をひと房手に取り、口付けを落とす。
「……ノヴァ……リーさま? 何を……なされて」
掠れた声と共に、細い指先が髪に触れてきたのを感じ、ノヴァリーは戸惑いながらジャスティーナの髪から手を離した。
一体どうしてしまったというのだろう。これではまるで、ノヴァリーが昨夜の一件だけで彼女に絆されてしまったようではないか。
自身の単純さ加減が恐ろしく、ジャスティーナと目を合わせることができない。
「何でもない」
「わたくしの……目を見て……答えて下さい。またわたくしが何かしてしまったのですか? ……目を逸らされると悲しいです……」
傷付いたような声音。また彼女に誤解を与える真似をしてしまった。ジャスティーナはノヴァリーの行動を何でも悪い方向に捉える傾向があるようだ。
(なぜ俺の行動が彼女のせいになるのか。一度婚約破棄を経験すると、ここまで自信が無くなるものなのか……? いや、俺も裏切られたとき、部屋から出られないほど落ち込んだ。ジャスティーナも同じなのかもしれない)
彼女の誤解を解くためにノヴァリーは口を開く。
「目を逸らして悪かった。ただ、黙って君に触れていたのを知られて、恥ずかしかっただけだよ」
ジャスティーナの目元に垂れた金髪を優しく持ち上げて、彼女と視線を合わせる。
「……あ、わたくし、勘違いを……っノヴァリー様の意地悪! そんな方だとは思いませんでした! あ、あんなことをしてくるだなんて……起き上がれません……」
不安げに揺れていたジャスティーナの目が見開かれた後、一拍おいて波打つ。何を想像したのか目元が朱色に染まり、彼女の羞恥がありありと伝わってくる。
軽く胸元を叩いてくるのは、ご愛嬌だろう。
「俺のことをどんな人間だと思ってたんだ? あんなことって?」
ふと彼女がノヴァリーのことをどう思っているのか知りたくなった。それと同時に、彼女がどこまで受け入れてくれるのか試したくなり、困らせる質問をした。
「し、紳士的な方だと思って……って、何を言わせようとなさっているのですか!! わ、わたくし初めてでしたのに……あんなっ。もう知りませんッ」
真面目に答えてきたと思ったら、目を潤ませて抗議してくる。彼女は震える唇を隠すように指先で覆った後、ノヴァリーに背中を向けてきた。
ジャスティーナの首筋や背中の至るところにノヴァリーが残した痕が刻まれている。
また触れたくなったが、これ以上は本当に彼女の負担になってしまうと、熱情に蓋をした。
代わりにジャスティーナの肩に腕を回し、背後から軽く抱き締める。
「昨夜は紳士的じゃなかったと? どうだった? ジャスティーナ、こっちを向いて」
紳士的ではなかったことはノヴァリー自身が自覚している。それなのに、自分でもおかしなくらい、彼女を追い詰めることをやめられない。
「ノ、ノヴァリー様! わたくしを虐めて楽しんでいるのですね?! 本気で怒りますよ!」
ジャスティーナが顔だけノヴァリーの方に向けて、弱々しく睨みつけてきた。
(ぁあ、そうか。俺はジャスティーナの反応を楽しんでいたんだな。あまりに素直な反応を見せるから、歯止めが効かなかった。だが、そろそろ彼女の忍耐も限界だろう)
「ん。すまない。悪ふざけが過ぎたよ」
「分かればいいんです。分かれば」
ジャスティーナの額に口付けを落としながら謝罪すると、彼女は満足げに頷いた。
「……辛ければ、動けるようになるまで寝てていいぞ。あとで侍女を寄越そう」
ノヴァリーは寝台から出て、身支度を整えながらジャスティーナの様子を窺う。彼女は慌てたように起き上がろうとして、断念したようだ。
「動け……ませんね……ありがとうございます。しばらく……寝かせて……下さい……」
そう言うと同時にジャスティーナはこてんと眠りに落ちたようだった。
いつから限界だったのかは分からないが、ノヴァリーの態度に苦言を呈して、謝罪を引き出すまで起きていたのが、彼女らしくて知らず柔らかな苦笑が出てしまった。
(この様子だとしばらく起きてこなそうだ。ジャスティーナが寝てる間に、父上に彼女と王太子の関係を確認してこよう。俺の推測が正しければ、彼女は王太子に婚約を破棄されている。だが、彼女の振る舞いは王族に嫁ぐに相応しいものだった。何があったのか気になる。事と次第によっては、アスタレスク家の威信にかけて隣国の王家に抗議しなくては)




