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一晩で絆されてしまった─物語の裏側で嗤う者─  作者: ヒトミ


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4/10

誤解と和解

結婚式を(おこな)った日の夜。ノヴァリーは王都のアスタレスク公爵邸の自室で、妻となったジャスティーナがくるのを待っていた。


女性には沢山の支度があるのだと、彼女付きの侍女や結婚式に参列してくれた姉、母らに口煩(くちうるさ)く言われて、大人しく自室に引き下がったのである。


自室に用意されていたワインに口をつけ、ぼんやりと窓の外を眺めた。


(……ジャスティーナ嬢の態度が見掛けだけのものだったらどうする? 父上には否定されたが、彼女は王太子の婚約者だという噂を耳にした記憶があるんだぞ。まあ、国王陛下が彼女の手を引いていた時点で、間違った噂だったんだろうが……。また裏切られたらどうする。いや、これは家同士の繋がりだ。ジャスティーナ嬢も納得しているから、あの態度だったんだろう。大丈夫、大丈夫だ)


参列者たちに挨拶して周ったときも、彼女は終始凛とした態度で彼らに接していた。


子どもが(つまず)きジャスティーナにぶつかったときは、さすがに態度が変わるのではないかと危惧(きぐ)したが、それも杞憂だった。


彼女は怒るでも慌てるでもなく、まず子どもの心配をした。子どもに怪我がないと知った後は、威圧的にならない程度の声音で(さと)しもしていた。


高貴さと慈愛、そして上に立つ者としての威厳。彼女は王侯貴族に嫁ぐ存在として完璧な女性だった。それが演技でさえなければ。


ノックの音が聞こえ、ノヴァリーは椅子から立ち上がる。


少しの浮遊感。(ひじ)掛けに片手を突いて、もう片方の手で額を押さえた。ワインを飲み過ぎたようだ。


襟元を(くつろ)げて体の火照りを冷ます。だが、なかなか火照りは冷めず、眉を(しか)めながら大きく胸元を肌蹴(はだけ)させた。


「ノヴァリー様? ……入ってもよろしいですか?」

「あ、ああ! ジャスティーナ、すまない。入ってくれ」


扉の外から困惑したようなジャスティーナの声が聞こえてきた。ノヴァリーは扉に向かうことを諦めてそのまま彼女を招き入れる。


「失礼いたしま……ノヴァリー様! どうなされたのですか?」


ジャスティーナの驚いたような声音と共に、彼女が素早く近付いてくるのを感じ、ノヴァリーは胸元から視線を上げた。


彼女はノヴァリーの手の位置を辿って、胸元に目線を固定すると、みるみるうちに頬を赤らめる。


「あ、あの……体調でもお悪いのですか……? そ、その……少し刺激が強いと申しますか……胸元を正して下さいませッ……!」


わなわなと震える唇から紡がれる言葉。視線を泳がせながら、それでもノヴァリーの顔から目線を逸らさない。潤んだ目をしているのに、逃げ出さないところに、ジャスティーナの意志の強さを感じた。


変なところに感心しながら、彼女を動揺させてしまったことに焦る。


「え? ぁ、ああ。すまない……」


謝罪の言葉を口にした後、ノヴァリーは内心首を傾げた。


(いくらなんでも動揺し過ぎでは……? ジャスティーナ嬢だって、覚悟を決めてこの部屋にきたはずだ。何をするか知らないほど、幼くもないだろうに)


「いや、今日は初夜だろう? 別に構わないのでは。貴女は私の妻なのだから」


ノヴァリーは彼女の動揺を演技なのではと疑った。そうでないとおかしい。ジャスティーナは完璧な淑女教育を受けている。その中には閨の教育だってあるはずだ。あの村娘のように、純真なふりをしているだけに違いない。


無意識に棘のある言葉が出てしまう。


「な、な……そ、それは……そうなのですけれど! わ、わたくしのことを、大切にしてくれると仰っていたではありませんか……あれは、嘘、だったのですかッ」


ジャスティーナが自身の体を守るように搔き抱いて、今にも泣き出しそうな目でノヴァリーを睨みつけてきた。


彼女の口から嘘という言葉が吐き出された瞬間。村娘に裏切られた記憶が脳裏を過ぎり、ノヴァリーは自制を失った。


「俺は嘘を吐かない!」


声を荒げた後、はっとしてジャスティーナの顔を見る。


一瞬の静寂。


「あ、申し訳……」


彼女の体が小刻みに震え、薄紫の目から一筋の涙が零れ落ちる。その目には隠しきれない恐怖の色が差していた。


「……怯えさせてすまない。強く言い過ぎた」


ジャスティーナの肩に触れようとして、これ以上怖がらせる訳にはいかないと、手を彷徨わせる。


彼女はノヴァリーに触れられたくないと言うように、後ずさって顔を伏せた。


ズキリと胸が痛んだ。拒絶されたことが、予想外に衝撃だったらしい。ノヴァリーは自身が傷ついたという事実に驚き、戸惑う。


「いえ……わたくしの方こそ、ノヴァリー様は夫ですのに……動揺し過ぎてしまいました……失礼でしたよね。これだから……嫌われて……ッ」


ジャスティーナの中でどう結論づけられたのか。彼女にとってノヴァリーは『妻が動揺しただけで妻のことを嫌う狭量な夫』になってしまったらしい。


(飛躍し過ぎだ! なぜそんな結論になる! 不名誉な誤解をされたまま、初夜を過ごしたくはない……)


「誰が君を嫌うというんだ。俺はただ、嘘を吐かないと言っただけだろ」


椅子から離れてジャスティーナに近寄る。驚かせないように、そっと彼女の肩に手を回し、慰めるように撫で下ろす。


「……わたくしはこの性格のせいで……嫌われたのです! ……それに! わたくしは怒っているのですよ! ノヴァリー様が言って下さった言葉を信じていたのに! 胸元を正して下さいませんでした!」


顔を手で覆っていたジャスティーナが、ぱっとノヴァリーを見上げて、激しくいい募ってきた。


ご丁寧にノヴァリーのまだ開いたままの胸元を指差して。


(歩み寄っているのに。機嫌を直してくれてもいいじゃないか。なぜこんなに(かたく)ななんだ! ……この性格で嫌われた。誰に?)


ふと、ジャスティーナが部屋にくる前に考えていたことを思い出す。


この女性は王太子の婚約者だったのでは? 噂ではなく、(まさ)しくそうだったのではないだろうか。だから父ロヴァンに確認しようとしたとき、はぐらかされたのだ。噂が事実だとして、ではなぜジャスティーナはここにいるのか。それは、婚約が無かったことになったという証明に他ならない。


「……君を嫌ったのは、王太子なのか?」

「……っ! なぜ!?」


見開いた彼女の目。肯定も否定もその口からは発されていない。それでも、ノヴァリーの頭は急激に落ち着きを取り戻した。落ち着き過ぎて、逆に凍えそうだ。


「っは……おかしいと思った。隣国にいたとき、貴女の噂を聞いたんだ。王太子の婚約者だという噂をな。父上が曖昧に濁してきたのは……」


ノヴァリーは冷笑した。


(ジャスティーナを偏見から守るためだったんだろう。当然のことだな。婚約破棄された令嬢だなんて、結婚相手からして見れば、厄介この上ない)


「俺と結婚したのに、まだその男のことを気にしているとは……残念だな。君となら上手くやっていけそうだと思ったのは、間違いだったみたいだ」


自身でもなぜここまで心が冷えているのか分からない。別に彼女が誰のことを想っていても、結婚生活に支障があるわけではないというのに。


「ち、違います!! なぜそんな結論になるのですか! わたくしはただ! ノヴァリー様! 貴方に! わたくしの夫である貴方に、大切にされなかったことを! 咎めているだけなんです! あんな、女癖の悪い下衆な男に未練があるだなんてッ!! 誤解でも思われたくはありません!」


ジャスティーナの叫びが、ノヴァリーの頭の中に余韻となって響き渡った。


(……下衆な男? 今の言葉、本当に彼女の言葉なのか……?)


ジャスティーナのことを心から閉め出そうとしていたことも忘れて目を(またた)かせる。


斜め下から見上げてくるジャスティーナ。綺麗に整えられていたはずの顔が、涙で見る影もない。


(これは、さすがに演技……じゃないんだろうな。これが演技だとしたら、彼女が俺に嫁いでくる必要も、そうなる原因も、起こらなかっただろう)


ノヴァリーは毒気を抜かれて、乱暴に頭を掻く。


ジャスティーナの肩が大きく揺れた。また怯えさせてしまったようだ。


「誤解して済まなかった。謝ろう。受け入れてくれるか?」


彼女の前に立ち、頭を下げた後、姿勢を正して片手を差し出す。


「……まだ胸元が肌蹴(はだけ)たままです……」

「ああ……悪かった。直そう」


ジャスティーナが彼女自身の手で目元を拭いながら、ノヴァリーの胸元をちらちらと見てきた。そこまで気になるというなら、直すことも(やぶさ)かではない。


彼女に見えるように襟元を正して様子を(うかが)う。


「……わがままで申し訳ありません。でも、どうしても嫌だったのです。わたくし傷付いたのですよ? もっと大切にしてくださいませ」


少し頬を膨らませながら、上目遣いで睨まれ、心臓が高鳴る。


ジャスティーナの方から腕を絡ませてきて、ノヴァリーの腕の中に身を(ゆだ)ねてきた彼女に、なぜだか負けた気分になった。


「妻の些細(ささい)な願いを許容できないほど、俺は狭量じゃない。いや、狭量だったか。傷付けて済まなかった。大切にするから、機嫌を直してくれ」


ジャスティーナを腕に閉じ込めたまま、片手で彼女の長い金髪に触れる。くすぐったそうに目を細めて、ジャスティーナは柔らかな笑い声を小さく発した。


「もう怒っていません。ノヴァリー様、早くしないと夜が明けてしまいますよ」


ジャスティーナは悪戯(いたずら)げに目を(ひらめ)かせて、大胆に誘いかけてきた。


これは、駄目かもしれない。ノヴァリーは築き上げてきた心の壁が崩れかけるのを感じて、戦慄(せんりつ)しながらも、悪くないと思ってしまう。


彼女になら、心を許してもいいのではないだろうか。


ジャスティーナの体を搔き抱き、口付けを交わしながらそんなことを考えていた。

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