物語の裏側で[エピローグ]
数ヶ月後。ノヴァリーとジャスティーナが王配と女王として旧隣国の王宮に辿り着いたその裏で。
キルシェイン王宮の王の間で、二人の男がワインを片手に祝杯を上げていた。
「長かった。妹の遺体をやっと取り戻せたな」
国王ヘイヴァンが、ゆったりと椅子に腰掛け、感慨深げに呟く。
「……なぜ、早く気づいてやれなかったのか。悔やんでも悔やみきれませんね」
ヘイヴァンと机を挟み向かい合って座っているロヴァンが、片手に持ち上げたワイングラスの中身を見つめる。
「だが、ノヴァリーが隣国で探索者として内偵をしてくれたお陰で、ローザンベリーの奴が、妹をどこに打ち捨てたのか分かって良かった」
「あの子は無自覚でしたけどね。気になる場所の報告はしっかりしてくれました」
後悔に沈んでいたロヴァンの目に、誇らしげな光が灯った。
「ノヴァリーは夫人に似て責任感が強いからな」
「ええ。ですがどこまで私たちの妹を侮辱すれば気が済むんでしょうね。丁重に埋葬したと言いながら!」
グラスを握るロヴァンの手に力が入った。その口元は微かに震え、目元にも力が込もっていた。
「あんな寂れた村の共同墓所にッ! どこまで我が国を愚弄すれば!」
ヘイヴァンが激しい憎悪を目に宿し、片手の拳で机を叩く。机に置かれたワインボトルがぐらりと揺れる。
「ですが、その隣国も今や、ノヴァリーとジャスティーナが統治してます。隣国の名は跡形もなく消えたのですよ」
「もはや名前も言いたくない」
ヘイヴァンが片手で顔を覆い首を振る。
「ノヴァリーも隣国の村娘に心の傷を負わされて! あの子の目が暗く沈んでいた期間。思い出したくもありません。息子が隣国で王配になって、やっと私の心は落ち着きました。村娘など、我が息子の足元にも及ばない」
一瞬の激情を目に浮かべたロヴァンは、その後冷酷な表情で吐き捨てた。
「ロヴァン、お前の家族愛は相当な物だな」
「兄上、それを言うならキルシェイン王族は……ですよ」
二人は顔を見合せ口元を歪める。彼らの目にはそっくりな仄暗い炎が揺らめいていた。
「……ははは」
「──くっ! やっと美味しく酒が飲めます」
「復讐を果たすまで、飲まないと戒めていたものだしな。思う存分飲め」
ヘイヴァンがワインを口に含んだ後、ロヴァンに目線で促す。
「……ジャスティーナも可哀想な子です。ローザンベリーが狡猾なせいで、表面上では苦しめられていることが見抜けなかった」
ロヴァンはその合図に頷きを返して、グラスを傾ける。
「あの愚かな王太子という名の気狂いが汚名を着せて婚約破棄するまで、気付けないとは……何たる失態だ」
「ローザンベリーから放逐されたと聞きつけなければ、恐ろしいことでしたね」
「ああ。保護できて本当に良かった。私たちの姪なだけあって聡明だったしな。婚姻の王命をとお前が言い出さなくても、私が提案していたさ」
ヘイヴァンは満足げな表情を浮かべる。
「それもこれも、全て妻の助言のお陰ですね」
「アスタレスク公爵夫人か。今頃彼女も、公爵邸の自室で紅茶でも飲んでいるかもしれないな」
「妹の死を一番悲しんでいたのは妻ですからね。これからはぐっすり眠れるといいのですが」
「きっと眠れるだろう。気がかりなことが無くなったからな」
「ええ。そうですね」
二人の男は顔を見合せて、嗤い合う。外では彼らの勝利を祝うような満月が、キルシェイン王国を照らしていた。
◆◆◆
ヘイヴァン国王とロヴァンが嗤いあっているその裏で、全ての糸を引いていた彼女。
アスタレスク公爵夫人は、自室で娘のオルディーヌと優雅に紅茶を傾けていた。
「ああ。すっきりした! よくも愛する弟を裏切ってくれて! 経済制裁していいって言われて真っ先に村娘の村を狙ってやったわよ」
椅子に浅く腰掛け、前のめりになった姿勢でオルディーヌがティーカップを手に取る。
「オルディーヌ。紅茶を飲むときは、姿勢を正して優雅に飲みなさい。誰が見ていなくても、それが貴族令嬢としての風格ですよ」
アスタレスク公爵夫人は、滑らかな指でティーカップを口元から離し、伏し目がちにその中身を見ている。背筋は真っ直ぐに伸ばされ、群青色の艶やかな髪は美しくまとめられ、一切の隙も感じさせない。
「お母様、こういうときくらい良いじゃない!」
「駄目なものは駄目です」
「……頑固者。責任感の鬼! それで良くお父様と円満で居られるのか、不思議よ! もしかしてお父様、お母様が王女の侍女だったから結婚した訳じゃないわよね?」
オルディーヌが姿勢を正して、心底不可解げな表情になる。
「何が言いたいのか分からないわ? はっきり言いなさい」
ティーカップを音もなく置いた彼女が、オルディーヌへと視線を向けた。
「だーかーら! お父様はお母様自身ではなく、お母様の侍女時代の能力を見て結婚したのかな? てね」
「そんな訳ないでしょう。ロヴァンはわたくし自身を愛してくれているのよ。何度断ってもしつこかったのだから。お陰で王女様と一緒にいられなくなったのよ」
公爵夫人は頬に手を添え、小さく吐息を漏らす。オルディーヌへ向けられていた視線も、瞼の裏へと姿を消した。
「でも、お父様と結婚したお陰で、こんな可愛い娘ができたんでしょ?」
「そうね。愛は全てを救うの。ノヴァリーのことも、ジャスティーナのことも、亡き王女様、全てを」
胸元に下げた王女の肖像画が入ったペンダントを握り締め、彼女は赤い唇を柔らかく歪めて微笑んだ。
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