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一晩で絆されてしまった─物語の裏側で嗤う者─  作者: ヒトミ


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デラルフィス王国の小さな村

デラルフィス王国の片隅。小さな村で冬に向けた狩猟大会が開催されていた。


街や村を渡り歩く探索者として生活しているノヴァも、デラルフィスの全ての場所を周り終え、実家に帰る前に最後に立ち寄ったこの村の行事に参加していた。


彼の外見は多くの探索者と変わらず、旅の埃と野生の鋭さが同居した、ある種独特な雰囲気をしている。


無造作に結わえられた黒髪。デラルフィス王国では珍しい髪色だが、探索者だと伝えれば誰も疑問に思わない。光に透かすと深い青色にも見える色ではあるが、探索者のことをそこまで凝視する酔狂な人間は(まれ)だろう。


旅の中で伸びた前髪で隠された目は、群青色をしている。この目も一見するだけでは黒色と変わらない。


野生の猛獣との戦いで鍛えられ、引き締まった体躯。急所だけを革鎧で隠した機能的な服装。


総じてノヴァは、どこにでもいるありふれた探索者であった。時たま実家に手紙を送る以外は。


◆◆◆


会場の森で、誰よりも大きな獲物を仕留めたノヴァは、意図せず大会の優勝者になった。


「いやー、こんな腕のいい探索者が村に来とるとはなぁ!」

「飲め飲め若者!」


村人に肩を組まれて酒を差し出され、喉が乾いていたノヴァは、これ幸いと飲み干す。


「……美味(うま)い」


村で造られたにしては上質な味わいに、本音が口を突いて出る。


「おっ、いける口だな? もっとどうだ?」


陽気な村人たちに囲まれて、ノヴァは一気にこの村を気に入った。


「あ、あのっ! こちらで一緒に踊りませんか?」


村人に勧められるがままに、飲み食いしていたノヴァは、少し裏返った声で話しかけられ、顔を上げる。


一人の女性を中心にして、数人の村娘たちがノヴァの返事を待っていた。


「ナリア?」

「おわっ、ナリアだ!」

「え、ナリアが、とうとう……!?」


周囲の(ざわ)めきから、ノヴァはこの女性が村人たちに好かれている、特別な存在なのだと察した。


(そんな女性がなぜ俺に? 探索者が物珍しいのか……)


彼女は亜麻色の髪を指先で(いじ)りながら、俯いている。横髪から覗く頬は薄らと色付いていて、ノヴァははっとした。


(本気で俺に好意を……? それなら、この誘いは無下にできない)


「……俺で良ければ喜んで」


男衆の席から離れて、ナリアの手前で立ち止まり一礼する。


背筋を伸ばして片手を差し出すと、彼女は顔を上げて潤んだ目でノヴァを見つめてきた。


「本当に? ……嬉しい」


亜麻色の目がぱっと輝き、ノヴァの心を掴んでくる。


(……ここまで飾らない笑顔を向けられたのは初めてだ)


美しくも愛らしい表情を浮かべたナリアが、ゆっくりとノヴァの手に指先を触れさせてきた。


心が脈打つのを感じながら、その手を握り締める。


「ナリア、良かったじゃない!」

「さあさあ、踊って来なさいな」

「邪魔者は退散しまーす」


ナリアの周りにいた村娘たちが、歓声を上げて思い思いの場所に去って行く。


「あっ、みんな、ちゃかさないでよ……恥ずかしいじゃない」

「……仲がいいんだな」

「今はその絆が恨めしいです」


そういいながらも、彼女の声には隠しきれない喜びが(にじ)んでいた。


「踊りの輪に入れば、恥ずかしさも薄れるんじゃないか?」


ノヴァは悪戯っぽくナリアに向けて笑いかける。


「もうっ、ノヴァさんまで私を揶揄(からか)って! 分かりました。それなら思い切り踊りますから! 初めてだからって、置いていかれないでくださいね」


ナリアが頬を膨らませて軽くノヴァを睨みつけてきた。その後、少し勝気(かちき)な表情になってノヴァを挑発してくる。


鮮やかに表情を変える彼女。一気に魅了されたノヴァは、駆け出したナリアに手を引かれ、踊りの輪の中に飛び込んだ。


◆◆◆


ノヴァとナリアは祭りの日以降、村公認の恋人同士になった。


夫婦ではなく恋人なのは、ノヴァが定住しない探索者であり、ナリアはそんなノヴァに着いて行けるほど鍛えられていない、普通の村娘だからだ。


(ナリアが結婚してくれるなら……そろそろ、実家に帰らないといけないんだが、反応が(かんば)しくない)


ノヴァがこの村を拠点にして、早一年と少しが過ぎて、ナリアと出会って二度目の春が訪れていた。


村から去る商人の護衛依頼を達成して、村に戻ってきたノヴァは、いつもは軽快に声を掛けてくる村人たちから声が掛けられないことに違和感を覚える。


畑にいる村人に視線を向けると、こちらを見ていた老人はさっと視線を逸らす。


家々の路地を通ると、横切る村人が下を向いて早足で去って行く。


井戸端で会話していた村人たちはノヴァに気付くと静まり返る。


異様な彼ら彼女らの反応。ノヴァに関する良くないことが起こったのだと、察するに余りあった。


(……ナリアの身に何かが? 急いで彼女の家に!)


村を流れる川のほとり。そこにある小さな家がナリアの住居だ。


(きびす)を返して走り出そうとしたとき、ノヴァの腕を細い手が掴んできた。


「……ノヴァさん。ナリアの家に向かう気?」

「そうだが……君は何か知ってるのか?」


ノヴァの腕を掴んできたのは、ナリアの友人だった。


彼女は険しい表情で村の中心部を見つめた後、ノヴァに視線を向けて泣きそうに顔を歪める。


「ごめんなさい、ノヴァさん。ナリアは、村長の息子と浮気……していたみたいなの。貴方が村を空けている間に、結婚してしまったのよ……」


頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。


(うわき……浮気だと? ナリアはそんなことができる女性には……、俺に愛想を尽かしたということか……。結婚をはぐらかしてきたのも、あの男と結婚するためだった……そうなんだな。……ッ、俺は裏切られたのか!)


ナリアと過ごしているとき、よく絡んできていた村長の息子。ノヴァが傍にいるというのに、意に介さず彼女に甘い言葉を投げかけていた。そのとき彼女はどんな顔をしていた? 嬉しそうに、満更でもなさそうに、していなかっただろうか。


心臓を(えぐ)られるような痛み。


頭では裏切られたと理解しているのに、心がそれに追いつかない。いや、まだ彼女の本心を聞いていない。


「教えてくれて感謝する。もし、ナリアが本気で俺を捨てたのなら……俺がこの村に居たことは忘れてくれ。もう二度と戻ってくることは無いだろう」


村長の家に目を向けながら、掴まれていた腕から丁寧に女性の手を(ほど)く。


「ちょっとノヴァさん! 行っても無駄よ。傷付くだけなのに……」


走り出したノヴァの背後から、ナリアの友人の悲しげな声が追いかけてきた。


それでもノヴァは立ち止まらずに、村の中心部へと向かう。


◆◆◆


村長の家に辿り着いたノヴァを出迎えたのは、笑い合う男女の姿だった。


「……ナリア。その男と結婚したというのは、本当か……?」

「あら? ノヴァじゃない。今回は帰って来るのが早かったのね」


驚きも動揺もない声。表情にも微塵の(かげ)りがない。


「探索者風情が、僕の妻に話し掛けるのはやめてくれるかい? 不愉快なんだよ!」


村長の息子とは一緒に酒を酌み交わしたこともある。なのに心の内ではノヴァを見下していたのだろう。


ノヴァの胸元を力強く押した後、汚い物でも触ったかのように手を払っている。


よろめいたノヴァを見てくるナリア。彼女はにこりと微笑み村長の息子に抱きついた。


「ねぇあなた。今度王都に連れて行って? 観劇というものを見てみたいの!」


ノヴァを見て少しの動揺でもしてくれていたら、お帰りの一言でも温かい言葉をくれていたならば、ナリアのことを許せたかもしれない。


彼女の結婚を祝福はできなくとも、ここまで絶望することはなかっただろう。


世界が色褪(いろあ)せるのを感じながら、家の中に消えて行く二人をぼんやりと見つめていた。


(あぁ、そうか。彼女は俺が今まで見てきた女性と変わらない存在だったんだな……。地位と権力に群がる、貴族の女性たちと……変わらない)


しばらく立ち尽くしていたノヴァだが、心の整理を無理やり付けた後、誰に声を掛けることも無く村から立ち去った。

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