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勇者の元で行える取引内容

 転生前のゲーム__ファンタジア・フロムアビスでは、私のようなメイドは存在しないし、病院の中も探索できない。


 つまり、今から始まる勇者とのイベントは。



「単刀直入に言おう。君には、僕のスパイとして聖女の様子を伝えてほしい」

「…………」


 個人的な提案を持ちかける勇者。それに対して私は、

「露骨に嫌そうな顔するね」

 嫌ですと言う前に、勇者が苦笑いした。


「まあ最後まで聞いてほしい。僕はね、君のことは悪い人だと思えないんだ」

「それはどうも」


 お世辞だとは分かっているが、私もメイドだ。

 最低限の礼節は弁えている。


「それに、少し不思議でね。覚えているか? 聖女が追放された原因」

「魔物の使役と、それから」

「戦士ルミエラに負わせた傷だ」



 ルミエラ・ブルームーン。

 勇者の仲間候補にして、盾役の適任者である女騎士。

 いわゆる『タンク』という立ち位置の人物。


 ポニーテールで纏めた金髪と、明るい笑顔がトレードマーク。

 戦闘においても優秀。


 そんな人物であるルミエラだが、ストーリーの途中で魔物に襲われ致命傷を負う。


 その魔物こそ、シエル様が使役して城内で管理していた魔物なのだ。


「俺は、アイツとは付き合いが長い。ルミエラが優秀だったことは良く理解している」

「……それで?」


「おかしくないか? あの森にいたのが俺じゃなくてルミエラなら、熊三体から殴られてもピンピンしてただろうな」

「勇者様もそれくらいですけど」


「そんな女騎士が、たかが魔物一体に致命傷だぞ。城の中とはいえ、そんなことがあり得るのか?」


 ルミエラは、城内に飼われていた魔物に、それもすれ違いざまに攻撃された。

 これはゲームでも、この世界でも同じだ。


「でもメイド、お前を見てて思ったんだ。ルミエラもこのくらい衰弱してたら、魔物にも後れを取るかもなって」

「ポーションの副作用が目的で、ルミエラ様に盛ったと?」

「分からない。でも、俺が知らない技術を持っている可能性は高い」


 そこで、と懐から赤い玉を取り出す勇者。

 十円玉くらいのサイズで、意識しないとすぐ無くしてしまいそうだ。


「これをお前に預ける。記録の宝珠だ。聖女が何かしていたら、これを握りながら一部始終を見届けてほしい。視界の映像が記録される」


 転生前に遊んでいたゲームでは、イベントのサブアイテムとして登場した宝珠。

 まさかここで再登場するとは。


「要求は分かりました。それで、私には何のメリットがあるんですか」

「はは、勇者が直々に頼んでるのにその態度か? まあ元々、交換条件のつもりだったからいいけどな」


 言われてみれば、この世界では『勇者だから』という理由だけで手を貸す人が多い。


 勇者ってそんなに偉大なのだろうか。

 ただ魔物を多く倒して、

 人助けをして、

 王に認められてて、

 魔王と正面から戦える、

 人望に厚い存在、

 ってだけなのに。



 ……あれ、けっこう偉大な気がしてきた。

 もしかして私、すごく不敬な人間に見えている?

 メイド失格か?


 そんな私の冷や汗を置いて、勇者が話を続ける。


「失礼を承知で言うけど、君は弱い」

「まあ、勇者様と比べれば」


「それもそうだが、その程度の実力で聖女の隣に立つつもりか? 熊一体に、傷も付けられない実力で?」

「うぐ」


 そこについては図星だが、仕方ないじゃないか。

 私はメイドなのだ。

 ほとんど戦場に立ったことがないのだ。


「そこでだ。この俺が直々に、稽古をつけようと思う」

「へ?」


 急な話に、喉元から変な相づちが飛び出た。


 願ったり叶ったりな取引だが、これまた何故?

 そんな私の疑念を読み取ったように、勇者が続ける。


「さっきも言ったが、君は悪い人に見えない。街の人を守るためだけに、あそこまで延々と、しつこく、無駄な足掻きをできる人は中々いない」

「褒めてるんですよね?」

「勿論。見習うべきだと思ったよ」


 本人に悪意が無かったとしても、かなり心に刺さる言われようだった。


「そんな君を簡単に失うのは惜しい。君が聖女に裏切られた時」

「…………」

「……じゃなくて、何か事故に遭った時。実力が足りなくて死んじゃいました、は後味が悪すぎる」


 勇者の狙いは何となく分かる。

 確かに私は今回の一件で、顔も名前も知らない人を命懸けで助けたことになっている。


 字面だけで見れば、英雄のような行動だ。


 簡単に言えば、勇者は私を『取り込みたい』のだろう。


「そこで、だ。俺が君に稽古をつける。体力作りとか、筋トレとかね。そうすれば、君の生存率も上がる。聖女の役にも立てるかもしれない」

「その交換条件として、シエル様のスパイをしろと」

「ウィンウィンの関係だろう?」


 確かに、話だけ聞けば悪くない。


 最初にも思ったが、願ったり叶ったりな内容ではある。


 私にもっと戦力が付けば、不測の事態にも対応できるようになる。


 一方で、勇者と軽い繋がりを築くこともできる。

 この状態で、例えばシエル様が悪事を働いたらどうなるか。


『あんな人だと思ってなかったんです! 勇者様、私を許してください!』

 とでも言えば、失笑と共に私を仲間入りさせてくれるだろう。


 無論、そんなことは口が裂けても言わない……と、思うのだが。



「もう一つ、条件を加えさせてください」


 その場の雰囲気に流されないよう、私は語気を強めた。


「ふっ、強欲だな。何だ?」

「勇者様からシエル様へ、手を出さないと約束してください」


 シエル様の死、その直接的な要因は勇者だ。


 極論になるが、勇者がシエル様と敵対しなければ、シエル様の生存率はグッと上がる。


「それは無理だ。聖女が皆を攻撃するなら、俺は容赦しない」


 勿論、要望がそのまま通るとは思っていない。


「なので、『勇者様から』と言ったんです。反撃については言及しません」

「……ふっ、ははは! 随分と値切りの上手いメイドだな。良いだろう。約束する」


 反感を買わないかヒヤヒヤしたが、何とか乗り切った。

 脇汗がぐっしょり出て身体が冷える。


「では、そうだな。メイド……あー、何て呼べばいい?」

「ハルカナ・アノメル。ルナと呼ばれています」

「ではルナ。二日後、城下町の東門で会おう。今日は失礼する」


 稽古の約束を取り付け、勇者が席から立ち上がる。

 私もその日は空いているので、軽い返事で済ませた。



 勇者が部屋を出る前に、扉が開かれる。


「おっと、聖女様」

「どうも」


 勇者と、私のメイド服を持ったシエル様が扉前ですれ違う。

 お互い警戒しているようで、それ以上の会話はない。


 勇者の姿が見えなくなってから、シエル様は私へ視線を向ける。


「……勇者様が来ていたのね。何か話してた?」

「世間話を色々と。それより、何かありましたか?」


 あまりシエル様に悟られないよう、話題を勇者から反らす。


「貴女の身体、もう大丈夫ですって。今から退院できるそうよ」

「そうですか! なら戻りましょう、家事は任せてください!」


 ベッドから降りて、シエル様から服を受け取る。


 城に支えていた頃の服は狼の牙に、次の服は熊の爪にやられ、雑巾と化した。

 これで三着目。

 勇者の稽古も合わせて、少しでも長持ちさせるよう努力したい。


「……ちなみに、今回の医療費は勇者様が全額負担してくれるそうよ」

「えっ」


 太っ腹な情報に、思わず疑念の声が出た。


 勇者はこの私に、金と戦力の両方で支えるほどの魅力を感じているのだろうか。

 にわかには信じがたい話だが、その厚意はありがたく受け取ることにした。



 そして、その代償は密告。


「感謝しないといけませんね」

「ええ」


 敬愛するシエル様……そのスパイなんて、私にできるのだろうか。

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