病院でやるべきこと
ミストルイン城下町。
シエル様の追放現場であるミストルイン城を囲むように存在する、活気ある街。
学校や八百屋、機械販売店など色々な施設が備わっている。
東の方には病院もあり、そこそこ腕の良い医者が勤めている。
ファンタジア・フロムアビス本編でも、よくお世話になる場所だ。
現在地、ミストルイン総合病院の一室。
「シエル様~」
「…………」
「あの薬、また欲しいです~」
「駄目よ」
上下とも白い病院服に着替えた私の右手を、シエル様が優しく握っていた。
『街から追放されたのに病院に入れるのか?』という疑問については、住めないだけであって公共機関の利用は可能らしい。
「言ったでしょ、後遺症があるって。一時的なものだから、頑張って耐えなさい」
「あぐうううう辛いですうううう」
不快感とグルグル回る視界。
私は顔を赤く火照らせ、ただ泣き言を放つしかできなかった。
しばらくして、病室に三人ほど入ってくる。
一人は医者。
白衣と白ズボンを着ていて、首から聴診器をかけている。ちょっと寂しい赤薄毛の頭と、光を反射する丸眼鏡が印象的。
「ルナさんね。ポーションの飲み過ぎ。軽い依存症も併発ね。一日したら気分が楽になるからね。それまでポーションの服用は厳禁ね」
「一本しか飲んでないのにいいいい」
「身体にね。耐性が無いのが原因だね」
冷静に分析する彼の姿は、ちょっぴり薄情に思えた。
薄いのは頭だけでいいだろコノヤロー、とか愚痴りたくなる。
二人目は森で助けた男性。
特に怪我はなかったが、念のため診察を受けた。
私と同じく病院服に着替えている。
「ルナさん、大丈夫なんですか? 死んだりしないんですよね?」
「それ聞かれたね。付き添いの方にも。死ぬね。ポーション追加で飲んだら」
「ぜ、絶対に飲まないで下さい!」
そして最後の一人は、同じく森で助けた女性。
彼女もまた、病院服に身を包んでいる。
「私を助けるためにここまで……。私はそこまで酷い症状じゃなかったのに」
私を哀れむような視線を向ける女性。
それに対し、医者が眼鏡をクイと上げる。
「いや、死んでたね。延命と応急処置、私の診察。どれかが無かったらね」
「……本当に、何とお礼をしたらいいか」
シエル様と同じように、私の左手をそっと握る女性。
気遣いはありがたいが、ポーションの後遺症が軽くなることは無い。
「とにかく安静にね。三人とも。明日になったら退院だから」
しばらく他愛のない会話をしてから、シエル様と私を残して彼らは部屋を後にした。
「ねえ、ハルカナ。少し気になったんだけど」
二人きりになったのを見計らって、シエル様が私に訊く。
「人を助けることが、私を助けることが、そんなに重要? あなた自身がボロボロになってまで、しなくちゃいけないこと?」
「……当然じゃないですか」
真面目な雰囲気を汲み取り、気合いを入れて口を動かす。
「シエル様が進む道なら、私はどこまでも付いていきます。それが茨の道でも、炎の海でも、深い暗闇でも」
「その割には、私以外にも付いていってるようだけど」
「あー……私がそういう性格、というのもありますけど」
人が困ってるのを目の前にしたら、助けずにはいられない。
生前からの性格だ。
だが現在は、それ以上の理由がある。
「あの二人。特に女性は、本来あそこで死んでいました」
「……予言では、ってこと?」
攻略Wikiのことを『予言のようなもの』と言い換えた、あの日を思い出す。
「そうです。そこで私、思ったんです。女性の死を何とかできたらいいなって」
「親切心以外に、理由があるの?」
「シエル様の死は、予言で知ったことです。女性の死も同じく、予言されていたことです」
「……ふうん」
シエル様の中で、点と点が繋がったようだった。
「もちろん、そんな単純じゃないとは思っています。でも、今回は成功した。だからきっと、この後の予言にも逆らえる。そう思うんです」
「私の死……逆らう……なるほど」
納得した様子で、私の言葉を噛み締めるシエル様。
物思いに耽るシエル様の顔は、目がまん丸で可愛らしい。
等と思っていたら、また睨み顔に戻って私に視線を向ける。
「貴女、そこもちゃんと考えていたのね」
「私のこと何だと思ってたんですか」
「実力は無いけど敵と正面から戦うお馬鹿さん」
「うぐっ」
「一人助けて自分は瀕死になってるポンコツさん」
「ぐはぁ」
シエル様の罵倒が一つ一つ事実なので、着実にダメージを受ける私。
そうか。私って他人からそう見えているのか。
「だから今は、ちゃんと休んで身体を治すのよ」
「シエル様ぁ……」
最低限のフォローを入れられ、少しだけ気分を持ち直した。
次の日の朝。
シエル様は商人に話があるとのことで、病室から離れている。
私も後遺症がすっかり治まり、身体の傷も癒えている。あとは帰るだけ。
そんな状況で、意外な訪問者が顔を覗かせに来た。
「ハルカナ・アノメル。いるか?」
「ゆ、勇者様?」
コンコンと扉をノックして入るのは、昨日と同じ姿の勇者。
ボス二体を相手したというのに、私よりもずっと傷が浅い。
「何故こんなところにまで」
「そう警戒するな。ここでお前を暗殺しようとか思ってないから」
朗らかに笑い、両手を上げる勇者。
鎧姿ではあるものの、武器は持っていない。
素手でも勝てる自信は無いが、嘘は吐いていないようだった。
「むしろ、お前とは仲良くしたいと思ってるんだ。取引がしたくてな」
「……ひとまず、お座りください」
上半身を起こし、椅子に座る勇者と向かい合う。
偶然かもしれないが、わざわざシエル様達がいない時に来たのだ。
周りに漏らしたくない内容なのかな、なんて想像が頭に浮かぶ。
そんな思考を知ってか知らずか、勇者が告げる。
「単刀直入に言おう。君には、僕のスパイとして聖女の様子を伝えてほしい」
「…………」
シエル様の脅威となる存在。
この世界をハッピーエンドへ導く存在。
その両方を担う勇者からの、個人的な取引。
ここから、ファンタジア・フロムアビスの物語は徐々に狂っていく。
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