【ボス】怒れるフルムーンベアの倒し方とおすすめ装備
特技レベル。それは戦略の要。
どれだけステータスが高くても、特技レベルが低いと成果が出ない。
逆に低い能力値でも、特技レベルが高いと想定以上の効果が出たりする。
レベルの最大値は、ゲーム内では5。
私の雷魔法レベルは3。
これが何を意味するかというと……
『グルルウウウゥゥゥ!』
「固くない!?」
格上相手には、全然ダメージが通らないということである。
戦闘開始から二十秒。
何回か全力でフルムーンベアの身体を切り付けるも、ダメージを受けている様子はない。
『グアアアァーッ!』
「稲妻切り!」
振り上げられた脇を通り抜け、また身体へ一撃。
石の壁を切り付けているような、刃が通ってるのかどうか分からない感覚。
「勇者様! まだですか!?」
「無茶言うな、まだかかる!」
一方、勇者と退治している熊二匹はそれなりの傷を負っていた。
両方とも三十パーセントほど削れているだろうか、善戦しているほうだ。
自分の戦績を比べると寂しくなるので、あまり考えないことにする。
「炎魔法なら、もっと火力が出るのになぁ」
『グオオウゥッ!』
「ま、それじゃ避けれないけ、どっ!」
稲妻切りを連発して、フルムーンベアの攻撃起動から逸れる。
私が使う雷魔法は、主に三種類。
武器と身体に雷を纏わせ突進する【稲妻切り】。
接触してきた相手に放電で反撃する【帯電カウンター】。
稲妻切りの応用で回転切りを繰り出す、後隙が少ない【雷嵐】。
この中で一番ダメージが出やすい、伝わる人向けの言い方だと「DPSが高い」技は稲妻切り。
他にも回避や移動に使えるため、私の戦闘はほぼ稲妻切りに頼っている。
他にも、
【落雷切り】
【電磁砲】
【電閃テレパシー】
等が使えるが、それぞれ
『後隙が大きい』
『威力が静電気レベル』
『使うとすごい頭痛がする』
という理由から使っていない。
特に電磁砲なんて、貴重な遠距離技なのに。勿体ない。
話を戻そう。
フルムーンベアに向かって連続で稲妻切りを放っているが、効果があるようには見えない。
それどころか、ハエのように辺りを飛び回る私に腹を立てているように見える。
『ガオオオオオッ!』
「注目を分散させるって意味では、効果テキメンかな」
勇者の状況をチラッと確認する。
どうやら片方だけを先に倒すことにしたらしい。
傷ついてる方は70パーセント、あまり攻撃されてない方は40パーセントくらいの削れ具合。
(理想的な戦法だ)
心の中で感心した。
フルムーンベアは体力が半分になると、スキルを使用して自分を強化する。
いわゆる「発狂」と呼ばれる状態だ。
二体が同時に発狂すると、もう手が付けられない。
だから先に片方だけ発狂させ、もう片方は発狂ギリギリで止めておく。
ある程度は体力に余裕があるため、間違えて攻撃してもカバー可能だ。
(ゲームの高等テクニックを、あの勇者、実践するとは)
ちなみに、私が相手してるフルムーンベアの削り具合は5パーセント前後である。
無理ゲーだ。
そして、いくら警戒していても事故は起こる。
『ウガウッ!』
「ぐあっ!?」
フルムーンベアの爪が、私の肩を掠める。
それだけで服は裂け、血がドバッと吹き出した。
「メイドさん!」
「大丈、夫!」
幸い、傷ついたのは左肩。
私の利き手は右。
まだ斧を振るえる。
フルムーンベアを相手して、既に百回は攻撃を避けている。
この怪我によって、むしろ気が引き締まるというものだ。
大切なのは物怖じしないこと。
勝利の反対を想起しないこと。
「まだ、守れる!」
肩の痛みに耐えつつ、私は再び稲妻切りを繰り出した。
私が攻撃を受けてから三分ほど経過。
『グオオオォォォ……!』
勇者が戦ってる方から、低い唸り声。それから、ドスンという重い音。
「はぁ、はぁ、次!」
(やったのか。早い)
流石の勇者も、長時間の戦闘に疲弊しているようだった。
同様に私も、そろそろMP__魔力が底を突きかけている。
稲妻切りを繰り出す度に魔力を消耗しているのだ。
限界が来ても仕方ない。
ただ、ここでアクシデントが起こる。
『ガウゥ。グオオオォ!』
「は!? 勇者様! フルムーンベアがそっちに」
「何だとっ……!」
私が相手取っていたフルムーンベアが標的を変える。
勇者のほうが脅威だと感じたのだろう。
実際、私が与えているダメージは極端に少ない。
『ガウウゥゥゥ!』
「このっ、止まらない!」
勇者へ向かうフルムーンベアへ稲妻切りを繰り出すが、標的を変える様子はない。
勇者が倒されたら一巻の終わりだ。私はダメージを出せない。
ジリジリ追い詰められ、最後は三枚おろしにされるだろう。
かといって前方に立ちふさがれば、大型車に轢かれるレベルのダメージを負うことになる。
命は無い。
転生の見込みも無い。
『熊に轢かれたら異世界転生した件』。
駄作だと思う。
「くっそう……!」
距離をどんどん離す熊へ向け、稲妻切りで振っていた斧を投げる。
切っ先が熊に刺さりバリバリと電気が流れるも、熊は標的を変えない。
万策尽きた。
あとは勇者に頑張ってもらうしかない__
そんな他責思考を咎めるような、鋭い声。
「【ダークアロー】!」
『ガギャウゥゥウウウ!』
黒い残像が私の視界を横切る。
と思ったら、走っていたフルムーンベアの身体に穴が空いた。
恐ろしい威力を撃ち出した人間、その正体はもちろん。
「シエル様!」
「全く、無茶するんだから」
神妙な表情で、次の魔法を構えるシエル様。
「フィアー」
『……ガウゥウ、グゴゥゥ!』
シエル様を中心に、おぞましい気配がビリビリと伝わる。
前回、狼の魔物相手に使った魔法と同じものだった。
違うのは、熊の反応。
『グオアアアッ!』
「怯まない。それなりに強いみたいね」
シエル様が使う闇魔法【フィアー】。
ゲームでは、自分よりレベルを大きく下回る敵を逃がし、勝利したことにする魔法だ。
大きなダメージを受けたにも関わらず、フルムーンベアは元凶へ向かって走り出す。
「危ない、シエ」
「来ないで!」
拒絶の言葉に一瞬ショックを受けるが、その意味をすぐ理解する。
「【ブラックヴェール】」
『ガウウゥ、ウゥ、ウガウウゥ!』
カーテン状の黒い幕が下ろされ、爪を易々と弾く。
下手に私が突進していたら、あの壁に顔面から激突していただろう。
「【シャドウテレポート】」
「……うわっ!?」
いつの間にか私の横までシエル様が移動し、私の左腕に触れる。
なるほど、私が向かう必要は無い。
「フルムーン……熊は三体、うち一体は勇者が討伐しました。あれは私が相手してて」
「何となく把握したわ。とりあえず【フォースリペア】」
「うぁ傷が塞がるう゛う゛う゛痛だだだだだだだだだだ!」
フォースリペア、シエル様が使用する回復魔法。
前に使われ、私の尊厳を破壊したのもこの魔法。
前より傷は浅いため、痛みは少ない。
それでも辛いものは辛い。
思わずシエル様に抱きつき、何とか体制を保った。
『ガウゥ、グゥアアァァァ!』
「ジエルざまあ゛あ゛あ゛攻撃が来まずう゛う゛う゛」
「ブラックヴェール、ダークアロー」
私を悶えさせたまま、立て続けに魔法を使うシエル様。
黒い幕でフルムーンベアの攻撃を防御し、閃光のような矢で迎撃。
こちらの攻撃は幕を通り抜け、相手の腹に直撃する。
『グゴウゥ』
「【ダークブラスト】」
『ガッ__』
シエル様が手を振り上げると同時に、フルムーンベアの目の前で爆発が起こる。
幕のおかげで衝撃は伝わらないが、咆哮を掻き消す轟音から威力は察しが付く。
「や、やりましたか!?」
「……ふん、これでも倒れないのね」
治療が終わって疲弊する私を他所に、前方へ注意し続けるシエル様。
舞い上がった煙の向こうに、二足歩行のシルエットが見える。
『ガアアアアアアアア!!』
「うわっ、発狂」
私であれば二十回は死んでるような、シエル様の連続攻撃。
それを受けてなお、熊は倒れない。
「全く、ダークブ……うん?」
「シエル様?」
何かに気づいた様子で、シエル様が手を止める。
この戦場についていけない私は、首を傾げることしかできない。
「下がって」
「えっ、何わぶ」
言い終わる前に、視界が柔らかい感触に包まれる。
シエル様に抱き寄せられたのだと気付いたのは、男の雄叫びが聞こえた後だった。
「ウオオオォォォォッ!!」
『ガギャウウッ』
ギャリギャリギャリギャリ! と、黒板を鎖で擦るような歪な音。
シエル様の身体から顔を出すと、頭を両断されてる途中のフルムーンベアが目に映る。
恐ろしいのは、それを囲む光景だ。
「オラアアアアァァァァッ!!」
「くっ……」
シエル様の幕ごとフルムーンベアを切るのは、様子のおかしい勇者。
白目を剥き、頭の血管が浮き出ていて、肌は真っ赤に膨張している。
もはや、鬼や怪物と言われたほうが納得できるシルエット。
「そんな、私のブラックヴェールが__」
「ハアアァァッ!!」
「シエル様!」
衝撃に備え、今度は私がシエル様を支えた。
シエル様の魔法が、打ち破られる。
「……うっぐ、げほ、げほ。土が口に」
結局、私は姿勢を保ちきれず地面にキスする羽目になった。
幸運なのは、シエル様がそうならなかったことだ。
「ハルカナ、立てる?」
「はい、傷は大したことありません」
シエル様の手を取り、立ち上がる。
直後にメイドとしての立場を思いだし、謝罪のために頭を下げた。
「気にしないで。それより……」
「ふっ、すまない。【ベルセルク】の効果で、細かい制御が効かなかった」
舞い上がった煙から、勇者が姿を現す。
目と顔は元に戻っているが、肌はまだ赤みがかっている。
勇者のスキル【ベルセルク】。
体力が半分以下になったとき使える、超強力な自己強化。
ゲームではほぼデメリット無しの使い得、いわゆる『ぶっ壊れ』として数えられる特技の一つ。
アレと対峙したら、生き残れる自信がない。
「それにしても、聖女様が直接来るとは。ひょっとして、この熊と何か関係が?」
「別に何も。無暗に人を疑うのは止めてください」
二人のバチバチした関係を前に、思わず後退りしそうになる。
悪い雰囲気を取り消すため、ひとまず別の話題を振った。
「あの、それよりも! ここで遭難してた夫婦はどこに?」
「おっと、そうだ。あの人たちを守れてないと意味が無い」
「それについてはご心配なく」
スッとシエル様が手をかざすと、視界の端で黒い何かが消えた。
「そ、その、皆さんご無事で何よりです……」
その中から出てきたのは、防衛対象の男性。
相変わらず怯えているが、魔物がいないおかげで少し安心してるようにも見える。
「ふうん、別のバリアを維持していたか。あれは全力じゃなかったんだな」
「……ふん」
目を細め、悪戯っぽく笑う勇者。
私はもう、二人の頂上決戦に付いていけない。
ひとまず男性に怪我がないか確認しようとして、私は目を丸くした。
「ど、どうも……私なんかのために」
男性の後ろからヒョコッと、弱々しく顔を見せる女性。私が担いでいた女性だ。
「い、生きてる!!」
「はい、おかげさまで」
軽く肩に触れる。ちゃんと温かい。
幽霊とかではない。
「瀕死だったから、私がポーションを処方したわ。一時しのぎだけどね」
「シエル様……!」
感激すると同時に、シエル様のスペックに驚愕する。
つまりこの方は、現場に到着して女性を治療、傷つかないよう幕を張った上で、私に加勢。
さらに勇者が合流したのを見抜き、攻撃魔法を中断したってこと?
化物か? 聖女だった。
「ただし、三十分以内に必ず医者にかかること。それから二十四時間、しっかり見てもらうこと」
「もしできなかったら」
「「死ぬと思え」」
「うん、ばっちりね」
シエル様と女性、それぞれが目を合わせて頷く。
戦後のケアも万全、もう全部シエル様一人でいいんじゃないかと思う。
無論、それだと駄目だから私は戦ってるんだけど。
こちらの会話が終わったのを見計らい、勇者が口を開く。
「じゃあ時間も限られてるし、街へ戻ろう。俺が先行する」
「頼んだわ」
前に勇者、後ろにシエル様の布陣。
ゲーム内でも、ここまで安心できる場面は滅多にない。
貴重な経験を楽しんでいると、シエル様が私の背中に手を添える。
「ところでハルカナ」
「はい」
「貴方に渡した薬は、いま作ったポーションを三倍くらいに濃縮したものなの。副作用もより強く出るから、いざって時だけ使って」
「え」
「あと、使ったら必ず私に申告すること。分かった?」
淡々とした説明を聞き、足が止まった。
その様子を見て、シエル様が私の正面へ来て視線を合わせる。
「……ハルカナ?」
「…………」
胸ポケットに手を伸ばす。
小瓶を手に取り、蓋を開けて上下逆さまにする。
もう飲みましたアピール。
「……ハルカナ」
「はい」
「あなたも病院行きよ」
「はい、シエル様……」
こっそり覚悟は決めていたが、いざ明言されると不安が押し寄せる。
両肩をがっちり掴まれ、私は泣く泣く返事した。
要救助者の防衛、クリア。
【シエル特製ペンダント】
ダメージを受けた時、浅い傷であれば徐々に回復魔法する。
着用者がダメージを受けていない状態で他人に触れた場合、他人のダメージを徐々に回復する。
【闇のポーション(即席)】
使用してから三十分の間、全ステータス+30、HPが徐々に回復。
効果が切れてから一時間の間、全ステータス-40。
【シエル特性ポーション:試作品002】
使用してから三十分の間、全ステータス+100、HPとMPが徐々に回復。
効果が切れてから二時間の間、全ステータス-150、MPが徐々に減少。
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