表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/14

好感度イベントの進め方

 シエル様に命を救われた、次の日の朝。


「この時間、至福だなぁ~」


 隠れ家に用意された小さな浴槽に、私は肩まで浸かっていた。


 私の中の、活力のような物__ファンタジア・フロムアビスでは『MP』と呼ばれていたもの__が、身体の中で補充されていくのを感じる。



 私は、転生前は男だった。彼女いない歴=年齢だった。


 そんな私がこの世界では女として生まれたのだから、最初は舞い上がったものだ。

 しかし実際は。


「……意外と興奮しなかったな」


 自分の身体だからだろうか。

 それとも、女として転生したからだろうか。


 服を脱いで自分の身体を触っても、思ったほど楽しくはなかった。


 とはいえ、この身体が自分のものだという満足感と充実感はある。


 斧を振るう筋肉に、他のメイドより一回り大きな胸。

 これ以上を求めるのは、強欲が過ぎるというものだ。


「他の人の身体だったら興奮するのかな」


 城にはシャワー室があったため、他メイドの裸とかは見たことがない。



 試しに、シエル様の裸を想像してみる。


 途端に心臓がドキドキと鳴り、耳の先まで体温が上がるのを感じた。


「や、止めよう! そういうこと考えるのは!」


 音を立てて浴槽から上がり、用意しておいたタオルで身体を拭く。


 寝顔を盗み見るだけでもアレなのだ。

 裸まで想像してたら、いよいよ変態の域ではないか。


 興奮を表すものが身体に付いてなくてよかった。と、心から感じた。



 浴槽を洗った後は、食事の準備。


 今日の朝食は炒めソーセージと食パン。

 せっかく商人から貰った食材だ、使わなければ損だろう。


「朝から忙しいわね」


「シエル様! おはようございます!」


 今日はシエル様から声をかけられても首を痛めない。

 そう何度も怪我して、お手を煩わせる訳にはいかないのだ。


 そんな私の後ろ姿を、シエル様はずっと睨み続けていた。

「シエル様? ご用があれば伺いますが」

「結構よ」


 その後もソーセージを焼き終えるまで、そして朝食を机に置いてからも、シエル様の視線は私に注ぎ込まれる。



 シエル様、なんか変だ。


 そう感じ始めたのは、ソーセージを齧る二口目。

 食事中もずっと、私のことを睨み続けている。


「あの、シエル様。私、何かしました?」

「ふうん。自覚ないのね」


 思わぬ返答が来て、私の心臓がキュッと縮む。


 毎朝シエル様の顔を凝視しているのがバレたのだろうか。

 それとも食事が不味かったのだろうか。

 はたまた、風呂でシエル様のことを考えていたのを見られてた?


 いずれにせよ、まさか好感度ダウンイベントだったなんて__



「昨日のことだけど」


 その一言で、私の頭は回転をガチッと止めた。


「あっ、そ、その節は申し訳ございません!」


 その話かぁ~! なんで女子って回りくどい言い方するんだろう。

 食事の手を一旦止め、背筋をピンと伸ばしてシエル様に向かい合う。


 一方、シエル様は食事の手を止めずに続ける。


「どうして?」

「えっと……なぜ私が弱いのかって話でしょうか」


「なら尚更。なんで貴女一人で戦闘なんてしたの?」

「それは明らかに緊急事態でしたし、それに、あの商人はシエル様お抱えでしたから」


「だから何? 商人には、自分の判断で戦闘や逃走をするよう伝えてあるわ」

「わ、私は、あそこで助けた方がシエル様のためになると」


「そのせいで貴女は大怪我して、服を取り替えて、私に魔法まで使わせた訳だけど」

「うっ、それについては申し訳ございません……」


 シエル様、感情的に見えて意外と理詰めしてくるタイプだったんだ。


 新たな発見に嬉しくなるが、同時に居心地が悪くなる。

 転生前で例えるなら、上司からネチネチと叱られている状態。

 吐きそう。



 私が縮こまっていると、シエル様から溜め息が漏れた。


「私、こう見えて一人でも生きていけるわ。貴女は変なことに首を突っ込まないで。メイドとしての役目だけを果たして」


「で、でも」

「何。私のお願いが聞けないの?」


 鋭い目付きのまま首を傾げるシエル様。

 可愛いと恐ろしいと焦燥感が混ざり、私の中で暗黒料理が完成しそうになる。


 私がシエル様と共にいるのは、シエル様の未来を変えるためだ。


 シエル様のメイドとして少しでもイベント発生に参加すれば、シエル様の印象が良くなるかもしれない。


 シエル様の印象が良ければ、ストーリーが変わって敵対しなくなるかもしれない。



 でもシエル様の言う通り、私の力では敵わない相手なのも事実。


 軽く攻略サイトを見ただけでも

『推奨レベル:70』

 みたいな表記が目に映る。


 私一人が立ち向かったところで、壁のシミが一つ増えるだけだ。



 と、ここまで考えて。


 私の中で、アイデアと疑念が生まれた。


「この食器、片付けておいて。私はこれからの生計について__」

「できません」


 既に会話を終えたつもりであろう、シエル様の言葉を遮る。

 食事を中断して、私も席を立った。


「……何?」

「シエル様」


 私からの反応が意外だったのだろうか。

 珍しく、ビー玉のような透明感のある瞳が、私へと丸く開かれる。


 私はいきなり、頭に浮かんだそれを実行に移した。


「不敬を承知で申し上げます。シエル様は、近い将来、殺されます」

「…………」


 突拍子の無い私の発言を、シエル様は静かに待つ。


「これから、色んなことが起こります。死人が出ます。見たこと無い魔物が出ます。街の人や城の者は、それをシエル様に関連づけます」

「どうして、そんな未来のことが分かるの?」

「……詳細は言えませんが、予言のようなものです」



 攻略Wikiの内容を、この世界の人物に話したらどうなるんだろう?



 今まで、何となく言ってはいけない気がしていた。


 ゲームの住人に、この世界がゲームであると伝えること。


 既にエンディングは決まっていて、それに集束するように時間が流れていること。


 元の私のような上位存在が、それを覗いていること。


 いずれも、世界の在り方を変えるような情報だ。


 良くて笑い飛ばされ、最悪の場合は発狂、からの無差別な殺し合い開始。

 デリケートで、慎重に扱うべき内容なのは確かだ。



 一方、もはや出し惜しみできる状況でもない。


 重要な情報を握ってなお解決できないなら、仲間を増やすしかない。

 そういう意味では、シエル様が最も引き込みやすい存在のはずだ。


 ここで手を打たなければ、私には後がない。気がする。



 そんな私の心情を知らないシエル様は、いつもの睨み顔に戻る。


「分かるわよ、その程度のこと」

「え」

「勇者一行の恨みを買ったのよ、私は。それぐらい、容易に想像できる」


 それどころか自分の死を悟ってる発言に、今度は私が目を丸くする。


「でも正直、貴女もそこまで考えているとは思ってなかった。私の力に見惚れて、衝動的に付いてきたんだと思ってたわ」


 うっ、そこについては図星。


 もっと言えば、シエル様本人に魅了されて付いてきたに過ぎない。


「それに、あんな目に遭っても私から離れない。ちゃんと覚悟してたのね」

「も、もちろんです!」


 嘘を吐いた。一割くらい嘘。

 あんな目に遭うなら、もうちょっと覚悟を固めるべきだったと後悔している。


 それでも、この結論は変わらない。


「私はシエル様と共に生きられて幸せです。この身が潰えるまで、貴女に仕えます」


 シエル様へ近づき、目の前で跪く。

 差し出された右手をそっと取り、甲に口づけをした。



「重い」

「うぐっ」


 鋭い指摘が、私の格好つけたい心にグサリと刺さる。


「けど、貴女の主である私にも責任はあるわ。食事でもして、少し待ってて」


 そう言って、シエル様は自室へと向かう。


「出来ることはやったはず」


 あとは反応を待つのみだ。

 私はその場で、バクバク鳴る心臓を落ち着かせた。


 しばらくして、シエル様が部屋へもどってくる。


「食事しててって言ったんだけど」

「さ、流石にできません。シエル様を待つ間になんて」

「そういうところが重いんだけれど……まあいいわ。ほら首、下げて」


 両手の親指と小指を広げ、シエル様が紐で輪っかを作る。

 見ると、ダイヤ型の紫水晶がぶら下がっていた。


 命令に従って、私は頭を差し出す。


「こちらは?」

「私特製ペンダント。何かあったらそれを握って、私の名前を呼んで。救難信号みたいなものを出すから。それからこれも」


 私にペンダントをかけた次は、親指サイズの小さな小瓶が差し出される。

 ザラザラした表面で、中に何が入っているかイマイチ読み取れない。


「身体強化の薬よ。戦闘前とか、戦闘中でもいいから飲んで。一時的だけど酷い後遺症があるから、乱用は厳禁よ」

「シエル様……」


 小瓶を胸ポケットに入れ、水晶を軽く握る。



「家宝にさせていただきます」

「ちゃんと使いなさい」


 シエル様の睨み顔が、少し緩んだような気がした。

この物語を面白いと思っていただけたら

・ポイント(星)入れ

・ブックマーク

・リアクション

・感想

などなどポチっとしていただくと、すご~~~~~く励みになります。

今後とも、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ