好感度イベントの進め方
シエル様に命を救われた、次の日の朝。
「この時間、至福だなぁ~」
隠れ家に用意された小さな浴槽に、私は肩まで浸かっていた。
私の中の、活力のような物__ファンタジア・フロムアビスでは『MP』と呼ばれていたもの__が、身体の中で補充されていくのを感じる。
私は、転生前は男だった。彼女いない歴=年齢だった。
そんな私がこの世界では女として生まれたのだから、最初は舞い上がったものだ。
しかし実際は。
「……意外と興奮しなかったな」
自分の身体だからだろうか。
それとも、女として転生したからだろうか。
服を脱いで自分の身体を触っても、思ったほど楽しくはなかった。
とはいえ、この身体が自分のものだという満足感と充実感はある。
斧を振るう筋肉に、他のメイドより一回り大きな胸。
これ以上を求めるのは、強欲が過ぎるというものだ。
「他の人の身体だったら興奮するのかな」
城にはシャワー室があったため、他メイドの裸とかは見たことがない。
試しに、シエル様の裸を想像してみる。
途端に心臓がドキドキと鳴り、耳の先まで体温が上がるのを感じた。
「や、止めよう! そういうこと考えるのは!」
音を立てて浴槽から上がり、用意しておいたタオルで身体を拭く。
寝顔を盗み見るだけでもアレなのだ。
裸まで想像してたら、いよいよ変態の域ではないか。
興奮を表すものが身体に付いてなくてよかった。と、心から感じた。
浴槽を洗った後は、食事の準備。
今日の朝食は炒めソーセージと食パン。
せっかく商人から貰った食材だ、使わなければ損だろう。
「朝から忙しいわね」
「シエル様! おはようございます!」
今日はシエル様から声をかけられても首を痛めない。
そう何度も怪我して、お手を煩わせる訳にはいかないのだ。
そんな私の後ろ姿を、シエル様はずっと睨み続けていた。
「シエル様? ご用があれば伺いますが」
「結構よ」
その後もソーセージを焼き終えるまで、そして朝食を机に置いてからも、シエル様の視線は私に注ぎ込まれる。
シエル様、なんか変だ。
そう感じ始めたのは、ソーセージを齧る二口目。
食事中もずっと、私のことを睨み続けている。
「あの、シエル様。私、何かしました?」
「ふうん。自覚ないのね」
思わぬ返答が来て、私の心臓がキュッと縮む。
毎朝シエル様の顔を凝視しているのがバレたのだろうか。
それとも食事が不味かったのだろうか。
はたまた、風呂でシエル様のことを考えていたのを見られてた?
いずれにせよ、まさか好感度ダウンイベントだったなんて__
「昨日のことだけど」
その一言で、私の頭は回転をガチッと止めた。
「あっ、そ、その節は申し訳ございません!」
その話かぁ~! なんで女子って回りくどい言い方するんだろう。
食事の手を一旦止め、背筋をピンと伸ばしてシエル様に向かい合う。
一方、シエル様は食事の手を止めずに続ける。
「どうして?」
「えっと……なぜ私が弱いのかって話でしょうか」
「なら尚更。なんで貴女一人で戦闘なんてしたの?」
「それは明らかに緊急事態でしたし、それに、あの商人はシエル様お抱えでしたから」
「だから何? 商人には、自分の判断で戦闘や逃走をするよう伝えてあるわ」
「わ、私は、あそこで助けた方がシエル様のためになると」
「そのせいで貴女は大怪我して、服を取り替えて、私に魔法まで使わせた訳だけど」
「うっ、それについては申し訳ございません……」
シエル様、感情的に見えて意外と理詰めしてくるタイプだったんだ。
新たな発見に嬉しくなるが、同時に居心地が悪くなる。
転生前で例えるなら、上司からネチネチと叱られている状態。
吐きそう。
私が縮こまっていると、シエル様から溜め息が漏れた。
「私、こう見えて一人でも生きていけるわ。貴女は変なことに首を突っ込まないで。メイドとしての役目だけを果たして」
「で、でも」
「何。私のお願いが聞けないの?」
鋭い目付きのまま首を傾げるシエル様。
可愛いと恐ろしいと焦燥感が混ざり、私の中で暗黒料理が完成しそうになる。
私がシエル様と共にいるのは、シエル様の未来を変えるためだ。
シエル様のメイドとして少しでもイベント発生に参加すれば、シエル様の印象が良くなるかもしれない。
シエル様の印象が良ければ、ストーリーが変わって敵対しなくなるかもしれない。
でもシエル様の言う通り、私の力では敵わない相手なのも事実。
軽く攻略サイトを見ただけでも
『推奨レベル:70』
みたいな表記が目に映る。
私一人が立ち向かったところで、壁のシミが一つ増えるだけだ。
と、ここまで考えて。
私の中で、アイデアと疑念が生まれた。
「この食器、片付けておいて。私はこれからの生計について__」
「できません」
既に会話を終えたつもりであろう、シエル様の言葉を遮る。
食事を中断して、私も席を立った。
「……何?」
「シエル様」
私からの反応が意外だったのだろうか。
珍しく、ビー玉のような透明感のある瞳が、私へと丸く開かれる。
私はいきなり、頭に浮かんだそれを実行に移した。
「不敬を承知で申し上げます。シエル様は、近い将来、殺されます」
「…………」
突拍子の無い私の発言を、シエル様は静かに待つ。
「これから、色んなことが起こります。死人が出ます。見たこと無い魔物が出ます。街の人や城の者は、それをシエル様に関連づけます」
「どうして、そんな未来のことが分かるの?」
「……詳細は言えませんが、予言のようなものです」
攻略Wikiの内容を、この世界の人物に話したらどうなるんだろう?
今まで、何となく言ってはいけない気がしていた。
ゲームの住人に、この世界がゲームであると伝えること。
既にエンディングは決まっていて、それに集束するように時間が流れていること。
元の私のような上位存在が、それを覗いていること。
いずれも、世界の在り方を変えるような情報だ。
良くて笑い飛ばされ、最悪の場合は発狂、からの無差別な殺し合い開始。
デリケートで、慎重に扱うべき内容なのは確かだ。
一方、もはや出し惜しみできる状況でもない。
重要な情報を握ってなお解決できないなら、仲間を増やすしかない。
そういう意味では、シエル様が最も引き込みやすい存在のはずだ。
ここで手を打たなければ、私には後がない。気がする。
そんな私の心情を知らないシエル様は、いつもの睨み顔に戻る。
「分かるわよ、その程度のこと」
「え」
「勇者一行の恨みを買ったのよ、私は。それぐらい、容易に想像できる」
それどころか自分の死を悟ってる発言に、今度は私が目を丸くする。
「でも正直、貴女もそこまで考えているとは思ってなかった。私の力に見惚れて、衝動的に付いてきたんだと思ってたわ」
うっ、そこについては図星。
もっと言えば、シエル様本人に魅了されて付いてきたに過ぎない。
「それに、あんな目に遭っても私から離れない。ちゃんと覚悟してたのね」
「も、もちろんです!」
嘘を吐いた。一割くらい嘘。
あんな目に遭うなら、もうちょっと覚悟を固めるべきだったと後悔している。
それでも、この結論は変わらない。
「私はシエル様と共に生きられて幸せです。この身が潰えるまで、貴女に仕えます」
シエル様へ近づき、目の前で跪く。
差し出された右手をそっと取り、甲に口づけをした。
「重い」
「うぐっ」
鋭い指摘が、私の格好つけたい心にグサリと刺さる。
「けど、貴女の主である私にも責任はあるわ。食事でもして、少し待ってて」
そう言って、シエル様は自室へと向かう。
「出来ることはやったはず」
あとは反応を待つのみだ。
私はその場で、バクバク鳴る心臓を落ち着かせた。
しばらくして、シエル様が部屋へもどってくる。
「食事しててって言ったんだけど」
「さ、流石にできません。シエル様を待つ間になんて」
「そういうところが重いんだけれど……まあいいわ。ほら首、下げて」
両手の親指と小指を広げ、シエル様が紐で輪っかを作る。
見ると、ダイヤ型の紫水晶がぶら下がっていた。
命令に従って、私は頭を差し出す。
「こちらは?」
「私特製ペンダント。何かあったらそれを握って、私の名前を呼んで。救難信号みたいなものを出すから。それからこれも」
私にペンダントをかけた次は、親指サイズの小さな小瓶が差し出される。
ザラザラした表面で、中に何が入っているかイマイチ読み取れない。
「身体強化の薬よ。戦闘前とか、戦闘中でもいいから飲んで。一時的だけど酷い後遺症があるから、乱用は厳禁よ」
「シエル様……」
小瓶を胸ポケットに入れ、水晶を軽く握る。
「家宝にさせていただきます」
「ちゃんと使いなさい」
シエル様の睨み顔が、少し緩んだような気がした。
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