サブイベントの報酬
「痛だだだだだだだだ!」
戦闘が終わった後も、私の苦痛は続いていた。
私とシエル様、両方が地面に座った状態で、シエル様が後ろから抱きついている。
その姿勢のまま私の傷の酷いところ、主に両足に対して、手をかざしていた。
たちまち傷は塞がり跡も残らない……が、それに感動する余裕は無い。
「ぐうぅあああああ! シエル様あああ助けてえええぇぇ!」
「……我慢なさい。放ってたら足が千切れちゃうわ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
正論に弾劾され、私が取れる行動は絶叫のみとなってしまった。
【回復魔法】。
祈祷以外の回復手段の一つ。
習得には高い魔法レベルを要するが、即座に効果が出る強力なスキル。
じわじわ回復する祈祷は、この魔法の存在により影が薄くなってしまう。
というのが、ゲームでの話。
異世界転生してから、回復魔法のとんでもないデメリットが明らかとなる。
「まだですかあああシエル様ああああ」
「もう少し、頑張りなさい」
激痛。
回復魔法に曝された傷の一つ一つから、傷を開いて水洗いした後に塩を塗るような、もしくは足の小指を何度もタンスに打ち突けるような。
とにかく、想像できる限り絶大な痛みを伴うのだ。
しかも何故か、気を失っている相手には効果がない制限付き。
意地悪にも程がある。
「うあああああ、あ、あああぁ」
「……漏らしても止めないわよ」
「あふううぅぅああぁ」
ついでに尊厳も破壊されます。
「商人、消毒草を」
「へ、へい!」
最低限の配慮だろうか。こちらに視線を向けないように、商人が消毒草を手渡してくる。
結局、その後も三分ほど治療は続いた。
少し開けた森の通路、先程まで私が戦っていた場所。
血と涙と汗とアレの水溜まりに浮かぶ私を起こしつつ、シエル様が商人に声をかける。
「それで、何があったの?」
「へい、ミサエル様の元まで物品を届けていたら、急に魔物に襲われて」
「おかしいわね。この辺りは以前から整備してたけれど」
生まれたての小鹿のようにプルプルする私を手離すことなく、周りを見渡すシエル様。
先程シエル様が放った魔法の効果か、鳥の声一つ聞こえない。
虫も視界には映らない。
木々ですら、私たちを避けて揺らめいているように思えた。
「まあ、いいわ。それより物資についてだけど__」
「おっ、戦闘終わった?」
シエル様の言葉を聞きなれない声が遮る。
商人の荷車がゴトゴト揺れ、一人の男が降りてきた。
その男を、私は見たことがある。
「あっ」
「お?」
黒紫色のショートヘアと瞳、青白いピアス、ジーンズに黒いジャケット。
通称、受付。
ゲームではいつも、彼に話しかけてクエストを受注する。
「俺、君と会ったことある?」
「……べつに」
「そうだよね! 君みたいな強いメイドさん、この僕が忘れる訳ないし!」
この世界ではクエストを受ける機会がない、どころか勝手に発生していたため、存在を忘れていた。
確か名前は……
「オーマ殿、なぜ今更! あなたが動いてくれていれば、このメイド殿も」
「いやいや俺弱いから。あんな数の狼相手じゃ、商人さんとガタガタ震えるしかできなかったよ」
「うぐ、ぬう」
そう、オーマ。
裏設定として存在してるけど、ゲームのSNSを漁らないと出てこない情報。
とことん雑に扱われている、明らかにモブって感じの人物。
そんな人物が、なぜ此処に?
商人とオーマの話が盛り上がる前に、シエル様が口を挟む。
「で、物資の件だけど。明日からはこの子に一声かけて。私も対策を立てるわ」
「あ、へい! 仰せの通りに。えっと、メイドのルナ、殿……」
私に目を向けた後、条件反射のように逸らす商人。
おそらく、泥とアレと色々にまみれた私を見るべきでないと踏んだのだろう。
その気遣いが、逆に私を傷つけるけど。
「おまえ、あとで、ころす」
「さ、サービス割引は多めにするのでお手柔らかに……」
私の恨み言にどう返すべきかと、その場でオドオドする商人だった。
商人と別れた後、その場に残ったシエル様と私。
「少し待ってて」
シエル様はそう言い残すと、私が切り捨てた魔物へ歩み寄る。
それに向かってしゃがみこみ、手を当てると
「【レストア】」
と唱え、死体に手をかざした。
問題ないことは頭で分かっていつつ、私はその場で斧を構える。
レストア。
シエル様が使う上級魔法の一つ。
ゲームでは『破損した部分を修復し、以前より強化する』という説明文。
対象の悪い状態異常を打ち消し、防御力を上昇させる効果。
一方で、都合の悪い状態すべてが適応される訳ではない。
例えば『人の死』なんかは__確かに『異常』ではないから__治すことはできない。
だがストーリー上において、そしてこの世界において、シエル様が魔物に対して使うと特殊な変化が起こる。
しばらくすると、魔物がムクリと立ち上がる。
私を瀕死にまで追いやった一端だ。
思わず身体に力が入る。
「……グルル」
「…………」
狼は、襲いかかってこない。
「大丈夫、ちゃんと私が見てるわ。貴女を攻撃したりしない」
他二匹の狼も、同じようにシエル様によって蘇生される。
「さあ、戻りましょう」
魔法の使用を終え、シエル様が歩き出す。
魔物三匹がそれに並走する。
(何も知らない人が見れば、襲われる寸前に見えるだろうな)
魔物と人が共存する異様な光景を前に、私は息を呑んだ。
魔物の蘇生と懐柔。
シエル様が反感を買うこととなった原因、その一端。
使役する魔物が人を傷つけたことで、城と街から追放されることになったのだ。
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