追放後の攻略チャート
【ファンタジア・フロムアビス】。
この世界の元となったソーシャルゲームの名前。
襲い来る魔物と魔王を倒すために勇者が立ち上がるRPGっていう、ありきたりな内容のゲーム。
ある機能を導入したことで、このゲームの評判は地の底へと落ちることになる。
朝日が差し込む一室。
いつもより寝心地が悪い感触と共に、私は床から起き上がった。
木製の床には布団が敷かれていたが、それでも身体はズキズキと痛む。
「……なんでベッドがあるのに、私、床で寝て」
簡素なベッドへ顔を向けた瞬間、私の疑問は弾けて消えた。
同時に、昨日の出来事が夢ではないと確信し、舞い上がった。
そこにあったのは、可愛らしいご尊顔。
「シエル様っ……」
とぼけた寝顔。
白いネグリジェ。
だらしなく毛布から出た、すべすべの足。
「わ、わぁ」
あまりの尊さに言葉を失う。
綺麗な肌に頬擦りしたい。
美しい顔にキスをしたい。
まどろむ彼女の隣に潜り込み、一緒に夢へ沈みたい。
無論、そんな不敬を働けば好感度は地の底だろう。今後のことを考えると、それは避けたい。
「寝顔、ありがたく拝見いたしました」
手を合わせ深々とお辞儀をした後、私は部屋を後にした。
階段を降り、置いてあった野菜で朝食の準備を始める。
街から離れた一軒家だが、意外なことに電気は通っていた。
改めて、私の名前はハルカナ・アノメル。愛称ルナ。
ミストルイン城に仕えていた、半人前のメイドである。
……というのは仮の姿。実は私は転生者、生前は日本人のサラリーマンだったのだ!
まあ、特に何も成し遂げられなかったけど。死因なんて、恥ずかしくて人に話せたものじゃないけど。
トラックに突っ込まれて死んだ、とだけ明言しておく。よくある死因だ。
生前、私はとあるRPGゲームを遊んでいた。ゲームの名は、ファンタジア・フロムアビス。
色々あって、神みたいな存在から
『お前をそのゲーム世界に転生させてやろう!』
みたいなことを言われて、実際に転生することができた。
それからシエル様に拾われ、十年近く仕えている。
城の中でのメイドの扱いはまあまあ雑で、私もよくメイド長からお叱りを受けていた。
そんな中、シエル様だけは私に優しく接してくれた。
掃除中に花瓶を割っても、水の入ったコップを落としても、料理において砂糖と塩を間違えても。
「次から気をつけて」と言い、シエル様は一緒に後処理をしてくれた。
そんな訳で、私はシエル様に恩がある。
彼女が追放されたからといって、そう易々と見捨てたりはできない。
以上。よくある話おしまい。
特筆するべきは、私にとある特権があることだ。
(ウィンドウ表示!)
鍋を暖炉にくべている間、心の中で唱える。
すぐに視界の右端に、青白い半透明のディスプレイが出現した。
そこに書かれている内容を、声を出さずに読み上げる。
『【ファンタジア・フロムアビス】エンディング分岐について』
(中略)
『5.クエスト「城に潜むもの」をクリアする
※クエストクリア後、しばらく女戦士が雇用できなくなる
6.マップの指示に従い、ミストルイン城に入る
7.王に話しかけ、クエスト「聖女裁判」を受注する
8.クエスト「聖女裁判」をクリアする
※聖女を追放する・しないは、選び直すことができない
9.追放した場合 →ハッピーエンド攻略へ
追放しなかった場合 →バッドエンド攻略へ』
(後略)
「はあぁ」
一通り読み終え、重い溜め息を吐いた。
これこそが私の特権、攻略Wiki。生前にあった企業系のそれを、いつでも読むことができる。
そして、ゲームの評判を地の底へ追いやった原因がこれ。エンディング分岐。
ソシャゲというジャンル、選び直せないという制約、手に入る武器や仲間の分岐。
加えて、ユーザーが不満を漏らしても運営は無反応。
元から評価が高くなかったゲームは、この一件で大きくユーザーを減らした。
あの調子では、残り半年も保たないだろう。
「おはよう」
後ろから綺麗な声がして、全力で後ろを振り返る。コキ、と首から嫌な音がした。
「お゛っ……はようございます」
「話しかけないほうがよかった?」
「いえそんな! これは私の不手際で」
「動かないで」
シエル様は私の横まで寄り、痛んだ首下に手を当てる。
「ほ、本当に大丈夫ですから! そんな心配は__」
「地脈よ、かの者に祝福を与えたまえ」
触れられている部分がほんのり熱くなり、スッとそれが収まった__と思ったら、同時に痛みも引いていた。
ゲーム内では【祈祷】と呼ばれていたスキル。
この世界に来てから、しかも戦闘以外で体感したのは初めてだった。
「食事、作っているんでしょう。私のせいで味が落ちたって言われたら、気分が良くないもの」
「しっ……シエル様~!」
「いいから作って」
お礼しようとする私を片指一本で静止するシエル様。
私に向けるその視線は、最後まで警戒してるような睨み顔だった。
出来上がった野菜スープを、シエル様と二人で飲む。
本当はシエル様が食べ終えるまで側に立っているのがメイドのマナーなのだが
「見張られてるみたいで食べにくいわ」
とのことなので、流れで同席することになった。
スプーンで救って口に持っていくシエル様の所作は、見ているだけで高貴な気分になる。
生前ゲームを遊んでいた頃から、こういった彼女の立ち振舞いが好きだったのだ。
それが目の前で現実として存在していることが、未だに信じられない。
(けど、この幸せは、いつまでも続かない)
シエル様の様子も気にしつつ、私は攻略Wikiへと視線を向ける。
『ハッピーエンド ルートのイベント発生場所と攻略チャート』
(中略)
『クエスト「堕ちた聖女」攻略と倒し方』
(中略)
『・聖女本体について
聖女本体は、取り巻きと違って耐久力は高くない。集中攻撃で一気に畳み掛けよう』
(後略)
近いうちに、シエル様は敵となって倒される。
その後に魔王ってヤツも倒されて、世界はハッピーエンドだ。
攻略Wikiの色んなページを漁ってみたが、聖女と和解するようなシナリオは存在しない。
もちろん、生前のゲーム上でも見たことはない。
(それでも、私は認めない)
世界はハッピーエンドへ向かう。
シエル様と私もハッピーエンドを迎える。その時まで、私は抗い続ける。
何故なら
「ハルカナ」
またしても不意に声をかけられ、身体がビクッと反応する。
「はい!」
「食事に集中しなさい。この先の暮らしが不安なのは分かるわ。でも、だからこそ今は、味を楽しんで苦痛を忘れることよ」
「シエル様……! はい!」
閉じた攻略Wikiを放置して、私はシエル様に従う。
こんなにも、私の身を案じてくれる方なのだ。
こんなにも美しい方なのだ。
シエル様が、バッドエンドを迎えていい訳がない。
ゲームで見ていた時からクールな言動が好きだったが、現実で会うと尚更愛が込み上げてきた。
一目惚れというには長すぎて、恋心と呼ぶには浅すぎる感情だった。
そして、不思議に思う。
こんなに綺麗で美しく優しいシエラ様が__なぜ、『魔物を使役して勇者の仲間に致命傷を負わせた』のだろう?
食事を終え、シエル様は自室へと向かった。私は食器を纏めながら、攻略Wikiに目を向ける。
シエル様が追放された、次に発生する出来事は。
『サブイベント「聖女お抱えの商人」攻略チャート』
「よし」
次の目標も決まり、私は雑用のために外へ出た。
この物語を面白いと思っていただけたら
・ポイント(星)入れ
・ブックマーク
・リアクション
・感想
などなどポチっとしていただくと、すご~~~~~く励みになります。
今後とも、よろしくお願いいたします。