まだ見ぬ強敵と出会った時には
西の森。
ミストルイン城下町の隣にある、巨大な森。町の人や勇者の活躍により一般道が開通しており、そこから外れなければ危険性は低い。
森を抜けた先には小さな町があり、勇者の生まれ故郷はそこである。
そんな西の森で、子供が迷子。
ただの人探しで終わるはずもなく。
(ウィンドウ表示)
勇者達に同行しつつ、開いたウィンドウに目を向ける。
『クエスト「校外学習の災難」攻略チャート』
(中略)
『推奨レベル:80』
(中略)
『1.西の森に入り、茂みの抜け穴へ進む
2.子供を囲む魔物を全て倒す
3.ムービーイベント発生後、登場するボス【フェンリル】を倒す
4.町へ戻った後、受付のオーマに報告する
魔物一覧
・フェンリル(Lv.80)×1
・狼(Lv.35~40)×1~
・カラス(Lv.35~40)×1~』
(後略)
この下にも、様々な魔物の種類がずらっと羅列されている。
(私一人じゃ、まず絶対に勝てない)
だから今回、勇者と合流できたのは非常にタイミングが良かった。
このクエストで、シエル様を助けるヒントが得られるとは限らない。
それでも、魔王登場のシーン……つまり、シエル様が敵対するきっかけに立ち会うことができるのなら。
("なぜシエル様が対立することになるのか"、その理由が分かれば)
少しは運命に抗えるかもしれない。
そんな期待を胸に秘めていると、ふと勇者が足を止めた。
「少し待っててくれるか?」
そう言い残し、道の横に並ぶ鍛冶屋へと立ち寄る勇者。
「おーい、叔父さん! いるか?」
「はいよ勇者様、何か用か?」
勇者の呼び掛けに応え、渋い声のおじさんが店から出てくる。
両手には分厚い手袋、下は作業着のズボンだが、上は白シャツ一枚。
頭には白いタオルを巻いている、何とも分かりやすい格好。
「緊急事態だ、昨日頼んだ武器って出来てるか?」
「ああ、それならここに寝かせてある。まだ最終調整が」
「ごめん、ちょっと借りてく!」
武器について語るおじさんを遮り、さっさと鍛冶屋を後にする勇者。
その手には、金色の大斧が握られている。
刃の輪郭をなぞるように赤色の線模様が施されており、切っ先とその周囲は黒く加工されていた。
「ルナ、これを!」
「わっ、私にですか!? でも鍛冶屋の方は__」
「おいふざけんな勇者! 調整が終わってないと言って」
「悪いって! 後で返すから! というわけでほら、さっさと装備して!」
半ば押し付けられるように、勇者から斧を受け取る。
薪割り用の斧よりずっと重く大きいはずなのに、自然と手に馴染む。
大斧ボルタクス。
元のゲームでも、かなり強い部類に入る武器。
特殊な効果として、持っていると雷魔法の技の威力が上がる効果がある。
単純に言えば、私にピッタリの武器。
武器の性能を思い出すと同時に、後ろから怒声が響いた。
「おい女ぁ! それ壊したら承知しねえからなぁ!」
「勇者様、ああ言われてますけど! 本当にいいんですか!?」
「気にすんな、最悪俺が土下座する!」
「気にしますよそれは! それに私、斧が得意ってわけじゃありませんよ!!」
「えっ」
「…………」
「…………」
「……手に馴染んではいますけど」
「なら良し!」
間違っても壊さないように、無くさないようにしなければ。
心に誓っていると、先頭を走っていた先生の足が止まる。
「この門から森へ入りました。しかし……」
「案内感謝する。ライラ、ルナ、行くぞ」
心配そうに見守る先生を置いて、私たち三人が駆け出す。
森へ入ってすぐ、私は胸ポケットの水晶を握りこんだ。
(__シエル様)
攻略Wikiを鵜呑みにするなら、これから相手するのは『フェンリル』。
私じゃ話にならないくらい強い相手。
ならば、今のうちに__また危ないことに首を突っ込んだのかと怒られるだろうが__水晶に名前を唱えておくべきだろう。
しばらく進むと、魔物がゾロゾロと正面から襲いかかる。
「いつもより多いな」
「そうなんですか?」
「日中、この森では魔物が出にくいはずなんだが」
左から順にカラス、狼二匹、カラス、スライムの塊。
まるで統率の取れない兵士のように、バラバラで向かってくる。
「ルナは左、ライラは右を! 俺は正面から行く!」
「「了解!」」
言われたとおり、左端のカラスに狙いを定める。
真っ黒な翼に充血した赤い瞳。その辺の動物とは別格の殺気。
「せいやぁっ!」
魔物との距離を見計らい、斧を斜めに振り下ろす。
スパンッ、という子気味といい音と共に、カラスの身体が二つに割れた。
「次!」
遅れて走ってくる狼へ、叩きつけるような一撃。
だったのだが、
『ガゥ__』
ズバァ、という重々しい音。
狼の頭を易々と裂き、私の斧は地面に刺さる。
「うわ、切れ味が違う……」
この感覚を覚えてしまうと、もう薪割り用の斧に戻れない。
軽く戦慄していると、軽く肩を叩かれる。
「ルナ。大丈夫か?」
「あ、すみません。ちょっと武器に驚いてて」
勇者とライラも、目の前の魔物を倒したらしい。
それぞれの魔物が両断され、焼け焦げている。
「ふっ、そうだろう。一流の戦士というのは__」
「ブレイヴ、さっさと行くよ。ルナの身体を狙うのは後」
「ばっ、だから狙ってねーよ!?」
カフェに居座ってたときと同じライラの口調だが、雰囲気は真剣そのもの。
勇者の返答を待たずに、さっさと森の奥へ入っていく。
「勇者様、私たちも」
「狙ってねえからな!?」
「先に進みますよ」
男性諸君、女性は以下略。
その後もしばらく歩くと、少し開けたところに出た。
「ここまで人影無し、ですか」
「参ったな。このまま進むと隣街だぞ」
「いっそ、スレイさんがそこまで辿り着いたという可能性は?」
「無くはないが、それなら街から何か反応があるだろう。あまり期待しないほうがいい」
私と勇者が話していると、前のほうでライラが屈む。
「何か見つけたか?」
「これ」
「髪飾り、でしょうか」
花弁がオレンジ色の向日葵が可愛らしい、小さな髪飾り。
親指より小さいくらいのサイズで、存在を知らないと見落としてしまいそう。
「これ、スレイの」
「本当ですか!?」
「私が誕生日に作ったやつ。間違いない」
ライラが髪飾りを拾った辺りを見ると、いくつか足跡が残っていた。
小さな子供のものと、成人した大人くらいのもの。どちらも、近くの茂みへと続いている。
草木を掻き分けて覗いてみると、足跡はさらに奥へと進んでいた。
「ルナ、どうした?」
「足跡です。二人分で、片方は子供」
私の言葉にライラが首を傾げる。
「二人? スレイの他に先生が同伴していたとか?」
「そんな話はされていませんでしたが」
いずれにせよ、確認してみれば分かることだ。
私たち三人は顔を合わせて頷くと、より深い森の中へと足を進めた。
謎の答えは、思っていたより早く明らかになる。
「あっ、子ども! それにオーマさんと……シエル様!?」
数十分ほど足跡を追いかけた、人の手が入っていない森の奥。
そこには赤毛の子供、血塗れの狼、オーマ。それから、滅多に外で見ないシエル様がいた。
「ハルカナ」
「……」
「……」
沈黙が気まずい。
私達の関係を知らないオーマが、横で話を進める。
「ああ、救援かい? 助かったよ。誰か包帯を持ってない?」
「スレイ、何その左足の怪我! 何があったの!?」
「焦るなライラ。まず治療だ」
子供はぐったりしており、左足から大量の血を流している。
微かに胸が上下しており、まだ息はあるようだった。
「ああもう、このローブで止血できるかな……」
「ライラさん、私が代わります」
ライラが上着を脱ぎ、私がそれを受け取る。
斧で切れ目を入れ、細く破り取る。それを包帯代わりに、血が溢れ出る傷口をきつく縛った。
それから、少し上の血管も絞める。
「ありがと、手際いいね」
「いえ、それよりライラさんのローブが……」
「命に代わるなら安いものだよ」
自分の妹__スレイが見つかったからか、少し緊張が解けた様子のライラ。
それでも、まだ窮地は脱していない。
「オーマ、状況は?」
「森を歩いてたら、女の子の悲鳴が聞こえてね。駆けつけたら、この子が倒れてたんだ」
「私も似たような状況よ。オーマさんとこの子を見つけたの」
オーマの顔や手には擦り傷がついているが、大きな怪我はしていないようだった。
シエル様も、足元が泥で汚れている以外に変化はない。
話している間、私の中でずっと引っ掛かっていることがあった。
(私が見つけた足跡は、二つ)
片方は子供、スレイのものだろう。なら、もう片方はどちらのものだろう。
(……まあ、別々の方向から合流したんだろうな)
あまり深く考えることじゃないだろうと、私は首を振った。
「森を抜けるぞ。オーマは俺と。ライラと聖女様はその子を運んで。ルナ、先行できるか」
「問題ありません」
役割を与えられ、斧を握る手に力がこもる。
私は早速、来た道を戻ろうと後ろへ振り返った。
そして、『ソレ』と目があった。
「え」
「どうしたルナ、何か__」
通ってきた道を追従するように、巨大な魔物が顔を覗かせる。
「嘘でしょ、こんなところで!?」
三メートル越えの身長。
紅い瞳。
龍の鱗を想起させる体毛は、上が黒、下が白で分かれている。
爪は一メートルほど伸び、身体の周りに不気味な黒いオーラを纏っていた。
「話には聞いていたが。ここで遭うことになるとはな、『フェンリル』」
それまで倒してきた狼とは訳が違う。
神話生物の名を冠した、体格も強さも桁違いな魔物。
なのだが。
フェンリルの体毛は『青と白』である。
(ただのフェンリルじゃない)
転生前のゲームでは、攻略できなかった相手。
「闇を司るフェンリル……ダークフェンリル」
倒せたプレイヤーを数えたほうが早い、そんなレベルの相手。
「ふっ、腕がなる」
「スレイ……」
前へ出る勇者と、スレイを庇うように後ずさるライラ。
『グオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛__』
咆哮が、ビリビリと私の骨を萎縮させた。
裏ボス・ダークフェンリルとの戦闘が始まる。
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