取り返しのつかない要素
これが最善の選択だ。
「聖女シエル! かつては魔物の使役、及び懐柔により支持を集めたようだが」
シナリオは、これでハッピーエンドへ向かうようになる。
「勇者一向への反逆、並びに魔獣管理の不手際により__お前をミストルイン城、及び街から追放する!」
「仰せのままに」
それなのに。
どうして私の心は、こんなにも落ち着かないのだろう。
王の護衛として、隣に立たされている銀鎧の勇者。
抵抗する様子の無い聖女。薄い水色のフォーマルドレスに身を包むその姿からは、溢れんばかりの気品を感じる。
「聖女様、私たちを騙してたの?」
「可愛い魔物もいるんだなって思ってたのに」
「でも聖女様、話を聞いたら焦ってたぞ」
「どうせフリだろ、やはり魔物は敵なんだ」
ホールの角で、事の成り行きを見守るメイド達。
聖女を連行する兵士。
全て、攻略Wikiに書いてあった通りの内容だ。
このままシナリオが進めばハッピーエンド、なのだが。
聖女がホールを出て十数秒後のことだった。
「シッ……」
張りつめた緊張に抗うような、か細い声。
「シエル様っ!」
メイドの一人が、他メイドを押し退けて飛び出す。それから一目散に、聖女が出ていった扉から後を追う。
彼女以外に、その場から動いた者はいなかった。
肩までは伸びていない黒髪に、右こめかみから金のメッシュを垂らしたメイド。
追放されるような罪を犯した聖女の、その後をついていく変わり者……それが私だ。
「シエル様!」
後ろ姿が見えて、必死に聖女の名前を呼ぶ。応答はない。
「シエル様っ、私も! 私もあなたと共に、この城を出ます!」
その言葉で、ようやく彼女の足が止まる。両脇の甲冑兵士が、面倒そうに私と聖女へ振り向いた。
「あなた、名前は」
「はっ、ハルカナ・アノメルです! 周りからはルナと」
「ハルカナ。よく聞きなさい」
聖女は振り替えると、顔を私の目の前までグンと近付けた。
腰まで伸びた青銀色の髪が鼻孔をくすぐる。藍色の瞳は細められ、私のことを睨んでいる。
「不敬を認め、王の下へ戻りなさい。今ならまだ、謝れば許してもらえるでしょう」
聖女に見つめられ、私の鼓動は高鳴っていた。
理由は、恐怖ではない。
「それはできません」
「……何故?」
「私は、シエル様、あなたに仕えたいからです」
憧憬と感動で、呼吸を整えるのもやっとだった。
「シエル様のお顔が好きです。シエル様の力に憧れています。シエル様のいない城に仕えるなんて、想像できません」
「……フン、興味ないわ」
聖女は私から視線を外すと、再び城の外へ向かって歩きだした。
その後ろ姿が、どうしても寂しいものに見えて
「私には、シエル様に拾っていただいた恩があります!」
その場で叫んだ。
「たとえ世界のすべてを敵に回しても! 私はシエル様についていきます!」
売れないラブソングみたいだな、と我ながら思った。
「私には、あなただけに従いたいのです!」
それでも、これ以外に言葉は見つからなかった。
聖女の足は止まらない。
「言ったでしょ、興味ないって」
その返答に、膝から崩れ落ちてしまった。
悲しい。切ない。どうしようもない気持ちに涙すら出なくて、閉じた瞼に力が入る。
でも、それは私の勘違いで。
「……いつまで止まってるの、ハルカナ」
急に名前を呼ばれて、私は顔を上げた。
声の主は、もちろん目の前の聖女。
「ついてくるな、とは言ってないわ。あなたの事情は興味ない。好きにしなさい」
「しっ……シエル様ぁー!!」
顔はグチャグチャのまま、思わず聖女の横まで駆け寄る。
「顔は拭きなさい」
「仰ぜのままにっ……!」
視線を合わせようとしない聖女の横を歩き、袖で顔をゴシゴシと拭う。
兵士二人の「コイツ、マジかよ」という視線に、構っている暇はなかった。
一方、聖女を慕うメイド__ハルカナが出ていった直後の、大ホールにて。
「おいメイド、何を!」
「王、お止めください」
怒り立つ王と、それを静止する勇者。
「ヤツは、あの裏切り聖女に肩入れしているのだぞ! 見過ごせと言うのか!」
「敵にメイド一人が増えたところで変わりません。それに、彼女の説得は時間の無駄です」
シンと静まり返るホール。それ以降、目立った動きをする者は現れなかった。
ミストルイン城から追放された聖女と、自ら出ていったメイド。
彼女たちがどんなバッドエンドに辿り着くのか、今は誰も知らない。






