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第7話 傍にいたい、ただそれだけなのに

 隊長と守護王の補佐役としての仕事の量は、私の想像をはるかに超えていた。


「霜月隊長、こちらの書類の確認と署名をお願いできますでしょうか」

「あ、はい! 後程目を通すので、その束の上に置いておいてもらえますか?」


 部下となった隊員が礼をして退室していく。


 これが確か政務官に今日までに渡す資料で、そっちのが財務官への申請書だから……。

 自分の署名を書いた書類を畳の上に並べて、墨が乾くのを待つ。

 その間に棚から経常表を取り出して計算し、申請書へ記載してそれにも署名をする。


 伊織様はこれを一人でやっていたんだ……。

 隊の稽古つけに加えて、巡察当番表の作成、隊員からの報告を受けて、守護王である零様への報告書を作成する。

 これが催し物や儀式の時期と被るとこなせないので、私はなんとか「早め行動」を心がけて進めていった。


「──っ! こほっ! こほこほっ!」


 署名を書き終えた瞬間、私は咳き込む。

 今日の夕刻に緊急で向かった妖魔退治の最中に、相手の妖気の攻撃を一部吸い込み、呼吸をやられてしまったのだ。


「ごほんっ」


 先程台所に行ってはちみつ緑茶をもらったが、まだ喉の違和感は取れない。

 喉に手をやってさすりながら、もう片方の手で次の申請書を書類の束から取り出した。


 これ、どういう意味なんだろうか。

 他の書類を当たってもわからない記載があり、私は顎に手をやりながら考え込む。

 ちらりと外に目をやると、もうすっかりと日が落ちていた。


 確認すると、その記載事項はどうにも零様へ尋ねなければならなさそう。

 私は立ち上がって零様の部屋へと向かうことにした。



「零様、今よろしいでしょうか?」


 ふすまの外から尋ねてみる。

 しかし、少し待ってみても返答がない。


「零様、いらっしゃいますか?」


 ──やはり、返事がない。

 私はそっと中の様子を窺うが、部屋の中は暗く何も見えない。

 ゆっくりと部屋に入っていくと、奥にある書斎机で頬杖をつきながら目を閉じている零様がいた。


「零様……?」


 静かに寝息を立てている彼を見て、思わず心臓が飛び跳ねた。

 いつも厳しい彼の可愛らしい寝顔は、私の恋心をくすぐって鼓動を速くさせる。


 少しならいいだろうか。

 私は彼の寝顔をじっと見つめてみた。

 整った顔立ちに長いまつげ、長い黒髪に雲間から顔を出した月の光が当たって輝いて見える。

 持っていた書類を胸元にぎゅっと握りしめ、私は俯いた。


 ああ、やっぱり私は彼が好きだ……。

 「運命」の相手がいる彼だとわかっていても、好きになってしまった。

 零様の仕草も、声も、優しさも、全部が好きでたまらない。


 その艶やかな黒髪に触れたくて、私はつい手を伸ばしてしまった。

 指を滑らせたその瞬間、低い声が私の耳に届く。


「お前は男の寝込みを襲うのが趣味なのか」

「──っ!!!!」


 私は慌てて手を引いたが、その反動で体が後ろに倒れていく。


「あっ!」

「──っ!」


 思わず声が出た。

 そして倒れる直前に零様の腕に寄って支えられる。


「たくっ、お前は」


 零様に支えられた後に、後ろにあった机の角で頭を打ちそうになっていたことに気づいた。

 助けられたあの日のように逞しい腕に支えられて、私は思わず赤面する。


「ありがとうございま……っ!!」


 零様にお礼を言って離れようとした時、彼に寄って押し倒されてしまう。


「零、さま……?」


 暗い部屋で光る青紫色の瞳は、私をじっと見つめていた。

 その瞳に捕らわれるように、私は動けず息が止まる。


「男を誘惑するのにうまくなったな」

「ゆ、誘惑なんて……!」

「無自覚か」


 低くお腹に響く声は、私の鼓動をさらに速くした。

 だめだ、このままだと彼に飲み込まれてしまいそうになる。


 私は腕を振り払って急いで起き上がると、頭を下げた。


「申し訳ございませんでした!」


 そのまま慌てて部屋を後にしようとする。

 だが、そこでお礼を言っていないことに気づき、振り返ってお礼を言って自室へと急いだ。


 息を乱しながら早足で廊下を歩く。

 ようやく部屋についた瞬間、ふすまを一気に閉めた。


「はあ……はあ……」


 私はその場にへたり込んでしまう。


 なんだったの、あれ……。

 零様に掴まれた腕の感触がよみがえってきて、脳内が零様で溢れる。



『男を誘惑するのがうまくなったな』



 からかわれたのかもしれない。

 触れられたその手が熱くて、あの煽情的な瞳が頭から離れない。


 まだドクドクと鼓動は鳴りやまない──。


 好きという気持ちが溢れて止まらない。

 苦しくて苦しくて、でもそれ以上に、彼にこの想いを伝えられないのが辛い。


「だめ、私はただの部下で……」


 彼の心に入ることは許されない。

 隣に立つことも、私にはできない。

 それなのに、零様を想ってしまう。


「どうしたら……っ!!!」


 その瞬間、急に先程とは比べ物にならないくらいの息苦しさに襲われる。


「んぐっ……ごほっ……」


 咳き込んで息を吸おうとしてもうまくできない。


「はあ……はあ……」


 やがて視界がぼやけてきて、段々暗くなっていく。

 ああ、死ぬのかもしれない。


「零、様……」


 私は彼の名を呼んだのを最後に、気を失ってしまった──。

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