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第1話 届かぬ恋慕

「──ぃ……おいっ! おい、凛!」

「は、はいっ!」


 声をかけられて私はびくりと肩を揺らした。

 つい考え事に夢中になってしまうこの癖をどうにかしたいが、もう昔からだ。

 のどかでよく晴れたこの日、この国で一番華やかな日が訪れる。

 ──「春の麗香式」

 「春の国」と呼ばれたこの国は、一年中暖かな気候で過ごしやすい。

 噂によると、一年の中で気候が変わる国があるというらしいが、私はこの国を一度も出たことがないためわからない。


「ほら、ぼーっとするな。零様がいらっしゃるぞ」


 私は襟を正して背筋を伸ばすと、少し離れた屋敷の中から背が高い男性が姿を現す。

 縁側に立つ彼は、儀式用の装束に身を包み、青紫色の瞳が輝いている。

 庭で彼を出迎えた都の貴族様たちは、頭を下げた。


 すると、零様は私のほうを見て目を細めた。


「え……」


 そこで初めて私は、護衛兵たちの中で自分一人が立っていることに気づく。


「おいっ! 凛っ! 何してる!」


 そう言った私の教育係である上司は、私の頭を押さえつけて無理矢理に跪かせた。

 思わず見惚れてしまっていて所作を忘れた、とは言えない。

 何事もなかったかのように零様は私から目を逸らすと、ちらりと奥の部屋を確認した。

 そうして、彼もまた同じように跪き、中から現れる人物を待つ。


 わっと貴族様たちの声があがった。


「──っ!」

「いらっしゃるぞ」


 小声でそう伝えられて、私もその方をじっと見る。

 簾が上がって、中から一際美しい女性が現れた。


「やはりお美しいな、『桜華姫』綾芽様は」


 私が零様に見惚れていた時のことを棚に上げておきながら、上司は綾芽様への賛美の声をあげる。

 だが、上司がそう思うのも無理はない。

 いや、彼だけでなく綾芽様を見た者は例外なく見惚れ、その美しさにひれ伏すだろう。

 綾芽様の艶やかな赤い着物には、桜や毬などの刺繍が施されているが、それに負けない綾芽様のにじみ出る端麗さ。

 女の命である髪は、私よりもはるかに長く、太陽の光を受けてまるで絹のよう。


 そんな綾芽様とはまた違った秀麗さを持つ彼──零様は、すり足で綾芽様に近づく。

 籠を手渡すと、綾芽様が一歩前に出て、目の前に跪く貴族様たちに声をかける。


「皆さん、また今年もこの日を迎えることができました。1000年前に『桜華姫』と『守護王』によって平和がもたらされたあの日から、絶え間なく続くこの穏やかな日が、これからも続きますように」


 籠から桜の花びらを掬いあげると、綾芽様はそれをふわっと舞い上がらせる。

 それを合図に貴族様たちはそれぞれに声をあげて、この良き日を祝う。


 舞い散る花びらの景色の中、私は彼を見つめる。


 『守護王』天城零様──。

 六年前に私を妖魔から助けてくださり、そして拾ってくださったお方。

 あの日からずっと密やかに彼を恋い慕ってきた私は、彼の端正な顔に視線をやった後、自分の小さな手の平を見つめる。


 落ちてきた桜の花びらを眺めて、もう一度彼に視線を向けた。

 私の命の恩人、そして、私の想い人。

 慕い続けて彼を想うだけで胸がいっぱいになる。


 私は胸元を握り締めて、六年前に私を見つけてくださったその瞳を見つめる。

 けれど、彼の瞳に私が映ることはない。

 代々『守護王』が結ばれるべき「運命」の相手は、1000年前に共に魔物を封印して結ばれた『桜華姫』の生まれ変わりと決まっている。


 零様はおもむろに立ち上がると、綾芽様の隣に立つ。

 そんな彼を見上げて、綾芽様は微笑んで彼に寄り添う。



 あの日に抱いた淡い気持ちも、どんどん大きくなっていって胸を焦がす。

 ずっとあなたを見つめていたい。

 あなたの隣に立ち、共に生きていきたい。

 それでも……。


 それでも。

 あなたの隣にはもう、大切な人がいる──。


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