24:嘘つきについて
十五時のチャイムとともに文化祭という一大イベントの幕は降りた。今は文化祭で使用したものの片付けを行なっている。文化祭が終わったといっても、片付けが終われば後夜祭が始まるから今日という一日はまだ終わっていない。
飾り付けを取り外し、ゴミをまとめ、机を戻す。使用したものでまだ使えるものがあればとりあえずまとめておく。
羅列すればこれだけだが、規模が規模だからなかなか大変だった。どれくらいかかるのかとしんどい気持ちで取り組んで、ようやく教室は元の姿を取り戻し始めていた。
教室にいる生徒は周りの人と雑談を交えながら片手間で作業をしている。
が、その空気が一瞬で壊された。二人の女子生徒によって。
その二人は教室のドアをくぐり抜けて俺の前まで歩みを進める。
「清原、ちょっと話があるんだけど」
「なに?」
来たか。
ここでくるとはな。確かに生徒が集まっていて、発言が多くの人に届くタイミングだが、自分の教室の片付け手伝えよ。
ていうかいつの間に敬称がなくなったんですか、陽波さん?まるで敵意丸出しじゃないですか。
「あなた、嘘をついたのね」
「なんの話?」
「とぼけないで!私があなたのそばにいてあげるからこの子には手を出さないでって言ったじゃない!」
泣いている小山に優しく手を添えながら、陽波は声を荒げて言う。そんなような声を初めて聞いたクラスメイトは驚いた表情でこちらを見つめてきた。
そんな声、前回を含めても初めて聞いたな。相当お怒りなのかな?
ていうか、全く同じ手で来るのか?こちらとしては全くもってありがたいが。
「ごめん、全然心当たりがないんだけど」
「あなたこの子の弱みを握って脅してたでしょ。代わりに私がやるからって約束したのに、破るなんて最低!そこまでして自分に羨望を集めたいの⁉︎」
おいおい、大人しく聞いてたらほんとに全く一緒じゃん。
ほんとに助かったよ。これからずっとアンテナはって気を配らないといけないと思ってたから、こうやってきてくれるならすぐに終わらせられる。
「だから、一体なんの話してるかわからないんだけど。何か証拠でもあるの?」
「ないわ。でも、確かに約束したし、この子も相談してきたのも本当。そうやって言って誤魔化そうとしてるでしょ!」
周りがざわついてくる。近くの人と耳打ちしたり、あるいは黙って聞いていたり、何にせよこちらには関与してくる気配を見せないまま。
絶対的な自分への信頼、自分自身からそれと周りからの。
ほんとに強みを活かした良い作戦だよ。周りの人は俺に侮蔑の目は向けても心配の目などは見せない。もう俺が悪いと思い込んでいるから。
「俺はそんな約束はしてない。そもそも俺が握った小山さんの弱みって何?」
「この場で言えるわけないでしょ!」
「君もそうやって隠そうとしてるんじゃないか?」
「ふざけないで!私がそんなことして何の得があるって言うの?もう白状して!」
そりゃそうだよな。言えるわけないよな。今ここで言えば、ここにいる全員にバラすことになるから。何より、そもそもそんなものはないから。
でも、そうだな。お前がこんなことして何の得があるかはわからん。さっぱりだ。それは俺には言えないな。
俺が次の言葉を言おうと思った瞬間一人の生徒が俺と陽波の間に入ってきた。
夢花!なんで、ここに⁉︎
夢花は手を広げてまるで俺を庇っているような様子を見せる。
「やめて!拓斗は何もしてない!」
力強い声ではっきりと陽波に言い放つ。夢花を除いたこの場にいる全員が驚いた表情でその様子を見る。
夢花は信じてくれるんだな。それに一回目とは違って今回ははっきりと守ってくれている。
やっぱり夢花もなのか?いや、今はそうじゃないな。
俺は夢花の肩に優しく手を置いた。
「拓斗・・・・・・」
「大丈夫!」
心配そうな顔で俺を見つめる夢花に微笑んで答える。夢花が手を下ろすと俺は夢花の前に出た。
「あー、ほんとにあいつが言ってた通りなんだな。信じたくなかったけど」
「な、何を言ってるの?」
お、今までと若干雰囲気が変わったな。嫌な予感でもしたか?それとも何か心当たりでもあるのか?
「いや、友達が教えてくれた通りだなって思って」
「そうやってまた誤魔化す気?」
表情が若干曇ってきてるよ?大丈夫?
やっぱりなんか心当たりでもある?
例えば、今ここにいるはずだった人とか。
「証拠ならあるよ。わざわざ送ってくれたから」
俺はポケットに入れていたスマホを取り出す。
本来は片付け中スマホの使用は禁止だけど、自分の身を守るための緊急時だから目を瞑ってください、先生。
ロックを開けて音量を上げ、音声を流して陽波に画面を向ける。この事件の決定的な証拠を。
「陽波さん、ほんとにやるの?」
「当たり前でしょ」
「やっぱり、俺にはできないよ。友達の清原に小山さんを脅してたなんて嘘をついてあいつを陥れようなんて。そんなことしたらあいつの居場所はなくなる。ごめんだけど、俺は降りさせてもらう」
「何言ってるの⁉︎あれだけ協力しておいて今更自分は無関係だって言い張る気⁉︎」
「それはこんなことをするためなんて思わなかったからだ。初めから知っていたらこんなことしなかった」
「嘘ついてんじゃないわよ‼︎逃げようとするな‼︎」
「嘘じゃない!ごめんだけど、俺にはできないから。それじゃ」
録音はここで終了した。画面は終始真っ暗だったが、陽波をはじめとして小山も、周りの生徒もスマホに注目していた。
聞こえてきた音声の登場人物は二人。
一人はここにいない人物、中取。それと、さっきまで堂々と演説していた陽波だ。
陽波は小山から手を離して周りを見渡しながら一歩下がる。そして怒りに表情を歪めた。小山は戸惑いながらただ、陽波の顔を見ている。
「あいつ‼︎」
わー、おっかない。一体全体誰に対して、何に対して怒ってるんだろう?
いや、わかってるが。
この録音は俺がお願いして撮ってもらったものだからな。少々あることと交換でだが。
◆
時は遡って少し前。俺が記憶を取り戻し、少しした後の文化祭中。
俺は一人で待っていた。あの三人が話をしていた場所、俺が記憶を取り戻した場所で。ある人物を、俺が勝つための。
人の多いこの中で特定の人物を探すとなるとそれなりに時間がかかる。しかし、今回は早さが命。間に合わなくなるわけにはいかない。
そのために今日はスマホの使用が可能だったからメッセージを送って呼び出した。話があると言って。この場所を選んだ理由は、人が少ないのと、より早く理解してもらうためだ。
スマホを見ているとやがて足音が聞こえてきた。それは次第に大きくなっていく。
どうやらきたらしいな。
スマホを下ろして確認する。やはりそれは目的の人物だった。
「な、なんのようだ?清原」
中取りは片手をあげて作り笑いのような顔で述べる。
この様子だったら、もしかしては思ってるのか?こいつは昔から隠し事がちょっと下手だな。
「何、ちょっとお願いしようと思っただけだよ」
「何、お願いって」
「お前、陽波さんと小山さんと協力して、俺を嵌めようとしてるよな?」
「ッ‼︎」
中取はわかりやすく表情を変える。
「な、何言ってるのさ。そんなことするわけないだろ」
「俺、お前たちがここで話してたの聞いたんだ。隠しても無駄だよ」
中取はせっかく作った笑顔を壊して苦いような表情を浮かべる。
ここに呼び出したのもこれでなんでかわかったよな?もう誤魔化すのは無理だって思わせるためにここに呼んだんだから。
「それで、流石に俺は俺の居場所を無くしたくない。だから、協力してくれ」
「何を言ってるんだ?冗談ならよせよ」
こいつ、まだ言うか。わかってるくせに。
まぁ、いい。この様子ならあと一押しだ。それにこの交渉道具もどうせ出すつもりだったし。
「じゃあ、もし俺が嵌められたなら俺はお前の秘密をバラす。でも、そうだな、そうなったら俺の言葉信用してくれる人いなさそうだよな。そうだ、まだ連絡先持ってるから直接話してもらうか。あの子に」
「な、何言ってるんだよ?やめてくれよ」
「何焦ってるんだ?もしそうなったらの話だよ」
「くっ」
そう、俺は中取の秘密を持っている。俺が知ってることを知ったこいつは黙っていてくれって頼んできたわけだ。
中学生の頃、二股をかけ、バレてフラれたかと思いきやストーカー、挙げ句の果てには付き合っていた頃から暴力が日常茶飯事だったというとんでもない事実を。
うん、たまたま色々あって知ったけど、今思い返してみてもとんでもねぇな。中学生でここまでやるか。
こんな話をバラしたらこいつも道連れになるわな。例え、最低なやつの言葉だとしても、疑惑は残せる。そうなればこいつはずっとそんな目を向けながら過ごすことになるわけだ。
ちなみに俺が持っているのはこいつが付き合っていた子の連絡先。色々あってあの子が相談してきたから俺はこの内容を知っている。
中取は俺の服を縋るように掴んでくる。
「や、やめてくれ。それだけは」
「じゃあ、俺の頼み聞いてくれるか?」
「な、なんだよ?頼みって」
「陽波さんをここに呼び出してやろうとしていることを確認するふりをして録音して欲しいんだよ。あとは撮ったやつは俺に送ってくれ」
「で、でも、そうしたら今度は俺がターゲットになるんじゃないか?」
「大丈夫だ。お前は参加しないって言えば良い。そんなことはやっぱりできないって。そうすればお前には何もない。それにこんなことバレたら陽波さんはもう誰かを陥れることはできなくなる」
しようと思っていたことがバレたなら陽波の評価はダダ落ちだ。そうすれば周りは信用しなくなるから同じことはできなくなるはず。
少なくともあいつが表立って誰かを嵌めることはできなくなるはずだ。
「本当に、本当に、俺のことは話さないんだな?俺は大丈夫なんだな?」
「ああ、本当だ。俺たち友達だろ?だから信用してるんだ。お前がこんなことするわけないって。でも、念のため、な?」
「ああ、わかった」
中取は元気よく返事をする。
自分に影響がないとわかればこれか。まぁ、こんなやつだから頼むんだけど。
一応友達でいたってのは本当だし、頼み事を聞いてくれるなら縁を切るつもりもない。もし無視したなら絶縁だが。
まぁ、こいつは大丈夫だ。自分のためならなんでもするやつだから。この約束を裏切りはしないだろう。
◆
と、いうことがあったわけだ。
中取はこれで、ちょっと騙されかけたけど、友達をやっぱり裏切れなかった、ちょっと友達思いのやつって評価になるだろう。
まぁ、まだ名前出てないから実際は評価変わらないけど。名前が出ても大丈夫ってことだ。
「あいつ、裏切りやがったな!せっかく時間かけて丸め込んだっていうのに!」
陽波は怒りのままに言葉を口にする。
これがこいつの素顔か。随分とイメージと違うな。この場にいるこいつに恋してたやつはショックだろうな。
ていうか、そんなに感情を露わにして大丈夫か?この先のことはもう考えてないの?
「これが決定的な証拠だ。俺は何もしていない。嘘をついてたのはお前たちの方だ!」
ざわざわと教室が騒がしくなる。「陽波さんが騙してたってこと?」「ていうか陽波さんって結構やばくね」こんな風なことをいつの間にか増えていた人たちも口々に好き勝手言い合う。
小山はキョロキョロと顔を動かしていた。
「くそ!くそ、くそ、くそ‼︎」
陽波は最後にそう言い残すと教室を走って去っていく。
人を騙そうとするからだ。きっとあいつはこの先学校の居心地が悪くなるだろう。
あいつがどう感じるかはわからないが俺や夢花と同じ気持ちを味わうといい。
教室の視線は取り残された小山に集中した。小山に対する非難の声も次第に多くなっていく。
陽波の話では小山が最初の被害者だった設定だ。こいつは嘘だとわかっていた上で協力していた。当然評価もそれ相応に下がることになる。
小山がどうして協力していたのかはわからない。
それゆえに少し可哀想に思えてくるな。自分を陥れようとした相手なのに。
「あ、あの」
小山がおもむろに話しかけてくる。しかし、続きは言葉が詰まったようで出てこなかった。
「君は陽波さんに賛同してこんなことをしたのか?それとも君も騙せてたの?」
「え、えっと」
小山は言葉を言い切る前にどこかに走っていってしまった。
自分の身を守るために俺の言葉には乗ってこなかったか。罪悪感からかどうなのかわからないけど、きっと根は悪いやつじゃないんだろう。許す気はないけど。
「拓斗」
夢花は俺の袖を引っ張ってじっと俺の顔を見た。
心配かけちゃったな。そう考えたらおれ、ちょっと情けないな、まったく。
「あとで話があるんだけど、いいかな?いつもの場所で」
「うん」
「今は文化祭の片付けをしよう。ね、委員長」
「あ、ああ、そうだね」
唐突に話しかけられた二藤は戸惑いながらも返事をして、クラスを仕切り始めた。
「じゃあ、またあとでな」
「うん」
夢花と別れると俺は妙な空気が流れる教室で片付けを再開した。




