16:その日常の些細な変化について
さて、と。四限目も終わったことだし、今日もお昼ご飯としますか。
カバンから弁当を取り出すとがらっと横から椅子が動くような音がした。視線を上げてみると小山さんが立ち上がっていた。小山さんはそのまま教室を抜け出していく。
珍しいな。教室を出ていくなんて。
いや、俺も昼休み教室にはほとんどいないからいつもなのかもしれないが、俺よりも早く出ていくのは初めてだ。
それに加えて、何回か見たことがあるがいつも弁当箱を持っていた気がする。しかし、今日はそれらしいものを持ってはいなかった。
学食でも食べに行くのかな?
あ、そういえば。一緒にご飯食べるみたいな話、結局聞いてないな。
それとそうだ。あそこで食べてたのもバレたんだよな。だとしたら今日もあそこ集合でいいのか?
・・・・・・一応一組寄って行ってみるか。変えるとなると尋ねてきそうなものだけど一応な。
席を立って移動を始める。いつもとほとんど変わらぬ自分のクラスから昼休みには初めて行く一組へと。
一組は三組とほとんど変わらない空気感だった。
中を見渡しても夢花の姿はそこにはない。
いつもの場所に行ってるのか。それならそれで全然いいんだけど。ちょっと待たせるのが長くなっちゃったな。
踵を返していつもの目的地へと向かう。
・・・・・・そういえば、陽波さんもいなかった気がするな。
あれだけの存在感を放つ二人がいなかったから三組とあんまり空気が変わらなかった気がしたのか。どっちかだけでもいたらもっと華やかさみたいなのが出そうだもんな。
いつもの場所についても夢花の他に誰かがいる気配はしなかった。夢花は一人階段で佇んでいる。
「お待たせ。遅れてごめん」
「いいよ」
夢花はいつものように笑って許す。俺が階段を降りるといつものように並んだ。
今日もここでよかったんだな。まぁ、変えるとしても他にこれだけ人気のない場所なんてそうそうないだろうし、二人でこっそり食べてるところに今更割り込んでこようとしてくる人もそんなにいないだろうってことか。
それぞれに弁当を開けて食事を始める。
「昨日は楽しかった。ありがとう」
夢花は一旦箸を置いて話しかけてくる。
楽しかったって言われても、昨日喫茶店から出た後はちょっとお店一緒に回っただけなんだけどな。これぐらい大したものでもないだろう。
・・・・・・二人でどこか出かけるのは初めてだったけどな。
「あれぐらいならいくらでも付き合うよ」
予定さえなかったらだけど。流石にそれは汲み取ってくれるよな。
「はい」
え、何?
夢花は置いていた箸を取って卵焼きを掴むとこちらにそのまま向けてきた。
これは、そのまま食べて欲しいってこと?前にもこんなことあったけどまた?
「ど、どうした?急に」
「私はお返しがしたい」
「お返しって、そんな返してもらうようなことしたかな?」
「うん」
いや全く心当たりないんだけど⁉︎何したの、俺。
駄目だ、前回よりも目が真剣な気がする。心当たりがないのにお返しをもらうのちょっと気が引けるんだけど。
「はい!」
声と同時に箸をさらに近づけてくる。
あーもう、どうにでもなれ!どうなっても知らないぞ!
口を開けて箸の方に少し顔を近づける。すると口の中へと箸が入ってきた。口を閉じて卵焼きを箸から取り、口の中から箸を出す。噛みだすと口の中には一度食べたことのある味が広がってきた。
「うん。美味しい」
・・・・・・まともに夢花の顔見れなかった。
しかし味は変わってないように思うが気持ち的に前回と違う風味を感じる。美味しいのは間違いない。
「よかった」
夢花は柔らかい笑顔を作る。そして視線を弁当に移し少しすると、急に顔が赤くなった。
急にどうしたんだ?自分でやって恥ずかしくなったのか?
夢花は手元を動かさず、箸の先端を注視しているように見える。
もしかして、間接キスみたいなの意識してるのか?初対面にキスお願いしてきたのに?夢花が恥ずかしがる基準がよくわからないな。
ていうか、そうだよな。俺が口つけた後のやつ夢花が使うんだよな。やばい、そう考えたらすっごい恥ずかしくなってきた。とりあえず食べさせられることしか考えてなかった。やけになりすぎた。
「食べないのか?」
「えっと、あの、その・・・・・・」
夢花は少し目を泳がせる。視線が手元にたどり着くとおかずを持って少し躊躇ってから、意を決した顔で口へと運んでいった。
「お、美味しい、です」
左手で口元を押さえて恥ずかしそうに横目でチラッとこっちを見てくる。
そ、そうか。それはよかったな。
もしかして今日はずっとこのまま食べるのか?そしたら結構大変そうだけど。
俺の箸ももう結構使ってるから貸そうとしたっておそらく意味ないし、やっぱりやめとくべきだったか。
「その、なんかごめん」
「な、なにが?全然大丈夫!私が、したんだし・・・・・・」
最後がそれまでと比べて弱々しく感じたけどほんとに大丈夫?
俺が夢花のことを見ていると大丈夫だと示すかのようにまた弁当の中身を食べた。顔はやっぱり覚悟を決めてそうなものだったけど。
ここまでされたらとりあえずそうだと信じよう。うん。きっと大丈夫なんだ。
「そういえば、夢花さんって誰かに昼食誘われたりするの?」
「最近はない。全部断ってたけど。どうして?」
「いや、最近珍しく女子から頼まれたから。同じクラスの小山さんって人だけど、知ってる?」
途端に夢花の手は止まった。そして表情を暗い、張り詰めたようなものに一変させる。
この雰囲気前にもどこかで。
「その人とは関わらないで欲しい。関わっちゃ・・・・・・」
最後まで言い切ることはしなかった。でも、なんとなくその続きは予想できる。
そうだ、この感じ既視感があると思ったら陽波さんに初めて会った時と同じだ。雰囲気も似てるし言ってることまで同じ。
夢花の中では二人は同じ部類だと言うことなのか?でも、それはどういう部類で、関わらないで欲しいのはなぜなんだ?
「わかったよ」
理由は正直に言えばやっぱり気になる。でも、夢花は言いたくないように見える。だったら追及するのは違うように思う。
その答えが絶対に必要になったら聞こう。
「ありがとう」
さっきよりも明らかに暗めの笑顔でお礼を言ってくる。
暗い顔はあんまり見たくないんだよな。やっぱり笑顔の方がずっといい。
そうだ!
「夢花さん、口開けて」
「・・・・・・こう?」
夢花は言われた通りに口を開いた。
えーっと、まぁ、卵焼きでいいかな。さっき渡されたし。
卵焼きを取って夢花の口へと向かって移動させる。
「え、ちょっと待って⁉︎」
移動させている途中で夢花は顔を遠ざける。そして夢花から今日一番大きな声が出た。
「ほら、さっきもらったからお返しだよ。ほら」
箸を近づけると夢花は覚悟を決めたようにおずおずと口を開いた。その中へと卵焼きを入れると夢花は口を閉じそれを受け取る。
「お、美味しいです」
今日一番顔が赤いな。それと同時に明るくなった。
「暗い顔はしてないでさ、今は美味しくご飯食べよう?暗いのより笑ってる方がずっといいよ」
これは自論だけど笑ってる方がご飯は美味しく感じる。せっかくのご飯美味しく食べなきゃそんじゃない?それに笑顔の方がよく似合う。まぁ、笑顔が似合わない人なんてそうそういないか。
あ!ちょっと待てよ。気分を変えて欲しくてあんなことしたけど、これ俺の箸夢花が触れたってことじゃないか⁉︎
くそっ。俺も人のこと言えない。やってからすごい恥ずかしくなってきた。やらなきゃよかったかも。
あー、考えても仕方がない!こうなりゃやけだ!今日はこの短時間で二回もやけになってんな。
次々と弁当の中身を口へと運び込んでいく。味はいつもと変わらないはずなのにまた妙な風味を感じた。
「美味しいな」
「美味しいね」
なぜかいつもより気まずい空気になってしまった。やっぱやらなきゃよかったかも。




