ビリー爺さんの病室
私は、ルーツミのギルド退役者用のぼろアパートで、ひたすら虚空を見つめていた。
もう、女勇者なんて面影はどこにもなくて、ただ目の前の虚空にぶらさがっている蜘蛛か何かに見えるだろうーー私の瞳の光はなかった。
ふと、くまちゃんを蹴って、洗面所に駆け寄る。
(本当に、光がない……)
正義の味方にありがちなキャッチライトの光が、どこにも入っていない。見間違いなんかんじゃない。
ただ、キラキラとしていない瞳。まぶたも泣きすぎて腫れて、垂れ下がっている。
ローレンの呪文のような最後の言葉が、じわじわと属性攻撃みたいに私を胃から燃やしてくる。
「老けている……?」
もはや涙は出なかった。私はまじまじと、その日から毎日鏡で現実を見つめることにした。
***
ルーツミの隣町の病院に、ビートルギルドの長老こと、ビリー爺さんがいた。
「長老ビリー、久しぶり」
面会許可をもらった私は、ビリー爺さんの病室に枕元に一輪のスミレを飾った。
ビリー爺さんは、もはや意識もほぼないようで、ベッドで静かに目を閉じて、ただ呼吸だけを繰り返している。
「あなたの送り出してくれたギルドで、私は世界の終わりを見てきたよ。そして戦ったんだ。魔王は強かったよ。このビートルギルドの名前を残せたらって思って、私は頑張ったんだけど……ごめんね。結局、魔王を倒した名前は他の人になっちゃったんだ。そして……」
(ローレン。なんてことをしてくれたの)
ビリー爺さんの病状が悪化することは避けたかった。ギルドが潰されるなんて。
ビリー爺さんはまだ剣を振り回すこともできず、細くて若かった私に、右も左も、武器の買い方もわからなかった私に、親切に自分の経験や知識を教えてくれたんだ。
きっと無意識であっても、言葉は通じていると思いたかった。
でも、そうすると、ローレンがギルドを潰すといったことも耳に届いているのかもしれない。
「あなたが、私に「勇者」のあり方を教えてくれたんだ……なのに、なぜこうなってしまったんだろう」
私は椅子に腰掛けて泣いていた。
「あなたが一緒に送り出してくれた魔法使いのローレン、でも、全然悪びれた様子もなくてさ。あいつ、今は世間では大魔道士っていわれてる。元老院を黙らせることができるなんて、きっと汚職も賄賂もしてると思う。いつも世渡りがすごくうまくてさ。それがパーティーを組んでいる時にはうまくいってた。でも、別れてから、何かがおかしくなってる。絶対」
一緒に冒険をしていた時のローレンは、もともと飄々としていて計算高い人だった。それでも命を預けることはできた。後衛にいてくれるだけで私は安心してたんだ。
「でも、こんなの違うよね……思い出のギルドまで潰すだなんて……違うよねえ?」
ビリー爺さんの手を握って、私は震えながら涙した。
何もかもが以前と一緒ではない。
何かがいつも違っていく。
冒険をやめてから、私はずっと泣いてばかりいる気がする。