思い出のビートルギルド
その後も何度かこうした婚活イベントには参加したけど、私の方が男より腕力がありすぎて、街コンのボート漕ぎで無双してしまうとか、お料理教室では火力が足りなくて中級炎魔法で焦がしたらお料理がダメになってしまうとか、いろいろあった。
結局、モンスター討伐より苦手な異性との会話は克服できていない。
(ローレンとは、モンスター討伐という共通の目的があったから、自然と話せたのに。つらいなあ……)
ギルドに入っていた時に積み立てていた、冒険除隊年金で入れる最低限のアパートはルーツミの外れにあった。
最低限石材ではできているが、築年も古くて室内の断熱性は悪い。湿度も悪くてカビが生えている。
私が普通の女の子なら、こんなところにくる必要なんてなかった。
なぜなら、パーティーを除隊した女性は大体パーティー内のメンバーと結婚してどこかで暮らすか、イベントで出会った他の冒険者や街の人と結婚して、一緒に店を始めたりして第二の人生を始めるからだ。
お風呂に入った後、薄汚れた洗面所の鏡の前で、私は洗ったばかりの自分の顔を見つめていた。
目の周りが昔よりこけた気がする。
(なんか、頬もゴツゴツしてるし、眉毛の筋肉が発達しすぎて野暮ったいし…)
顎も、普段から重量物を持ち上げていたせいか、女性らしい線はどこかへ消えていた。
(もう少し、ここが細くなったらなあ…)
毎日、夜は寝落ちするまで蝋燭の灯りで魔法の勉強を続けていた。
魔法使いの本業の人たちは、もっと小さい時からやっているから派生魔法などをすぐ覚えているので、魔法使いとその他の職業の間には絶対的な差がある。
「氷魔法、ここまで……明日は回復魔法の復習をして、と……」
今からやったとしても、ローレンみたいに幼い頃から英才魔法教育を受けていた魔道士の人間には生涯かけても追いつけない。
だとしても、なんとなく続けることが必要だと思ったから、私はやめなかった。
明くる日、私は久々にギルド・ビートル支部に出かけた。
ギルドはルーツミから少し離れているので、歩くのもいい気分転換になるだろう。
(魔王が異世界からいなくなったことで、冒険者ギルドが今何をしているかはあまり知らないけど、何か仕事のあてはないだろうか?)
私がギルドの扉を開けると、ギルバートという馴染みの受付がいた。
「ギルバート、久しぶり。最近どう?」
すると、そばかすのギルバートは今にも泣きそうな顔をしていた。
「あっ、女勇者さん……聞いてくださいよ、うちのギルド、来月で閉鎖することになったんです」
「ええ?」
「なんでも『もう魔王はいないのだから、税金を食い潰しているギルドなんか必要ないだろう』って」
「一体、誰がそんなことを……」
すると、奥から背の高い人影が現れた。
「……俺だよ」
懐かしい声。聞き覚えのある、甘ったるい鼻に抜けるような声。
金髪の長い前髪を気障ったらしくかき上げるとその仕草ーーー
「ローレン……」
思わず声に詰まってしまう。
「どうしてここへ?」
「ああ、言ってなかったか、今の俺はこういう者なんだ」
ローレンはわざとらいく襟元の徽章を見せた。
「私はそんなの見たってわからないわよ。何、それ」
「フフフ、国王直属の全国冒険者ギルド監査顧問に選ばれたのさ。『大魔道士ローレン様ならうってつけです』だってさ。元老会の爺さんたちがみんな推薦してくれたんでな」
「信じられない……あなた、何を言ってるのかわかってるの? ここは私たちが出会って、冒険者として送り出してくれた思い出の場所じゃない。それに、異世界の魔王が消えたからといって、ハマニマスに解き放たれた魔物すべてが地上から消えたわけではないはずよ?」
「いいんだよ、俺はもうルーツミに住んでいないし。王国元老院のじいさんたちも、みんな税金の無駄遣いを減らしたくてうずうずしてたんで、主要なギルドだけ残す方針なんだ。ここは不動産として資産価値が高いもんで、民間に公売にかける。今し方それをマスターに伝えたところだ」
高齢のマスターには冒険者をやめる時に会いにいったが、今は病院にいる。
もうほとんど店を開ける仕事などは丁稚のギルバートに任せていた。彼もまた、昔は冒険者だった。
「ここにはみんなの思い出が詰まっているし、何かあったらすぐにモンスター討伐に出せる冒険者を送り出せなくなるわよ?」
「いいんだよ、大体、退役冒険者なんてお前も含めてザラにいる。シケた飲み屋件冒険者ギルドにしておくのよりも、最近流行りの高層建築物でも建てたほうがいいんじゃないかなって俺が打診したんだ。もう決定事項だから覆らないぜ」
「ローレン!」
ローレンは魔道士のよく履いている白い踵の高いポインテッドシューズを高らかに鳴らしながら、入り口へ歩いていく。ふと、振り返った。
「ああ、そうそう。お前、久しぶりに会ったらさ……」
「なによ」
「ーーーー老けたな。まあ、前もあんまりそこまで可愛くなかったけど。じゃあな」
私はその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。
気付いたら、過呼吸を起こしてうずくまり、ギルバートが水を持ってきていた。
崩れ落ちる一瞬の前に、ローレンの左手薬指にはめられた、大きなサファイアの指輪が今でも目に焼き付いている。