ラウミの街コン
今でもたまにうなされることがある。
私は夜中に目が覚めた。全身冷や汗が出ている。
帰還戦士特有のPTSDか、独身者特有の焦燥感かはわからない。
お酒なんか飲みたくないけど、人の温もりは欲しい。
私は必死に幼い頃からの唯一の持ち物であるボロボロのくまちゃんを、ベッドの上で抱きしめた。
幼い頃は、ピアノを習っていた。
家は比較的裕福だったけど、ある日父親が魔物に襲われて帰らぬ人となって一気に貧乏になった。
それ以来、長かった髪の毛は一度も伸ばしていない。理由は維持にお金がかかるからだ。
またピアノをやりたいなと思うこともたまにあるけど、重たい剣を振り回して節くれだった今の手で、細かいパッセージが弾けるとは思わなかった。
***
最近ニーナとはよく連絡を取るようになっていた。
「あー婚活相談所はちょっと無理だったか〜。まあ、私も四年経っても結局そんな感じだから、私も退会しようかなって考えてるわ」
「退会するようなものを勧めないでよ……」
「あー、でもでもぉ、街コンっていうのがあるのよ! 最近ハマニマス王国でも少子化だから力入れてるみたいでさ」
ニーナは一枚のパンフレットを見せてくれた。
「王国辺境領のラウミってところで一日街コン。どう?あたしも行ってみようと思うんだけど、参加してみない? 参加費は、女性なら5000G、男性は10000Gね。」
「結構高いのね」
ハマニマス王国の飛地にあるラウミ半島は、冬でも温暖な気候を生かしてみかん狩りが有名だった。
ここに、ハマニマス王国から八台の幌馬車を出して男女が歓談し合いながら、現地のみかん狩りを楽しむのだ。
幌馬車は八人乗りで、男女4人がそれぞれ隣り合うように最初から席が決められていた。
「あーそうなんですか?私は経理でずーっとやってます、
毎日結構大変だけど退屈でぇ…」
ニーナは、私が聞いたことがないような甲高い声で喋っている。
私の隣には、マールクという農家の青年が座っていた。
「ぇえ!?女勇者さんをやっていたんですか。毎年ギルドの登録が五十名しか認められていない仕事を女性でやっている人がいたなんて、すごいなあ」
「あはは……どうも」
私は愛想笑いを浮かべて、初対面の赤毛の青年と正対していた。
(うーん、初めての人と話すの苦手だなあ)
相手のことを事前に全く知らない状態で、こういう風に無理やり喋らされるのはとても苦痛だ。
私は誰とでも軽やかな態度で接する、ニーナみたいに社交的な性格じゃない。
私は魔法を使う時のRPが切れているわけでもないのに、会話が途切れるたびに疲弊して、次は何を話そうか油汗が流れている。
毒持ちのスライムを倒す作業より苦手だ。
「僕は農家で次男なんです。長男はもう家を継いで子供もいるんですけど、僕だけいい年なのにまだ独身で」
悪い人じゃないんだろうけど、どうしても凡庸な容姿のマールクを見ていると、ローレンと過ごした熱い溶岩のような思い出が蘇ってくる。
あんなに人生で一番熱かった夜は、この人ときっと訪れないんだろうなという涼やかな意見が、頭のどこからか聞こえてくる。
ラウミ半島に着くと、一面が畑ののどかな小高い農園が広がっている。
海に面した段々畑に植えられたみかんが潮風と黄色い実に太陽を一身に受けて、きらきらと輝いていた。
「はーい、それではここからみかん狩りをしてもらいます。でも普通に取るだけじゃ面白くないので、このから2人ずつペアにチームを分けて、制限時間内により多くのみかんを取ってもらいまーす」
「出た出た、イベント特有のめんどくさいゲーム……普通に食べさせろってーの」
ニーナが小さい声で毒づいた。
私はくじ引きでアナンセという男とペアにされた。
アナンセは生まれつき顔にあざがあって、仕事はしていないという。
この世には、顔に傷があったり、体つきがおかしいという理由だけで社会機会から排除されてしまう人が確かにいる。それは、勇者として旅をしていた時にいくつか訪れた孤児院や救世院で見てきた経験からも明らかだった。
(私が勇者になったのは、こうした人にきちんと社会に居場所を作ってあげたいと思ったからだったのよね)
アナンセのあざを見ながら、私はゲームのルールを聞いていた。
「はい。それではみなさんペアで一つカゴを持ってください。
この農園の木々にはそれぞれ指令書があります。そのミニゲームをこなしたら、その木からみかんを取ってこれます。そーれスタートっ」
主催者の合図で、私たちは一斉に走り出した。
(私、もういい大人なのに、まるでこの主催者がいなければ異性と仲良くなることもできない哀れな子羊みたい……)
私はなんだか自分がとても情けなくて、若かりし頃、序盤のレベル上げでは爆速で駆けずり回ってモンスターを追いかけ回して狩りをしていた頃を思い出した。
あの頃のほうがマシだった。
泣きたくなった。
私たちが開けた封筒には、「相手の異性の小学校の時の先生の名前と特徴をそれぞれ聞いて覚える。覚えた特徴と名前を主催者に伝える。その時に合っていた数だけ、みかんを取っていいです」
と書いてあった。
「私の小学校の先生は、ナターリャ先生でした。優しかったです。次の学年はオレグ先生で、ちょっと怖かったかな。アナンセさんの先生はどんな人でした?」
「僕の先生は……ひどい体罰教師で、この火傷の原因を作った人です」
「……」
私たちはお通夜みたいな顔をして、主催者の元へ答えを告げに行く。
ほぼ私の伝えた教師の話だけして、10個ほどのみかんを手に入れることができた。
ニーナは、やたら荒くれ者っぽいシンゴールという男とうまくやっているようだ。
「はい、それじゃ今のゲームでお互いの思い出話がいろいろできて仲良くなれましたね。今のゲームの結果はニーナさんもシンゴールさんのペアの優勝でーす」
ニーナとシンゴールという男は少ない拍手を受けながら、優勝ペアにだけもらえるラウミの特産品をもらっていた。私と他のペアーは、参加賞ということでラウミのステッカーをもらった。
お手洗い休憩。
「はあ、だる」
ニーナはあれほど作っていた笑顔を解きながら化粧粉をはたき直している。
「どうして、さっきの人といい感じだったじゃない。あの、少しいかつい人」
私はなんとなくニーナの所作を見ながら、とても疲れているように思えた。
「うーん…なんていうか、違うのよねえ。場の雰囲気かしら? やっぱ私都会で働いてるせいか、もっとシュッとした人の方がいいのよねえ」
確かに、さっきのシンゴールという人は炭鉱夫らしく、筋肉隆々で、ニーナが日頃から好きだという細身の男からはだいぶかけ離れている気がした。
「それはそうと…あんた、何て格好で街コンきてるのよ? 私、今日会った時にマジかよって思ったわよ」
「何って……これはみかん狩りっていうから、前に冒険の時に一番早くモンスターが狩れた素早さが補強される辰星のローブだよ。シンバーラ塔攻略の時のドロップアイテムで…」
「はあああ…なんか、おばあちゃんみたいな服を着たもさい女がいるなと思ったら。
あんたねえ、異性に自分をアピールするにはそんな冒険者の格好じゃダメよ。都会の女の子格好しなさい」
「都会って…私たちが住んでるルーツミは下町だし、飲み屋に行くには十分な格好だと思うけど」
「あーもーダメダメ、ダメよ。全然ダメ。服もダンジョン攻略と違って流行り廃り早いんだから。男の攻略に何年前のドロップアイテム着てるような女が参加できないでしょ」
私はムッとしたが、すぐお手洗いの休憩が終わったので、みかんを使ったお昼ご飯の会場に戻った。
みかんの皮を使った肉の煮物に、これまたラウミ特産の巨大魚の炊き込みご飯などが振舞われた。地元の人は名産品も地域振興のために覚えてもらおうと必死なのだ。
お料理は、とてもおいしい。風光明媚な場所もとてもいい。
周りの人が必死だからこそ、辛い。
この隣あわせの、よくわからない人との会話が。
「どうもー、あ、君、女勇者ちゃんっていうんだ。うん、僕52歳。離婚経験あるけどね、子供も相手の方にいってるし問題ないよ。うん」
「あー、はあ…」
美味しいはずのご飯が、うまく飲み込めない。
相手の素敵なところ探そうとするより、モンスター討伐の時みたいにこの人の弱点になりそうなところばかり目がいってしまう。たとえば、鼻の上に浮かんだ脂の詰まりとか。
(せめて事前にお相手の情報がわかれば、モンスター攻略みたいに会話もしやすいんだけどな…)
でも、同じように、私と話してる相手の人もあんまり楽しくなさそうで、会話が弾まない。
普通に暮らしてる人たちは、私のモンスター討伐の話なんか最初のうちは聞いてくれるけど、ほとんど興味がないみたいだ。
(ああそっか、この人たちは基本的にモンスターのいない壁の中で暮らしてるから、あまり関係ないんだ)
ますます、私の暮らしていた、盗賊やモンスターに殺るか殺られるかという世界と、この平凡な人たちとの間に見えない境界線があるような気がしてしまった。
私はその日、誰とも連絡先を交換せずに家路についた。
ラウミは、楽しかった。