第8話 商家にて
~ネイカー邸~
ネイカー家は、町一番の商家なだけあって煉瓦造の豪邸だ。
なんでも領主の邸宅を模して建築したらしい。
そんなところでもライバル心が感じられる。
邸内に入ると、ギャールの風貌からは想像も出来ないほど簡素だった。
無駄な事には一切金を使わない精神が感じられ、商人魂の凄さが推し量られる。
ギャールの言動や服装が計算したものだと言うことを改めて認識できた。
迎えに出てきた侍女も二人、侍従にいたっては一人であった。
その他にも使用人はいるようだが、出迎えなど不要な事であり、本来の仕事に従事中だろう。
この豪邸を数人で回しているのでそんな暇は無いと言うことらしい。
その分給料は高く、それぞれの被雇用満足度は高そうだ。
迎えの3人の内、侍女一人と侍従一人が俺専属の人で、もう一人が侍女長である。これはネイカー家ではVIP待遇なのだそうだ。
もちろん、俺は自分の事は自分ですると固辞したが、色々と理由をつけては侍従も侍女も必要だと言う。
”申し訳ない”と言うと気にするなとのことだった。
ちなみに、ギャールは自分のことはほとんど自分でするらしい。
△△
さて、ネイカー家での厳しくハードな特訓が始まった。
ダンスはもちろん、立ち振る舞いから食事のマナーまで、今まで経験したことの無いことだらけだ。
侍女長がつきっきりで講義してくれるので、どれも興味は無いが頑張っている。
ダンスは完全に男女逆転だ。
女性にエスコートされ、身を任せつつステップを踏むのだ。
まったくもってやりづらい。
しかし、不思議なもので、慣れてくるときつめの外見の侍女長さんが凜々しく見えてくる。
朴訥な侍女さんとも話すようになる。
ギャールにもそこはかとなく女性として意識してしまう。
ああ~、心なしか馴染んでいく自分がいる。
△△△
午前・午後とレッスンが終わると汗を流すためのバスタイムだ。
もちろん、俺はお風呂が大好きだ。
風呂上がりに髪を梳かされながら侍従のケットから尋ねられた。
ちなみに、ケットは、貴重な男子なので高給・好待遇だけれど、田舎の村出身で素朴な感じの青年だ。
使用人の間でも人気があり、彼を密かに狙っている侍女もいるのでは無いかと思う。
東京評価では2+と言ったところだろうか。
「シン様は、ネイカー家に入られるのですか?」
「ん? 就職先としては悪くないかもしれないけれど、今更ギャールに雇って貰うのもな~」
とかわしてみるも当然そんなものが通用する訳もなく、
「使用人の訳ないじゃないですか?」
と訝しげに突っ込まれる。
「まぁ、俺はギャールがプリメリアと復縁するのが良いと思っているのだけれどね」
「わ、私は反対です! あんな奴、ギャールス様には相応しくありません。
あんな、中身の無い外見だけの奴なんて、この家の奥方なんて務まるはずがありませんよ」
「たはは、これは手厳しいね。でも肝心なのギャール本人の気持ちだろ?
今回のこの企てもプリメリアを取り戻す為だと思っているのだけど、違うかな?」
「・・・、今は多分違うと思います」
「そうなの? でも、まぁ俺はやれるだけのことはやるよ」
微妙に話がかみ合わない中、ケットはボソボソと呟いた。
「シン様、貴方のそういうところが好かれているのでは・・・」
△△△△
それから2週間、レッスンに衣装合わせに慌ただしく過ぎ去る。
ギャールとの予行演習も余念無く行い、全てのスケジュールを終えた。
「やりきった!」
と思わず俺は、拳を握りしめ小さいガッツポーズをした。
侍女長は、「まだまだですが、2週間では及第点でしょう。ですが、今後はもっと頑張ってもらいますからね」となぜかこの先の話をする。
ギャールは少し困った様な顔で苦笑い。
とにかく、ギャールが先に進むためにも、俺が契約を履行するためにもやるしかない。
~魔法学園~
我々は、馬車に乗りネイカー邸を出発していた。
ギャールは学園の正装、俺は純白フリフリのドレス。
体をキューと締め付けられ、体の線がもろに出ており、頭にもフワフワの飾りが付けられている。
男がこんなドレスを着たら、はっきり言って“キモい”だけだ。
数時間の我慢だが、この格好で人前に出るのは相当に恥ずかしい。
”ええ~い、これは仕事だ仕事だ!”と己に言い聞かす。
馬車を降り、ギャールにエスコートされて会場へ進む。
参加者はすでに集まっており、我々が最後の様だ。
”計算通り”とニヤリと笑うギャール。。。
彼女の耳元で「その顔はもう止めたら?」とささやくと、「今日だけ」とはにかむギャール。
ちょっと可愛いかも。
驚いた顔をしている案内係が、扉に手をかけた。
いよいよ入場だ。
「さて、行くか!」
▲
扉が開き入場すると、一斉に視線がこちらに向いた。
それまでの騒がしさが嘘のように静まり返る。
羞恥心がMAXとなり、ギャールの腕に添えた手に力が入る。
心配したギャールが俺を見詰め「大丈夫だ」と言ったので、俺は“ほわっ”としてギャールを見詰める。
すると、会場から“わー”とどよめきが上がった。
「凄い美男子だ」
「どこのご令息だ」
「噂の傾国の王子か?」
俺達が歩くと人波が避けて行く。まるで十戒の海の様に分け目ができた。
目線を先にむけると、なんとグーベンデール・オルレイン子爵令息が仁王立ちし、傍らにパートナーのプリメリアが寄り添って立っていた。
グーベンデールは、茶髪のヤンチャ風の女性で、話で聞いていたイメージとは違い、美人と言うより可愛いタイプだ。豊満な御胸様がはちきれそうだ。
プリメリアは、醤油顔の小太りさんで、これでもかと言うくらいのフリフリドレスで、見ていて痛々しい。(自分のことは棚に上げておく)
東京評価4
しかして、そんな二人に対し、意に介すこともなく進むギャール。
俺は、引っ張られるように付いていく。
“ああ~、これは避けられない対決なんだな”と思いながらギャールの腕を2回ギュッと握る。
これは、“心の準備はできている。やっても良いぞ!”と言う合図だ。
意外にもグーベンデールからにこやかに口火を切った。
「おや、ギャールス・ネイカー君、今日は欠席だと聞いていたのだが、参加できたようでなによりだ。
しかも、こんな美男子を連れて、非常に喜ばしいことだ。
さぁ、私と君の中だ、この方を紹介してくれないか?」
「ああ、これは主席卒業のグーベンデール様、序列2位の不肖の私めにお声がけ下さりありがとうございます。
今日の良き日に参加できて嬉しく思っております・・・。 」
いや、紹介は!? 無視? とギャールの袖を引っ張る俺。
「おほん、こちらはシン・クロサキ、ハテナ村の食客をしている」
苦々しく思っているのがそのまま態度に表れているギャール。
いやいや感がにじみ出ている。
「ご紹介頂きましたシン・クロサキです。ギャール様とはたまたまご縁があり、ご一緒させて頂いております。よろしくお願いします」
と、予定通りの口上とカーテシーでご挨拶。
「ほう。 たまたま・・・か。
こんな美男子をどこで捕まえてきたのかと思ったら、ギャールス君が羨ましい限りだよ。」
「いえ、私ごときが滅相もございません」
と伏し目がちに照れてみせる。
「私は、オルレイン子爵家次男、グーベンデール・オルレインだ。
ふふっ、では、後でダンスを申し込んでもよろしいか?」
「ええ、是非」
とニッコリ笑って答えると、グーベンデールはデレデレと満足げに笑った。
なんだこいつ、自分のパートナーの目の前で他の男を口説くなんて、失礼にも程がある。
プリメリアの方を覗ってみると、明らかに不機嫌そうだ。
そして、プリメリアは俺の視線に気がつくと”ギリギリ”と睨んできた。
「本日は、お互いに楽しもう!」
とグーベンデールは俺の方をちらちら見ながら締めくくり、この言葉で一旦解散となる。
上手くいった。
今、俺達はグーベンデールとプリメリアとの間に大きな楔を打ったのだ。
後は結果を御覧じろ。
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