第7話 ギャールスネイカー
~ハテナ村~
日常が戻って来ていた。
いつもの様に広場に行ってみる。
俺がこの村に留まっている理由の一つは、この広場が始まりの場所だからだ。
もし、元の世界に戻れるとしたら、この場所である可能性が高いと考えている。
ゲートが開く?とか、魔法陣?とかならあり得ると思うのだ。
まぁ、俺自身ゲートや魔法陣を通った感覚は無いのだが…。
さて、昨日までの町中とは違い、女性たちからの視線が幾分緩和され、落ち着いて過ごせる…。
と思っていたら違った。
町で買ってもらった服を着ていると、めちゃめちゃ声をかけられる。
”可愛いね! 今日は特に可愛いね”と言われるのだけれど、この国のセンスに慣れない(苦笑い)。
それに、あまりに褒められると、ガーベラや他の男の子たちから嫉妬されそうで怖い。
男女の感覚がかなり逆転していると思う。
さて、この服は着替えておくか…。
△△
遠くで俺を呼んでいる声がする。
なんだろう?
目を凝らし、耳を澄まして持ってみる。
すると、女の子が必死の形相で駆け付けて来た。
この子はミラの友達だ。
「シン、大変だ! ミラが変な女に絡まれている。そいつがシンを呼んで来いって言っているんだ」
嫌な予感しかないが、とにかく連れて行ってもらうことにした。
俺のせいでミラに何かあったら大変だ。
急いで行くと、確かにミラと対峙している変な女がいる。
あいつか・・・ギャールスネイカー。
なぜか、”はぁ~”と変なため息が出た。
彼女は見た目通り色々拗らしているんだよね~。
そのギャールスネイカーは、相変わらず人を小馬鹿にしたようにニヤけており、そのうえ手には炎の玉を出している。
背を向けているミラの表情は分からないが、怖い思いをしているに違いない。
「待ってたぞシン⤴」
不適に笑うギャールスネイカーの言葉に、驚くミラが振り返った。
「来るな! シン! こいつはシンを連れ去るつもりだ!」
“そのとおりだがな”と言うギャールスネイカーは、続けて“シンには良い話を持ってきた”と薄ら笑いを浮かべた。
「嘘つくな!」と叫ぶミラに対し、両手を上げてやれやれのポーズを取るギャールスネイカー。
「落ち着いてミラ、俺は大丈夫だから・・・。
ギャールスネイカー、このとおり俺は来た。ミラを解放しろ!」
“ふん、くそガキが!”と言いながら炎を消すギャールスネイカー。
指で“くいくい”と俺を誘いながら、いかにも悪役風に言う。
「シン、これは儲け話だ。それもお前が一方的に得をするだけのな」
「騙されるなシン!」
となおもギャールスネイカーを睨み付けるミラ。
まぁ、信用できる訳ないよね。あれじゃ~。
でも、ミラが心配してくれるのは嬉しいけれど、このままでは埒が明かない。
俺としては、とりあえずミラの安全を確保したい。
「・・・分かった。話を聞くよ。ミラは、村長さんを呼んで来てくれないか?」
「そうこなくっちゃな、ふふっ」
と僅かにニヤけ顔が崩れ、普通の笑顔っぽくなるギャールスネイカー。
「ほら、大丈夫だから行って、ミラ!」
「う、うん。分かったよシン。でも気を付けてね」
ミラも何かを感じ取ったのか、少し安心したようにそう言うと村長宅へ走り出した。
△△△
さて、ギャールスネイカーの儲け話とは、“あるパーティに一緒に出席すること”だった。
仕事としては、その準備も含めて2週間ほどであり、その間は衣・食・住も全て保証される。
日当は人足賃の倍で、延長があればさらに上乗せされる。
もちろん契約書も作成する。
意外だが、本当に好条件の話だ。
せめて、“儲け話”と言わずに“仕事”と言えばミラの対応も変わっていたかもしれないのにね・・・。
「分かった。やるよ!」
「ほ、本当か? 意味分かっているのか?」
「分かってるってば、一緒にパーティに出れば良いんだろ」
「・・・それなら良いが、言っとくけど私のパートナーとして出るのだぞ!」
「分かってるよ、そこは大丈夫だって、それにパーティに行った事無いから楽しみだよ」
俺が“ふふっ”と笑って答えると、ギャールスネイカーは脱力して“ふぅ”と息を吐いた。
ギャールスネイカーから緊張と言うか緊迫したものが抜けて行くのが感じられた。
”仕事は請け負うから村長さんのところへ行こう”とギャールスネイカーを誘って歩き出す。
でないと、ミラが連れて来ちゃうからね。
ギャールスネイカーは、目を白黒させて驚いた顔をしている。
はいはい、俺には警戒心ってものが無いと思っているのでしょ。
だが、その表情からは例のニヤけ面は消え失せ、まともな若い女性のそれとなっていた。
「さっきの炎って何? どうやるの?」
「あゝ、あれはそんなに難しいものじゃない。火魔法のちょっとした応用だ」
と言いながら彼女は手の平に”ボッ”と炎を出した。
「わぁ、凄い」
「あぁ? こんなの魔法学園の生徒ならたいがいの奴は出来るぞ。まぁ、私程上手くコントロール出来る奴は少ないがな」
「へ~、凄いんだね」
とキラキラ顔で俺はギャールスネイカーを見詰めた。
だって、本当に凄いと思うだろ。炎を操っているのだから。
すると、少し照れたような素振りを見せるギャールスネイカー。
彼女は、そもそも普通にしているとそれなりなのだ。
”もったいないよね”と心の中で呟いてみる。
「可愛い表情もするんだね」
無意識に声に出ていた。
「な、何を言ってる。私だって好きでニヤけ面している訳じゃない。あくまで営業用だ! 仮面でも被って無いとできない商売もあるんだよ」
「ふ~ん、そうなの。まぁ、俺は今の方が好きだな~」
と言うと、ギャールスネイカーは真っ赤になった顔を背けた。
しかし、その顔からは明らかに剣が取れていた。
村長宅に着くと、村長、ゼラ、それにミラが身構えていた。戦闘でもしそうな雰囲気だ。
“落ち着いて、落ち着いて!”と慌てて宥めた。
ともかく3人には落ち着いて貰い、ギャールスネイカーと話をするように言う。
”見た目ほど悪い奴じゃ無いと思うよ”と一言添えた。
村長さんには、契約書について助言をして貰いたいのだ。ここは落ち着いて貰わないとな。
ギャールスネイカーを見た村長さんも「別人の様だ」と驚きを隠せずにいた。まぁ、そうなるよね。
ギャールスネイカーから一同へ、一通りの説明を行うこととなった。
俺は、その間に荷造りをするため部屋に帰らせてもらった。
簡単な荷造りとこの前町で買って貰った服に着替えたかったのだ。
(本当は着たくないけれど、標準の服装が大事だよね)
△△△△
着替えが終わり、鞄を抱えた俺は部屋を出た。
俺を見たギャールスナイカーは、“ほう”と感嘆の声をもらした。
そんなギャールスネイカーを尻目に、「じゃぁ、行ってくる」と皆に笑うと、
ゼラとリリーは、複雑な表情をしてをして、俺とギャールスネイカーを交互に見ていた。
俺としてはむず痒いしかない。
3人に見送られ、馬車に乗り込む。
少し不服そうだったゼラに、”ミラにも心配しないで”との伝言を頼んだ。
ギャールスネイカーがエスコートしてくれたのだが、意外にもさまになっていた。
魔法学園という学校にも行っていたそうだし、教養も高い女性なのだろう。
~馬車の中~
「そうだ。これからは私のことをギャールと呼べ」
「うん、分かった。ギャールが名前だったんだね?」
「ギャールスだ、本当は・・・な。 ギャールは愛称だ」
「 ? 」
どちらでもあまり変わらないような気もするが、俺には判断するだけの知識も経験もない。
ましてや、愛称で呼ぶことに特別な意味があることを、俺はこの時知らなかった。
それよりも、”スネイカー”を家名と思い、蛇っぽいなと思っていたことを反省していた。
しばらくして、ギャールはこれまでの経緯を話し出した。
俺と参加するパーティは、魔法学園の卒業パーティで、伴侶のいるものはカップルで参加するのが慣習となっている。
お披露目の意味もあるのだそうだ。
元々、ギャールにはプルメリアと言う彼氏がいたが、卒業間際になって上手くいかなくなった。
プルメリアは、町でも評判の美男なので、狙っている女性は結構いたそうだが、徐々に態度が硬くなり、最後は別れ話を突きつけられたのだそうだ。
しかして原因は直ぐに判明した。
領主次男のグーベンデールである。
彼女とギャールとは、なにかとライバル関係にあり、学園でも犬猿の仲として知られていた。
そのグーベンデールとプルメリアが親密になり、このパーティにパートナーとして参加すると言うのだそうだ。
なるほど、ギャールとしては面白くない話だ。
「それなら、俺なんかがパートナーで良いのかな?」
「お前以外の適任者がどこにいるって言うんだ。いや、違うな。私はお前が良い。」
「そ、そう? でも俺はダンスも礼儀作法もこの世界の事は何も分からないよ」
「(この世界・・・?)、、、その為の2週間だ。みっちり鍛えてやるさ」
「ええ~」
「大丈夫だ。お前ならできる」
「だったら良いのだけれど・・・」
「心配するな。お前ほどの美男は王都にだってそうはいない。最悪、横に立っているだけでも良いさ」
・・・だと良いんだけどね。俺としてはなんだか心配だ。
「ありがとう。頑張るよ」と言うと、ギャールはこれまで見せたことも無い良い笑顔を見せた。
明日も更新予定です。
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