第21話 第二王女 アイリス
〜第二王女宮〜
部屋に通されると、その女は静かに眠っていた。
その顔には憔悴と苦悩が現れ、朧げな死がそこまで迫っているようだ。
やつれた頬に美しい金色の髪がかかり、思わず指ですくってしまう。
初対面だと言うのに…。
「やっと会えたね」
ポツリと呟いたが、返事は無い。
いつの間にか腹立たしさは消えていた。
あまりに、、、あまりにもこの女は儚く見えた。
彼女の侍女によると、召喚を終えた後、力を使い果たし寝たきりになっているのだそうだ。
たまに目を覚ましては、「迷い人を迎えに行く」とうわ言のように繰り返して…。
擦り切れそうな彼女を救う方法は無いのだろうか?
ふと、服部さんの言葉を思い出す。・・・”融合”
自分の為ではない。ただ、目の前の彼女を救いたいだけ。
「やるしかない」
俺は、静かに彼女の傍らに身を寄せた。
これが”融合”かどうかは分からない。
ただ、壊れそうなこの女の助けになりたいだけ。
力が枯渇しているのなら供給してあげれば良い。
もう一度彼女を見詰め、覚悟を決めた。
そして、ゆっくりと抱きしめ、彼女の唇に口づけした。
~~数時間後~~
ベッドで寄り添う二人
「来てくれたのか?」
「ああ、俺が誰だか分かるの?」
「もちろんだ。会いたかった。とても」
「そう。 俺の名前は”シン”だよ」
「シン。ありがとう。そしてすまない。最後に私からの贈りものだ」
そう言うと、アイリスは俺を組み伏せ、病人とは思えない力で衣服を剝ぎ取っていった。
うっすらと微笑むとアイリスの瞳から一筋の涙が流れた。
そして、アイリスのしなやかで白い素肌が光り出す…。
△△
心地良いまどろみの中、意識は朧気に漂っている。
心が溶け合ってアイリスの記憶が流れ込んで来る。
意識の薄れとともに自我の境界も・・・あゝ~
気がつくと、誰かが女王と言い争っている。
俺では無い。これは過去の記憶
また意識が飛び、次の瞬間には第一王女に食ってかかっている。
俺は、空間と時空を漂いながら誰かの記憶を眺めているのか・・・。
これは、アイリス王女の体験・・・、記憶の追体験だ。
数年前からウエストリアの内政はガタガタだった。
私服を肥やす小太り宰相。
こいつの言いなりになっている愚かな女王。
頭でっかちで融通の利かない第一王女。
どんな改革案もこいつらが邪魔をして先には進まない。
第三王女は、オロオロするばかりで頼りにならない。
挙げ句の果てに臣籍降下して王城から逃げ出してしまった。
極めつけは、軍事国家イーストウッドと勃興するセントラル。
焦りだけが日に日に増していく・・・この国を守れるのは自分しかいない。
しかし、このアイリスの苦悩は加速する。
とある会場、豪奢な舞踏会を開催し悦に浸る女王と宰相、若い男子を侍らせ酒池肉林・・・そして、この贅沢三昧の原資は国民の税だ。
吐き気がする。
壁の花となっているアイリス。
そこに、セントラルの軍備増強の情報が入ってくる。
無視を決め込む宰相。
“興が削がれた”と使者に八つ当たりする女王。
外務担当を通せと言う第一王女。
この国はもう駄目だ、・・・アイリスは覚悟を決めた。
最終手段に踏み切るしかない。
相応の犠牲は覚悟の上だ。
△△△
魔術師に囲まれ、魔方陣に立つアイリス。
側近が最後まで反対する。
・・・そもそもアイリスには召喚する資格も魔力も無い。
月が満ちその時がきた。
魔術師達から魔方陣にエネルギーが注がれる。
苦痛で顔を歪めるアイリス。
アイリスの体が悲鳴を上げている。
「もう限界だ! 止めてくれ!」
無意識に俺は叫んでいた。
が、当然、この声は誰にも届かない。
次の瞬間 アイリスの意識は“ふっ”と途切れた。
△△△△
~アイリス視点~
宇宙空間に地球が浮いている。
ズームされていく地球。
その中心には“日本列島”が見える。
人口密度が高く、平和で穏やかな人々が暮らす国。
アイリスは、浮遊霊となって東京に舞い降りた。
何と言う雑踏!
男も女ももの凄い数の人達が行き交う。
さらに驚くことに馬車が馬無しで走っている。
空を見上げると、天にまで届きそうな建物が連なっていた。
階段を降りると、地下にまで人が溢れている。
おとこ、男、青年、中年、壮年…男だらけだ!
改めて男が大勢いることに興奮する。
この中に・・・私の探し求める男はきっといる。
導かれるようにこの地下道を進んで行く。
まるで迷路の様だ。
私自身は、幽体となってプカプカと天井に浮いており、行き交う人々を見るのに不都合は無い。
ふと気がつくと、雑踏で戸惑っている娘がいた。年の頃はライラぐらいであろうか。
通り過ぎる人に弾かれ、小突かれ、進むこともままならない様子だ。
この世界の女性は、か弱く脆いのか?
おどおどして不安しかない。やはり妹のライラを思い出す。
だが、実体の無い私にはどうにもならない。
「あ!」
後ろから来た中年男性に押され、躓いている。
“転ける”と思った瞬間、彼女を受け止めた若い男性。
ほっと胸をなでおろすと同時にその男性に目が釘付けになる。
“有無、良い男だ”
彼は、その彼女に“大丈夫ですか?”と優しく声をかけている。
しかし、彼女は顔を真っ赤にして俯くだけだ。
おそらく、恥ずかしさが先だったのだろう。
彼は、優しく”気を付けてね“と言い立ち去って行った。
その女性は、ただ彼を見送るだけであった。
“ふふん、馬鹿め、こんなチャンスを逃すとは、私なら絶対に彼を逃さないぞ”
私、アイリスは、その男を付けて行くことにした。
~~~~~~~~~~
その男は、学園で勉学に励んでいる。
どうやらまだ学生の様だ。
その内容は私にはさっぱり分からないが、相当高度であることは確かだ。
教室内は男性の方が多く、素晴らしい環境だ。この世界の女性が羨ましい。
授業が終わると、仲間と移動し食事を取るようだ。
庶民の食堂だろうか? 不思議と衛星的である。
後から女性も数人合流してきたが、彼女たちも楽しそうにしている。
やたら彼にくっ付いている奴は、要注意だな。
少し、胸に”ピリっ”とくるものがある。
ふふふっ、まぁ、なんとも充実した学園生活のようだ。
~~~~~~~~~~
夕方には、こぢんまりした家らしい建物に入って行った。
母親らしい女とご飯を食べている。
料理は、私には見たこともないもので判断できないが、楽しそうにしている親子の姿は実に微笑ましい。
そう言う母と子にシビれるほど憧れる。
“お~!”
突然、服を脱ぎだしたので、何かと思ったが、どうやら風呂に入る様だ。
両手で目を覆ったが、隙間から見えるものは仕方が無い。
これは必要な調査だと自分に言い聞かす。
スレンダーな肢体に形の良いバスト、うっすらと浮かんだ腹筋にそそられる。
生身であったなら鼻血を出していたかもしれない。
淑女としてはあるまじき行為だが、この背徳感は癖になりそうだ。
入浴後、しばらくすると質素なベッドに横たわっので、そろそろ眠るようだ。
しかし、なにやら手の平で薄い板を触っている。
板の中では目まぐるしく絵や文字が動いていた。
すると、その板から音が鳴り、そのまま耳に当てた。
私にはさっぱり分からないが、どうやら誰かと会話をしているらしい。
そ~と近づき聞き耳を立てる。
これは調査だ。
決して会話を盗み聞きしている訳ではないぞ。以下同様。
「・・・〇×△□」
「・・・”WSX1qaz」
なんだ、彼に惚れているメスか。昼間の奴かもしれんな。
そりゃ~、これだけの男だ。一人や二人の女はいるだろう…。
なぜか、胸がしめつけられるようだ。
実体がないのはずなのに、こんなことだけは苦しいとは…。
「それじゃ、また明日、お休みなさい」
明日も会うということか・・・、平穏な日々が続く・・・と。
誰もがそう信じている。
それは、ウエストリアに住む民も同じだ・・・・。
どうやら、今度は本当に眠った様だ。
まじまじと顔を覗き見る。
“可愛いぞ”
そこそこの暮らしをしている様だが、我が国に来ればもっと贅沢をさせてやる。
地位も名誉も、、、それに愛人だって認めてやる。
嫌だが仕方がない。これだけの男だ我慢するさ。
「だが・・・」
だが、彼の生活は全て失われる。
この世界で幸せそうに暮らすこの男を連れ去ると言うことは・・・。
彼から全てを奪ってしまうことになる。
私に見初められたが為に・・・。
あの時、あの女に親切にしなければ、、、あるいは別の…。
私、アイリスは、夜が明けるまで彼の顔を見詰めながら思案し続けた。
彼の人生
ウエストリアの民
比べるまでも無い。・・・・本当にそうか?
迷い続けた。
私は、間違っている?
私は、傲慢な為政者?
ああ~、時間が無い。
夜が明ける。
もう魔力も保たない。
このまま手ぶらで帰ることは出来ない。
すまない。名も知らぬ若者よ。
恨まれても良い。
私は、それでも貴方を選ぶ。
この借りは私の命で償おう。
私の全てをかけて・・・。
朝日がほどよく登る頃、男は再び学校へ向かう。
そして、私はこの男“黒崎 真”に召喚のまじないを施した。




