第17話 決別
服部さんとアスター公爵の会談は、以外にもつつがなく終了し、服部さんはセントラルに帰ることになった。
結果として、皆にはセントラルから持ちかけられた課題は、トラブルも無く解決したと伝えられた。
アスター公爵は、王家三女でもあり、今、この国の趨勢を決める重要な人物で、かなりのやり手だそうだ。
俺には政治的なことは全く分からないが、外交的な紛争問題を王宮に行くことも無く、独力で解決したと言うことらしい。
なんだか凄い女だ。
そして、今、俺の目の前で優雅にお茶を飲んでいる。
歳は俺と同じ18歳、ブロンドヘアーに少しきつめの瞳が理知的な雰囲気を醸し出している。
真っ赤な貴族の礼服も似合っており、めちゃめちゃ美人なのは間違いない。
「シン殿の望みは何? 何でも叶えてあげるよ」
「えっと、望みですか? う~ん、そうですね…。」
唐突に聞かれたので、ちょっと口ごもっててしまった。
それに、何でもと言われても、東京に帰りたいなんて叶えてもらえるはずもないし。
そもそも、どうして褒美をもらえる話になっているのか分からない。
ここは、無難なところを言っておこうと思う。
「召喚士に会いたいですね」
「そんなことで良いのか? それなら放っておいても遠からず実現するよ。
もっとこう、宝石が欲しいとかドレスがほしいとか、男性の好みそうなことはないのかい?」
「う~ん、…無いですね。宝石もドレスも私には似合わないですしね」
「そ、そんなことは無いと思うぞ。 そうだ! 私が臣籍降下した時に女王(母)から頂いたこれなんかどうだ? 王家に伝わる一品らしい。きっとシン殿に映えると思うぞ」
アスター公爵が胸に付けているブローチを外しながら言う。
「いえいえ結構です。そんな大切な物いただけませんよ」
冗談かと思ったが、公爵が真面目な顔で言うのでこちらが慌ててしまった。
もし、俺がしれっと受け取ったらどうするつもりだったのだろう。
国宝級の宝を簡単にあげるなんてどうかしてる?
金銭感覚が?
やり手の公爵なんだよね?
「じゃー、それなら“私”ならどうだ!公爵夫君も悪くないぞ」
あれ?
公爵はちょっとモジモジしながら言ったので、ひょっとしてこれは口説かれているのだろうか?
どうも聞いていた感じの女とは違う。
“やり手”と言うよりも人間味がある感じなんだけれど・・・。
ともかく、意味不明なので首を傾げて“にこっ”と愛想笑いしておく。
そこへ、執事服を着た壮齢の女性がやって来て、公爵に“ぼそっ”と耳打ちした。
「そうか、マサト陛下が帰るか!」
満面の笑みで公爵は言い放ち、立ち上がった。
「シン殿! 見送りに行こうか!」
差し出された手を反射的に掴むと、そのままするするとエスコートされ連れて行かれる。
公爵は、傍目で見ても分かるぐらいに上機嫌だ。
近習の者、廊下ですれ違う侍女・侍従、護衛兵士の方々が驚いてこちらを見ている。
△△
服部さんは、隣国の王配で超重要人物のはずだが一人で佇んでいた。
単身乗り込んで来たことと、ウエストリアの騎士達では近寄る事も難しいからなのだが、その佇む姿は実に格好良い。
「服部さん、もう行かれるんですね」
多分、この国で服部さんに気楽に声を掛けられるのは俺だけだ。
公爵も含め、皆、一歩も二歩も下がっている。
「おう、黒崎くん! そろそろ行くわ。また話を聞かせてくれよな」
ニコニコと笑う服部さんに近づいていくと、さらに服部さんが距離を詰めて来た。
「なぁ、黒崎くん、俺と来ないか?」
「え!」
驚く俺を他所にして、“二人でこの世界を取ろう”と誘う。
黒崎さんは、この世界をシミュレーションRPGの中だと考えており、セントラル国内を平定した後は、世界を攻略するのだと言う。
自分がゲームの主人公なら、当然世界を狙うだろうと。
これまでとがらりと変わった真剣な表情から、本気なのが伝わって来る。
「それで、攻略って、、、つまり、この先は戦争になるのですか?」
「・・・なるだろうな。が、出来るだけ人は殺したく無いとは思っている。
実際、ウエストリアには“降伏勧告”をしに来たんだよ」
「 え! ええ! 」
「それなのに、ウエストリアは降伏しないって言うんだ。馬鹿だよね~、戦力差は歴然なのにさ。
ウエストリアの希望は、君だよ、黒崎くん。まぁ、そのために君を召喚したのだろうけど。
だからさ、黒崎くんはこっちに来なよ。
そうすればウエストリアは降伏するしかない。無血開城だよ! 平和解決!」
情報が多すぎて頭が働かない。
ただ、戦争は駄目だ。絶対に駄目だ
「それでも…、他国を踏み躙って、世界征服なんて・・・」
「まぁ、まぁ、そんなにマジに考えるなって。
それにさ、これって新メンバー加入イベントなんだよ。
名前も“シン(新)”って分かりやすいだろ?
多分そう、きっとそうだよ」
何言ってるんだ? 服部さん!
少なくともこの世界はゲームじゃない。
俺が今まで見てきた村や、町や、人達は、作り物なんかじゃない。
(シンの漢字は”真”だよ。)
「だからさぁ、黒崎くんはこっち側の人間なんだよ。
もちろん、VIP待遇だよ~。たとえ能力が無いままでも・・・。」
”能力!”、、、俺に与えられるはずの能力…。
「僕は、、、行けません! 上手く言えないけど、僕達二人で決めて良い事じゃないと思うんです。
それに、僕は、、、、召喚士に会わないと。。。。いけない気がする」
俺の返事に服部さんは、目に見えて落胆した。
表情からは後悔のようなものが滲んでいる。
「そうか~参ったな。流石に日本人は殺したくないな~。
ちょっとしくじったか。
ウエストリアめ、上手く考えたな~。」
俺は、言葉とは裏腹に、僅かに服部さんから“殺気”を感じた。
そして、この人は人を殺していると確信してしまった。
だから、あの迫力が出せるのだろうし、単身、敵地に乗り込んで来られるのだろう。
多分、この人は“無敵”だ。
やろうと思えば、今この公爵邸にいる人間を全て殺せる力を持っているのではないだろうか…。
それを押さえているのは、俺が同じ日本人と言うことだけ。ただそれだけ。
けれど、今はそれにすがるしかない。
「ぼ、僕は服部さんにはついて行けません。侵略戦争なんて絶対に駄目です」
俺は、服部さんにロシアによる侵略戦争の話をしなかったことを激しく後悔した。
現実の戦争なんてまっぴらだ。
「う~ん、そうなの? 10年後の日本って無双系とか征服系とかって流行って無いの?
・・・そうか。
じゃ、仕方ないね」
本当は、まだめっちゃ流行っている。
特に異世界ものは、ゲームだけでは無くアニメ化も多く大流行中だ。
けれど、本当のことを言って服部さんを肯定することは出来ない。
「そうか~、時代は変わったか~」
と、つぶやきながら天を仰ぐ服部さん。
このつぶやきが、日本のアニメ事情ではないと気がつくのは、かなり先のことになる。
がっかりする服部さんは、両手で顔を覆いながら、
「あゝ、そうだ、一つ忠告しておくよ。君とあの彼女が夫婦になることはないよ」と意趣返しの台詞を述べた。
「がっかりさせちゃった?」
どこか満足そうな服部さん。
全然信じられない台詞だけれど、人が悪いよ。
「悪かったね。お詫びにこれをあげるよ」
“解除”
服部さんを包む戦闘服が、”シュルシュル”とブレスレットに納まった。
このブレスレットは魔道具で、“装着”と唱えると戦闘服に身を包むことが出来るそうだ。
「これで、しばらくは凌げるだろう。ただし、過信は禁物だよ」
この時、服部さんがワザと嫌なことを言ったのが分かった。
俺にブレスレットを受け取らせるためだ。
服部さんは、根本的には優しい人なんだろうと思う。
できれば、この人とは争いたくない。
けれど、俺は俺の人生の主人公でいたい。
「それじゃ、今度こそお別れだ。新しい時代に!」
服部さんは、大きく腕を上げて叫んだ
服部さんの周りにエネルギーが集中していく。
“テレポーテーション”
服部さんの姿は忽然と消えた。
本日の更新は予想以上に長い文章になってしましました。
明日も更新するつもりですが短くなるかもです。
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