第16話 ライラック・J・アスター公爵
間もなく、我が国の“迷い人”シン・クロサーキが到着する。
私、ライラック・J・アスター公爵は、今、重要な局面に立っている。
元々王家の三女であった私は、次期女王争いを避けるため公爵家に臣籍降下した。
それは、女王の座を争う二人の姉に“自分は争う気が無い”ことを示すためだった。
私は、そもそも争いごとが嫌いだ。
しかも、血を分けた姉妹となれば尚更だ。
真面目で実直な長女と才気溢れる次女、どちらも私にとっては頼もしく愛しい姉なのだ。
ところが、二人の勢力が拮抗し、私がどちらの陣営に付くかで決まる事態となってしまった。
私としては、現女王である母が采配するものと思っていたのだが、キャスティングボードを私に渡されてしまったのだ。
母よ、恨みますよ。
貴女はいつもそうだ。嫌なことから逃げてばかり…。
しかし、運命は私に味方した。
この時代に二人目の“迷い人”が召喚された。
召喚したのは、おそらく二人の姉の内のどちらかだろう。
その召喚した姉が、“迷い人”を娶り、王位に就くのだろう。
この知らせを聞いた私は、密かに胸をなで下ろしたのだ。
後は、“迷い人シン”を保護し、王宮まで護衛すれば役目は終了だ。
セントラルの侵攻も、ゴタゴタの内政も全て彼と次期女王が解決してくれるはず。
そうすれば、このウエストリアに平穏な日々が訪れるだろう。
オルレイン子爵が慌ただしく入室して来た。
彼女は、野心家ではあるが中々のやり手だ。その彼女がこうも取り乱してくるとは何事だろうか。
「殿下、大変です。セントラルのマサト王配陛下がシン殿と接見し、こちらに向かって来ています!」
「な、何! それはまことか!」
黙って首肯するオルレイン子爵。
な、なぜだ。
なぜ今だ。
外交なら王宮へ行け。
なぜこっちだ。
シン殿? と接見、面談?
頭がクラクラと回っている。
しかし、表情には出せない。
これでも王族の端くれ、その辺の鍛錬は積んである。
「分かった。オルレイン子爵は私と共にあれ」
急いで、しかも悠然と門まで向かうのだ。
その間に対策をまとめる…まとめるのだ。
ライラック、お前はウエストリア王家の三女だ。
お前なら出来る。
出来るがはずだ。
・・・。
“出来るか~!”
私の心の叫びを聞くものは誰も居ない。
△△
子爵家の馬車が到着した。
護衛騎士たちが整列し、その時を待つ。
中から出てきたのは意外にも、第四師団長のヴァイオレット卿。
(なぜ、お前が中に居た!)
続いて、彼女がエスコートする…美しい男、シン・クロサーキか?
艶やかな黒髪に、引き締まった肢体、そのどこまでも澄んだ黒い瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
そして、初対面なのに何故か懐かしいオーラを感じる。
・・・、
・・・、
・・・。
私は、どれくらい呆けていたのか、傍らのオルレイン子爵に小突かれ我に返った。
「遠路はるばるご苦労であった。シン・クロサーキ殿」
「お初にお目にかかります。シン・クロサキです。言い難いと思いますので、シンで結構ですよ」
と彼は紳士の礼を取り可憐に笑った。
その瞬間、全身に雷が落ちた。
いや、一目見た瞬間から感電しっぱなしだったのかもしれない。
これは、一目惚れとか言う単純なものではない。もっと根源的な何かだ。
“彼が欲しい”
気がつくと、シン殿とヴァイオレット卿は控える護衛騎士の横に並び、通路を空けていた。
ヴァイオレット卿は、まだシン殿の手を離さず握ったままだ。
胸の奥がモヤモヤする。
さらに、二人が見つめ合っているのを見せつけられ、怒りの様なものが湧いて来た。
「服部さん! どうぞ!」
と不意にシン殿が叫んだ。
なんだ?
“ハットリ・サーン”とは?
すると、馬車のドアが開き、中からただならぬ気配が漏れ出し始めた。
「 マ サ ト 陛 下 ! 」
まさか、シン殿と同じ馬車に乗って来ていたのか!
しかも、供も無しで単身で!
・・・あり得ない。
黒髪・黒目に真っ黒な独特の衣服を身にまとうその姿は、紛れもない、、、世界一の美男子と言われるマサト・ハート・リ陛下だ。
護衛騎士、使用人の誰もが直立不動となっている。
もちろん“私”もだ。
我々のそんな様子を気にもとめず、マサト陛下が軽く微笑む。
あゝ、駄目だ。
このままでは戦わずして我が国は負ける。
すると、シン殿が“すっ”と私に近づき手を握り、「大丈夫ですよ」と小さく囁いた。
「もちろんだ」
自然に声が出ていた。
本当は、シン殿のやさしさに触れフリーズから氷解できだのだが、心の中で感謝を述べておく。
周りの護衛騎士たちは、ヴァイオレットが何とかしているようで一安心だ。
思えば、先ほどの二人の行動はこのためだったのだな。
私は、つまらない嫉妬をしたものだ。
「マサト陛下、お久しぶりで御座います。突然の来訪如何なされましたか?」
”あくまでも毅然とした態度で臨もう!”
こちらには、もう一人の“迷い人、シン殿”がいるのだから・・・。
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