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第13話 オルレイン家の姉妹

~領主邸~


奥へ通されると、領主様、執事長、そしてグーベンデールが待っていた。

事前に聞いていたとおり、ヴァイオレットの姿は無い。


「シ~ン~! 待っていたよ!」

と、飛びついてくるグーベンデール。

何なんだこの人は!

これまでの貴族然とした空気を吹き飛ばしてしまった。


「うわっ!」と避けたので、事なきを得たのだが、親である領主様も苦笑いだ。

奥ではその奥方が“おほほっ”と控えめに笑っている。

グーベンデールはどうも父親似らしい。二人とも陽気だよね。

その奥方は、東京評価3+と言ったところ。


ヴァイオレットは母親似のようで、領主様は同じく見事な金髪だ。

何となくだが、その面影のせいで頬が緩む。

だが、俺の心の内とは無関係に話は進行して行く。


「ちょっと、グーベンデール様、離れて下さい!」


△△


領主様の話では、俺は“迷い人”と推定され、遠からず王都へ移送される。

王宮では、今、次々と問題が起こっており、“迷い人”出現は最重要課題となっている。

ただし、詳細は国家機密扱いであり伝えられていない。

迷い人とは、黒目、黒髪の異邦人で、例外なく見目麗しい男性。

国家レベルの変革をもたらすが、特別な何か(能力?)があるのかどうかは伝えられていない。

そして、どの迷い人も10年ほどで消息不明となり、元の世界に帰ったのか、或いは死亡したのか分からない。


・・・10年以内に死ぬかもしれないのか?

いやいや、まだそうと決まった訳では無い。

これ以上の情報はここには無く、王宮に行くしかない。


王宮からの連絡が来るまで、まんじりともしない日々が続きそうだ。


△△△


領主邸での俺の扱いは、まるで“ご令嬢”のそれだ。

起床と同時に侍従から声がかかり、身支度をしてもらう。

髪を整え、着替え、日によっては湯浴み(朝シャン)もある。

朝食は、領主様と奥方、グーベンデールとともにいただくことになっていて、ちょっと息苦しい。


その後、領主様とグーベンデールは執務室へ。

意外だが、グーベンデールはまじめに執務に取り組んでいて、普段の軟派な素行は何処かへ飛んで行ってしまう。

推測するに、グーベンデールの素行は、領主になり家を保って行かなければならない重圧と、この世界の女性が婚姻を結ぶことが難しい事が原因なのだろう。

男性は確かに少ないし、誰の子種でも良いと言う訳でもない。

また、領主ともなると家をともに支えてくれる人でないと駄目なのだろう。

この町一番の男性を娶りたいと思っても不思議では無いのかも。

(やり方はどうかと思うが・・・)


さて、俺はと言うと、読書したり、庭園を散歩したり、騎士団の訓練を見学に行ってはクインス卿と話したりして過ごしている。


午後は、奥方からお茶に誘われることがしばしばあり、世情について熱心に説明してくれる。

途中からグーベンデールが参加することも定番になっていて、まるで若夫婦と舅の様だ。

その他にもグーベンデールは何かと親切だった。

もちろん、日常的に口説き文句を囁いていたが、もう慣れてしまった。

「はい、はい」と軽く流してやり過ごすだけ。

そのせいか、侍女・侍従さん達からも徐々に義理の息子(嫁)扱いになってきている様な気がする。

そして、その居心地は・・・悪くない。悪くないのかもしれない。


△△△△


公爵領へ


さて、いよいよ王宮へ行く日が来た。

領主邸では、皆にかわいがってもらい、徐々に馴染んできて居心地も良くなっていた。

しかし、得てしてそう言う日々は長くは続かない。

門前で別れを告げ、馬車に乗り込む。

同行は、領主様と護衛のクインス卿、侍女・侍従及び護衛騎士の方々が付き、馬車も3台と騎馬隊で結構な大所帯となった。

途中でなんとかと言う公爵様のところへ寄るらしいが、簡単に言うと領主様の上司に当たる人らしい。


公爵様との面談は明日なので、本日は公爵領内のホテルで一泊することになっている。

スケジュール的には随分余裕があり、夕方前にはホテルに着いていた。


△△△△△


ホテルは、貴族も泊まるような立派なもので、そもそも公爵領の首都とも言うべき街に存している。

街の名はアスターと言い、おそらく公爵家はアスター公爵と言うのではないだろうか?

ともあれ、子爵領とは段違いの都会で心が躍る。

ふふふっ、部屋は個室なので、皆ゆっくりとくつろいで過ごしている。

そして、侍従さんにも、侍女さんにも、もういとまを出している。

つまり、俺を阻むものは何も無い・・・“自由だー!”

と言うことで、俺はこっそり抜け出して街を散策することにしたのだ。


大きな街とは言え、俺が出歩いていると目立つのはうすうす感じている。

馬車からホテルに入った僅かな時間ですら視線が痛かったのだ。

通りがかりの人は立ち止まり、ホテルの従業員さんでも二度見したのだから。

取りあえず、ベールで頭と顔を隠す。

服装は目立たない白を基調とし、女性用ズボンに上は胸パットを入れた。

ベランダからこっそり庭に出て、従業員用勝手口から何食わぬ顔で道路へ出た。


“完璧”


一人ほくそ笑みながらストリートを歩く。

久々の解放感で小躍りしてしまう。

お金は落とさないように大部分を胸パットにしまい、手持ちを少々ポケットへ入れる。

文房具店や本屋に行こうか?それとも小物屋? 路面店で買い食いもしたい。



△△△△△△


気がつくと、賑やかな飲食店街に来ていた。

テラス席が多く、道の両サイドには勤務を終えた人達が楽しそうにお酒を飲んでいる。

商店街には男性も多少はいたが、必ず女性が守るように付いていた。

この飲食店街では、まぁ、女性しかいないよね~、実に楽しそうだ。

中には兵士達もおり、胸元ははだけ、あられもない姿で騒いでいる。

直視できないや。

ガン見する勇気はまだ持てない。

逆に、時々鋭い視線が突き刺さる。

偶然かもしれないが、まさか、、、、ね?

時々敏感なひといるから・・・。


「よ!兄ちゃん、こっち来て酌をしな!」


驚いて振り返ると、どうやら店員さん(男)をからかっている様だ。

“ふう”ちょっとビビり過ぎかな。


“ドン”


よそ見をしていると前から来た人とぶつかってしまった様だ。


「ご免なさい。うっかりよそ見・・・」


 あれ? 


 ・・・ない!


胸パットが衣服ごと剥ぎ取られ、その衝撃でベールも乱れ落ち、頭と顔も露わとなっていた。


何が起こった!?

いや、何をされた!?


呆然と立ち尽くしていると、俺の胸パットを奪った女盗人も驚きの表情でつぶやいている。


「お、おとこ?」


飲食店街のど真ん中に突然上半身裸の男が現れた。

しかも、黒髪、黒目の見目麗しい男が!!!

喧噪とした飲食店街が、一瞬の出来事にフリーズする。


“ シ ー ン ”


「ゴクリ!」


一人の女性が生唾を飲み込んだ。

すると、それを合図に一斉に我に返る女性たち。


「「「「「  おお ~ !  」」」」」

 

静寂の後に怒号が響き渡る。

立ち上がって騒ぎ出す。

口笛・指笛を吹く者、上着を脱いで振り回す者たちが大フィーバー!


“はっ”と我に返り「胸パット返して!」と言うも、同じく我に返った女盗人は顔を赤らめながらも逃げ出した。


「あいつを追えー!」


誰かの号令とともに数名の騎士が盗人を追いかける。


そして、指揮官らしき人が俺に近づき“ふわっ”と上着をかけてくれた。


「相変わらず、不用心だね君は」


そこには、優しい笑顔と少し赤みがかかった美しい顔のヴァイオレットの姿があった。


「ヴァイオレット…様!」

「息災か? シン殿!」


栄転になったと聞いていたが、まさか公爵領で再会出来るとは思わなかった。

どうやら、アスター公爵家付きの第4騎士団長になり、偶然、非番で団員有志と酒盛りをしていたとのことだった。


しばらくして、先ほどの騎士たちが戻ってきた。

一人は、手に胸パットを持って、、、地味に恥ずかしい。

また一人が女盗人を引きずり「犯人です」と放り出した。


「くそ、私としたことがしくじったぜ! その男の胸せいだ!」


すると、ヴァイオレットがそいつの頭に“ゴツン”と拳骨を入れた。


「よし、こいつを警ら隊に連れて行け!」

「了解!」

と騎士さん達はハキハキとした返事をしたが、そわそわとこちらをチラ見している。


「あ、あの、ありがとうございました」

とお礼を言ってお辞儀をする。


騎士さん達がなぜか赤面でガン見する…胸元を。

不思議に思い首を傾げているとヴァイオレットから「そう言うところだよ!シン!」と怒られた。

“俺の胸なんてさっきまで晒してたじゃん”と思ったが、もちろん言わない。

ここでは、お淑やかな男子のふりをしとかないとな。


「お前らさっさと行け!」とヴァイオレットが言うと、ぶつぶつ文句を言いながらも素直に従う騎士さん達だった。


「さてシン殿、宿まで送ろう。母上は外出のことは知っているだろうね。道すがらじっくり説明してもらおうか」

と眉間にしわを寄せて苦笑いした。


俺は“しゅん”として「はい」と答えるしかなかった。

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