第11話 ヴァイオレット
今回は2部構成です。波線で分けてます。(1部が波線までと短いです)
~ネイカー家~
別れの日
今日は村に帰る日だ。
昨晩はゆっくりさせて貰ったので、疲れも取れすっきりした朝を迎えられた。
ネイカー家の方々には、衣・食・住と本当に世話になったと思う。
さて、別れの時が来た。
村まではネイカー家の馬車で送ってもらうことになっているので、玄関口でお別れだ。
侍女長は、俺を見てはしみじみと”また来て下さいね”と言う。
ケットは、難しい表情をしてもじもじしている。
多分、ケットはギャールのことを好きなのだと思う。
それでも俺にネイカー家に留まって欲しいと言う。
乙女のような複雑な心情なのだろう。
この世界で男子は貴重なのだ。
侍従から奥方になることも珍しくは無いそうだ。
ケットにはぜひ頑張ってもらいたい。
なので、”頑張れ”と握手した。
後は、当事者二人の気持ち次第だ。
心の片隅で、商家の奥様も悪くないなとは思ったが…、俺には無理かな。
自分が現代の女将的な位置に立つのは違和感しかない。
ギャールは、淡々と事務的に動いている。
契約の履行確認とか、報酬の受け渡しとか・・・なんと言うか、ここに来て照れくさいのだろうか?
隙を見て、”ギュッ”と抱き着いてやった。
一瞬、ビックリして動きを止めたギャールは、苦笑いしつつ抱きしめ返してくれた。
少しきつく、少しだけきつく。
「元気でな」
とギャールは優しく微笑み、そっと手を離した。
なぜか、ドキドキして心が”キュー”とした。
けれども、もう行かなくっちゃ、、、これ以上ここにいてはいけない気がした。
「それじゃ!」
と手を振って馬車に向かう。
この世界の”男性”の心情に成りかけていたのかもしれない。
いやいや、俺は元の世界に戻る。
その為にもハテナ村へ帰ろう。
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町中を馬車は進む。
商店街にさしかかったので、止まってもらった。
ゼナ達にお土産を買おうと思ったのだ。
ギャールから貰った賃金がたんまりあるし、時間的にも余裕がある。
御者には、駄賃を渡して、待ってもらうことにした。
商店街を歩いていると視線が痛い。
今着ているのは、先日ゼナ達に買ってもらった一般的なこの世界の服装だ。
だから、決しておかしな格好ではないはずだ。
まずい、後から数人が付いて来ている気配がする。
嫌な予感しかないが、こんな真昼間から人を襲うはずがない。
買い物をさっさと済ませてここを出よう。
「お兄さん! 慌てて何処へ行くんだい?」
不意に後から声を掛けられた。
振り向くとチンピラ然とした女が数人徒党を組んでいた。
無視して先へ進もうとしたところ、”ボヨン”と大きな胸圧に押し返された。
咄嗟に「御免んなさい」と謝ってしまったが、ワザと立ち塞がって居たであろう大柄な女がニヤついていた。
「おっと、気を付けな! よそ見はいけないね~」
しまった嵌められた。こいつらグルだ。
「くっ、申し訳ないが急いでいるんで」
と言い切り、走って逃げた。
せっかく稼いだお金をこんな奴らに渡す訳には行かない。
大女は悠然と立っていたかと思うとおもむろに手を振り回した。
すると、ミニ竜巻が起こり俺の体を宙に浮かす。
「何!」
気が付くと俺はスタート地点に戻され、大女の腕の中で抱き締められていた。
「お帰り~、お兄さん」
「くそ、何をした? 魔法か?」
「う~ん、良い匂だね~。久々の男の匂いだ。ゾクゾクするよ」
俺はジタバタするが凄い力でビクともしない。
大女は、顔を近づけキスしようとする。
腕を突っぱね抵抗するが、力の差は歴然だ。
”畜生、こんな奴に俺のFキスを・・・”
「そこまでだ!」
見ると、サーベルを構えた騎士風の美女が睨みを利かせていた。
「ちっ、隊長さんかよ。ご苦労なことで」
「私を知っているのなら分かっているよな?」
向こうでは、隊長の部下らしい騎士達が大女の仲間たちを拘束している。
「分かった。分かった。ここは引き上げるさ。あいつらも開放してやってくれ」
隊長が顎で合図を送ると、騎士達が大女の仲間たちを開放した。
続けて大女に「次は無いぞ、もう行け」と言うと、こちらの方に向き直った。
隊長は、金髪のウェーブがかかったロングヘヤーでめちゃめちゃ美人でグラマーだ。
しかも、背は俺よりも高く、全体的にがっしりしており一言で言うと”頼もしい”人だ。
「お怪我はありませんか、お兄さん」
と優しく微笑む。
これ、ドラマなら惚れてしまうパターンではないだろうか?
男女逆だけど・・・。
「はい。対丈夫です。ありがとうございます。」
お、俺は、男だが乙女の様に真っ赤になり、ちょっと目線を逸らしてしまう。
けれども、その照れくささを上回るほどに彼女を見ていたいと思い、ちらちらと様子を窺ってしまう。
「昼間とは言え、商店街は色々な人がいるので、男性の一人歩きは危険ですよ。
何か大切な用事でもあるのですか?」
「はい。村に帰るのでそのお土産を・・・。」
俺は、常識の無い馬鹿なことを言っているのではないかと不安になった。
世間知らず?のご令嬢的なシチュエーションになっている気がする。
「そうですか・・・。その事情は分かりますが、あまり褒められた話ではありませんね。貴方のような美男子が一人で歩いてはいけません。良ければ私が同行警護いたしましょうか?」
「え、あ、う、どうしましょうか、その申し訳なくて・・・お仕事中ですよね?」
「かまいません。これも仕事ですから。それに、この町の治安維持は私の責任でもあります」
と爽やかに笑った。
「・・・っ。 では、よろしくお願いします」
こんな美女にグイグイこられたら抗いようがないよね。
◇◇
隊長に案内してもらったおかげで買い物はとても捗った。
彼女と歩くと人が避けてくれるし、店は全て顔パスだ。
そう、彼女こそがオルレイン子爵家長女であり、子爵家騎士団長のヴァイオレット様だ。
つまり、グーベンデールのお姉さんだね。
買い物中も二人で色々と話をした。
「すると、貴方が卒業パーティに現れた、噂の”ハテナ村の王子”でしたか。
噂通りどころか、噂以上の方だ」
ヴァイオレットは、妹の話をあまり信じていなかった様で、グーベンデールが違う男に目移りした言い訳と考えていたそうだ。
「私は、噂とか疎くて良く分かりませんが、そう言っていただけると嬉しいです」
あゝ駄目だ。ヴァイオレット様が綺麗過ぎる。
こんなことを言われると舞い上がってしまう。
買い物が終わり、ヴァイオレットにお勧めの本や、お菓子なども紹介してもらいとても楽しい時間となった。
さて、待たせていた馬車まで送ってもらい、そのヴァイオレットとも別れの時が来た。
ヴァイオレットに何かお礼がしたいと言ったが、仕事だからと金銭もお菓子も断られてしまった。
そりゃー、領主のご令嬢なのだから当然の帰結だろうか。
考えあぐねたが、品物が駄目なら残るは一つしかない。
しかし、これは非常に恥ずかしく自意識過剰な行為だ。
俺は、恐る恐るヴァイオレットに問うた。
「本日はどうもありがとうございました。あの~、私って本当に美人なのですか?」
「? もちろん。嘘偽りは言ってませんよ。」
「そう、…ですか。ではキスさせていただいてもよろしいですか?
あの、失礼とは思いますが、お嫌でなければ受け取って貰いたいです」
俺は乙女か!と自分に突っ込みながらも、ヴァイオレットの様子を窺うと、真っ赤になって静かに首肯していた。
この男女逆転世界では、これで正解だと思いたい。
元の世界に置き換えると、”実直なヒーロー(男)にお礼のキスをする美女”の構図で良いんだよね?
俺は、静かにヴァイオレットに近づくと、優しくその頬にキスをした。
”チュッ”と可愛い音が鳴ると、ヴァイオレットはさらに真っ赤になり頭から湯気が出ているのが見て取れた。
お、俺の”乙女力”凄いのかも知れない。
動揺してあたふたするヴァイオレットを見ると少し冷静になれた。
俺が静かに馬車に乗り込むと、ヴァイオレットは馬車に防御魔法と馬に強化魔法を唱えてくれた。
「可愛い女だな」
”ぽつり”と呟くと、先ほどのことが思い返され体が熱くなった。
この世界に来て、本当の意味で女性を好きになったのかもしれない。




