めんどーで複雑
一軒の家の前で夏目の車は停車した。
「そういえば、この時間に彼はいるの〜?」
夏目の問いに志賀は問題ないというように、車のドアを開けながら夏目に向けてウインクをした。
「その点に関しては修治殿が確認済みじゃ」
そう言って志賀は車を降り、バタンッとドアを閉めた。
志賀は目の前の家を見上げると、深く深呼吸をしてインターホンに向けて歩き始めた。
「頑張ってねぇ!」
夏目が助手席の窓を開け、志賀に向かって叫ぶ。
それに志賀は微笑みながら右手を上に上げ、返事をするように振ったのだった。
夏目の車が発車したのを見送った後、志賀は家のインターホンを押した。
――ピンポーン――
その音が響いた後の静けさは、つまらない授業中のときのように、いつまでも続くかのような長い時間のようだった。
実際の時間は数分にも満たない時間であったのに。
「…はい」
インターホン越しに聞こえた低い声が、志賀の背中に悪寒を走らせた。
発せられたのは単純な一言にも関わらず、志賀の息は少し早くなった。
志賀は正直逃げ出したい気持ちだった。
しかし、ここまで来て逃げるわけにはいかない。
そんな想いが志賀の身体を、顔を、口を動かした。
「志賀要だ。話をしに来た。お前の息子の、心奏の話だ」
次の日。
心奏、羽音、響彩の三人は心奏の部屋で次の演劇に向けての計画を立てていた。
「この父親の役は誰がやるんだ?センセイか?」
羽音が心奏の書いた関係図の、父親と書かれた場所を指差しながら尋ねた。
それに心奏は首を横に振り、シャーペンで父親の文字の下にロボットという文字をつけ加えた。
「父親はロボットに演じさせる。そうじゃないとダメなんだ。このストーリーは……」
ロボットという文字の他にも息子の文字の下には心奏、友達の文字の下には羽音、妖精の文字の下には響彩という文字が書かれていた。
心奏が真剣な様子で父親とロボットの文字を見つめていると、響彩が触っていたスマホから顔を上げた。
「声は?心奏が演じるの?」
「うん。僕の声を低音加工して欲しい。そうした方が親子感が増すと思うから…」
「分かった」
心奏と響彩の淡々とした会話についていけずにいた羽音は、頭を掻きながら自分がペンを走らせていたメモ帳をバンッと閉じた。
その大きな音に驚いた心奏と響彩が目を丸くして羽音の方を見る。
羽音は素知らぬ顔で三人の中心辺りに置かれている紙を手に取った。
「今回のはめんどーなモノになりそうだな。これも、心奏も…」
羽音の思いもよらぬ言葉に、さらに目を丸くした心奏が首を傾げた。
「どういうこと?」
心奏のポカンッとしたような声と態度に、羽音は苦笑しながら心奏の眉間に人差し指を当てる。
そして指をグッと押し込むと、心奏が起き上がりこぼしのように少し後ろに倒れ、押された眉間を抑えながら元の位置に戻った。
「オレや響彩のときよりも複雑だっつってんの」
心奏はまだ理解が出来ておらず目をパチパチさせている。
「そのうち分かんだろ」
そう言って羽音は楽しそうに笑った。
「何なの?それ…」
心奏も理解は出来ていないが、羽音の笑顔を見て微笑んだ。
次の瞬間、パンッという手を叩き合わせた音が部屋に鳴り響いた。
心奏と羽音が驚いたように、音のする方へ目を向けると響彩が両手を合わせて二人を見つめていた。
「口じゃなくて、手を動かして。時間がないんだから」
響彩の冷たくも気遣うような言葉に、二人は顔を合わせて微笑み同時に返事をした。
「「は〜い」」




